20.どちらにも会いたくなかった
「それでですね、パメラ嬢が大変可愛らしくて。私の事をお姉様と呼んで慕ってくれるようになりましたの。少し恥ずかしいけれど、私には兄しかいなかったのでちょっと嬉しいんです」
あれからしばらくして夫人が目覚められ、挨拶を交わすことが出来た。
夫人は病の辛さなど一切見せず、穏やかに柔らかく微笑んでいて。それはとても素敵だけれど、心が壊れてしまわないかと心配になってしまいました。
だから、私は夫人の微睡みの時に自分の日々の出来事や昔の恥ずかしかった思い出等を素直に語りかけていた。
心を開いて欲しければ、まずは自分からだなと思ったから。
知らない人が見ればひとり芝居の様で滑稽なのかもしれない。でも気が付けば、その時間は私にとって大切なものになっていた。
「カルヴァンは本当に良い子ですね。自分の勉強だけでも大変だと思うのに、ベニー……私の元婚約者の為にノートを作ったり色々としてあげてるみたいなんです。
もう天使は君だったか!と、お馬鹿なベニーを天使だと思っていた昔の自分を叱り飛ばしたいです。本当に」
ベニーといえば。最近では醜聞よりも顔の良さが勝ってきているらしい。
最初は学園の皆に軽蔑されていたみたいなのに、それに対して何も文句を言わずに粛々と受け止め、騎士団の訓練にも励み、ボロボロになりながらも登校して、更に休み時間さえもカルヴァンと共に勉強している。
そんな姿に同情する人や、頑張ってる姿が素敵!という女子達が増えてきているそう。
何だかちょっと悔しい。不幸にならないでとは思っていた。でも、チヤホヤされると腹が立つのはなぜ。
「……復活が早過ぎて、毎朝足の小指を机の角にぶつけて悶え苦しめばいいのにと……」
「こら、母上の側で呪詛を吐くな」
「ブライアン!来てたの?」
「ノックはしたよ。君がボソボソと呪いの言葉を唱えるのに夢中で気が付かなかっただけだ」
呪いの言葉か。気を付けよう。夫人に笑われてしまうわ。というか、すでに何度か笑われている。
「あら?今日は一段と格好良いですわね」
「君も一段とお美しいですね?」
今日はとうとう王宮でのパーティーだ。約束通りブライアンのパートナーを務めることになっている。
「そろそろ時間だ」
「分かったわ。では行ってきますね!帰ったら私達のドレスアップした姿を見て下さい」
本当は出掛ける前に見せたかったけれど仕方が無い。お土産話と一緒に披露しよう。
◇◇◇
会場に入れば一斉にその視線が集まる。
懐かしいわね、この品定めする感じ。
ブライアンと出会った頃、女生徒に囲まれた私は涙目になったけれど流石にもう大人ですから?
「相変わらずモテモテね。女性からの視線がとっても痛いのですけど」
「気付いていないのか?私の方には君狙いの視線が刺さって痛いのだけどね」
「それは全部貴方と組んだ弊害でしょう?」
「おや、こんなに美しいレディーを独り占めしているせいだと思うけど?」
そんな軽口を叩きながら笑い合う。
「シェリーはずいぶんと逞しくなったな。昔は涙目でぷるぷるしていたのに」
「あー、お姉様方に囲まれて怖かったですねえ。懐かしいわ。あの時の経験が役に立っているようです」
「なるほど」
「ところで。本気で睨み付けてくる不躾な令嬢はどなたがご存知ですか?」
お顔は美人。でも、憎しみに満ちていて不美人。それも、あれは私を恨んでるっぽい?
「……分からん」
「本当に?何だか物理で刺されそうなくらいだけど」
「いや、人物は分かるよ。元婚約者のウィザーズ侯爵令嬢だ。だが、何故今更あんな顔をするのだ?」
ああ、残念な元婚約者。確か1つ上だから19……いえ、20歳になるわね。
「20歳になっても独り身だからでしょうか」
「婚約解消してから2年以上経っているのに?」
「2年も経つからでは?」
婚約解消後、まさか2年経っても結婚出来ないとは思わなかったのでしょう。それなのに貴方が私を連れてくるから。自分のものを盗られた気でいるのでは?
「よく分からないが。私はもう一つ厄介なモノを見つけてしまったようだ」
え、これ以上?ここに来てまだ5分くらいよ?
ブライアンが見ている方をゆっくりと見る。
「……忘れてた。誕生日が来て16歳になったのだわ」
それは、切なげに私を見つめるベンジャミンだった。
何で来てしまうの。ああ、王家主催のパーティーだから、成人済みの貴族には招待状が届くし、行かないという選択肢はない。彼が騎士団所属ならば仕事を理由に欠席出来るでしょうが、彼はたぶんまだ見習いのはず。
「貴方も私もちゃんとお別れ出来てますよね?」
「もちろんだ」
このカオスな状況をどう乗り越えたらいいのかしら?




