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「やっぱり肉よね!肉!ジャン様最高に美味しいわ!」
ニコラの好物は、甘い物、
それから、肉。それも、魔物の内臓肉だ。
「美味しいんだね、よかった」
ジャンはニコニコと、怒涛の勢いで魔獣の胃袋にがっつく美少女に目を細める。
銀でできたお人形のような、この吹けば飛びそうな、たおやかな美少女は、うふ、と微笑むと大変男前に、肉に食らいついた。
ここは騎士団の宿舎のすぐそばにある、男臭い激安定食屋だ。
この店は、非常に荒々しい男どもが、ただ腹を満たしにやってくるだけの目的で混み合っているような、定食屋だ。
ニコラのような若い貴族の美少女が、食事しにやってくるような店では、決してない。
貴族籍に復籍となった婚約者を、ジャンは貴族令嬢にふさわしいような、いろんな美食をニコラに食わせてやったのだが、ニコラはどんな素晴らしいレストランでも、名高い料理人を屋敷に呼んだ晩餐でも、あまり喜ばなかったのだ。
「だって、あの小さい肉が、金貨3枚分なんて、腹立たしいじゃない!」
ニコラは、銭とブツの価値があっていない物は、高級品であろうがなんであろうが、腹が立つらしいのだ。
(どうせジャンの奢りなのだが、そういう話ではないらしい)
ニコラの食への価値観は、大分個性的ではあるが、哲学がある。
野菜なんぞに金を払うのは、アホらしい。
森なら食える草などタダだ。果物も同じ、その辺の大きい屋敷の庭になってるものをくすねてくればいい。だが、肉は別。肉は金を払う価値があるが、それにしても一般的に高い肉の、これまた高い部位などは、魔力の大して入っていないのに、高い金を払うなど冗談ではない。そう考えているのだ。
そういうわけで、魔力のたんまり入っている上に、安価な魔物の内臓肉は、ニコラの好物。
なお、魔物の内臓肉など、肉体を生業にしている男たちの中でも、荒くれ者の、傭兵や、平民の部隊の若い連中しか食わない代物だ。
そんな事はニコラには何一つ関係ない。うまいものはうまい。安くてうまいなら、最高ではないか。
大変久しぶりの恋人とのデート晩餐は、そういう訳で、ニコラお気に入りの、この男臭い定食屋の、魔獣の胃袋炒め。
「よ!ニコラちゃん今日もいい食べっぷりだね!」
最初に二人が店を訪ねてきた時、この安いが売りの魔獣肉も躊躇なく提供するような定食屋に全くそぐわない、美貌の魔法機動隊の第一隊長と、その妖精のごとき婚約者に店主は恐れ慄いて、何の用かと冷や汗と緊張で卒倒寸前だったのだが、ニコラの食べっぷりを目の当たりにした店主は、それからはこのやんごとなき二人の貴族を、そのへんの傭兵と同じように、メシを食いにきた若者として扱ってくれるのだ。
「おじさん!今日のは質がいいわね、まだ魔力がぴちぴち感じるわ、やっぱり内臓はいいわね!」
店いっぱいに入っていた若い兵士たちから、ドッと笑いが起こる。
内臓肉をかっくらって、魔力がぴちぴち旨いなど、この兵士達の庶民出身の恋人たちでも、デートにこんな男臭い店に連れてきたら、きっと怒るだろうタイプの店だというのに、貴族の儚げな美少女が言うのだ。
自分と同じグロテスクな肉をモリモリかっくらって、旨い旨いと喜んでいる美しい恋人を持ったジャンを、羨ましいような、全く羨ましくないような、全く不思議な感情が店を満たす。
「そうだろ、さすがニコラちゃんだ。今日入荷したばかりなんだよ。内臓もいいけど、今日はツノ周りの、顔の肉も食ってみな、旨いぜ。」
店主はサービスだ、といって顔の骨もまだついているような、荒々しい肉の塊をニコラに差し出した。
「おじさんそうこなくっちゃ!」
ニコラは、人形のように美しいその顔を、惜しげもなく笑顔で満たして、グロテスクな肉の塊の乗っかった皿を受け取る。




