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「おい、なんかおかしくないか・・??」
小舟を漕いでいた碧眼の男が、ようやく異変に気づく。
漕いでも、漕いでも、抜けないのだ。
計算だと、小屋からおおよそ半刻も漕いだら、その後は水路の分かれ道に差し掛かる。その分かれ道を右に漕ぎ進めて行くと、王都までつくはず。
だが、いつまで経っても分かれ道に辿り着く気配がない。それどころか、同じ枝に実をつけている、同じ木をもう3回も見ている気がするのだ。
「同じ場所を、ぐるぐる回ってやしないか??やばいぞ、さっさと水路を抜けないと、そろそろ憲兵に勘付かれたら面倒だ。」
「こ、この娘の魔術か??」
そう、っと足先でニコラをつつく。ニコラはちょっといびきまでかいて、熟睡だ。
男たちは、命の危機になんと図太いと、呆れ顔だが、当然といえば当然だ。これは魔術による深い睡眠。
ーーニコラが、安らかな眠りの中で死出の旅路に出られるようにと自分に掛けたものだ。
「・・いや、しっかり気を失ってる。」
男たちには何が起こっているのか理解ができない。
「おい、ま、まさか魔女の仕業じゃ無いだろうな、水路は魔女の管轄外だろう??」
「魔女の訳あるか、魔女なんかと絡んでたまるか!」
魔女と関わると、碌なことはない。裏稼業だろうが、表稼業だろうが、それは関係ない。
連中は、とにかく厄介なのだ。
なんとか水路を抜けようと、男達は全速力で小舟を急がせる。
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その頃ジャンと部隊は伯爵所有の高速艇に乗って、水路を進み、ニコラの行方を追っていた。
「隊長、やはり同じ場所を回っています」
「どうやら我々は魔女の監視に入りました。ここから先は、森を迂回して王都まで陸路で行くしかないかと!」
「くそ!!」
ジャンは拳を握り占めて、震えが止まらない。
こちらは、まだ状況は把握しているだけ、マシと言えるのだろうか。
だが、結局は魔女に行手を邪魔されている事に変わりはない。ぐるぐると同じ風景を、高速で飛ぶように進むジャン達の状況は、良いとは決していえない。
「だが、連中も同じ条件のはず!」
(間に合ってくれ、頼む、間に合ってくれ・・!!!)
血を吐くようにジャンは叫ぶ。
「第一班を残して撤収!第二班魔馬にて王都まで移動!第三と第四は、湖に待機!」
ジャンは、ひらりと高速艇から水路の浅瀬に飛び降りると、バシャバシャと水音を立てて、声の限りに叫んだ。
「血迷ったかジャン!!」
リカルドは気が遠くなる。正気の沙汰ではない。
ジャンは、魔女の気をひくつもりなのだ。
「魔女よ!!お前達の領域だという事はよく知っている。だが、頼む!私がこの水路を辿る事を許してくれ!!!」
静まり返った夜の水路に、ガアガアと水鳥がなく。
わざわざ高速艇を伯爵から借りたのは、水音をできるだけ出さないため、魔女を刺激しないためだ。
こんな所業は、自殺行為だ。
しばらくの沈黙ののち、低い魔女の声が、森中に突然、響いた。
「いい度胸だね、騎士のお方よ。ここが魔女の領域だと知っての行いだね。」
(囲まれている・・!!!)
いつの間に結集していたのだろう。
少なくとも20、いや30の魔女の大群が、森の木々に蠢いているのだ。
一斉に魔法を使われたら、部隊は壊滅する。
だが。
ジャンは覚悟を決めた。




