62,二手、三手。
ケイティは思い返していた。
地上での、ソルトの教えでは。
──「【消滅卿】のように、一撃で殺される敵の場合、下手に畳みかけようとするのがダメだ。一定のペースで、必ず安全にダメージを与えられるときだけを狙う。いいか。間違っても、相手がのたうち回っているからといって、追撃しようとするなよ」
「了解です」
と、いま口にしつつ、のたうち回る【消滅卿】への追撃はしない。
いまは何もすることがないので、ただ立っている。
懸念事項は、いくつかある。
【消滅卿】が消滅スキルを使わない戦法で来た場合、どう対処したらいいのか。
これについてもソルトは、こう話していたが。
──「たぶん問題ない。【消滅卿】は、『チートスキルに振りすぎたバカ』だ。通常の戦闘力も、もちろん低くはないが、君のレベル214を考えれば、ちゃんと戦える相手だ」
さて【消滅卿】はどう出るだろうか。
ぜいぜいと息を荒くついてから、【消滅卿】は立ち上がった。傷口に手をやりながら、忌々しそうに言う。
「いいことを教えてやる。ボス部屋の設定は、その管理権限を所有するボスが決めることができる」
「はぁ」
ケイティは一考する。
【消滅卿】の発言は、当たり前のことを言っているようにしか聞こえないが。
ただの時間稼ぎだろうか。
または、説明過多な人なのかもしれない。
「ゆえに、こういうことができるんだ。覚えていてもらいたいが、これは卑怯ではない。ボスとしての戦略だ」
「はぁ……ん?」
何か、不気味な声がする。振り返ると、一部開放されたボス部屋の外から、ケルベロスが駆けこんできた。それも群れで。
ケルベロス。個体差はあるが、〈暴力墓〉のレベルは、80~95。
一体一体の動きが素早く、レベル214のケイティでも、囲まれると厄介だった。
基本は、狭い通路におびき寄せての、各個撃破。
しかし、ここはだだっ広いボス部屋。
おびき寄せるための狭い通路はないし、そもそも【消滅卿】の相手をしているところで。
その【消滅卿】は、名前通り消滅していた。
(あ、消滅スキル──)
通常攻撃、通常攻撃、通常攻撃、通常攻撃。
横合いから、ケルベロス一体のタックルをくらう。
ケイティは倒されるも、《W袈裟斬り》で、このケルベロスを撃破した。
とたん、意識がなくなる。
暗転。
※※※
それも当然。その頭部を【消滅卿】によって、『虚数空間』アタックで消されてしまったのだから。
ケイティの死体を見下ろして、【消滅卿】は快哉を叫んだ。
「どうだ、見たか! やはり、僕は最強だ!………………しまった。殺してしまった!」
とたんケイティの死体が、光りの粒子となって消えていく。
魔物の死体が、闇の粒子となって消えるのに似ている。
「これは、一体……」
──ソルトの視点──
昼寝していたところ、脳内でアラームの知らせがあった。
なんだ、なんだ?
〈サリアの大樹〉に、ケイティが死んだら知らせるように言っていたんだった。
うーむ。ケイティ、また殺されたのか。
「こんなに一人の冒険者を優遇して生き返らせていたら、贔屓だと怒られそうだな。とはいえ、誰も怒る奴なんかいないか」
というわけで、わが友ケイティを復活。
ケイティは狼狽しながら、周囲を見回す。
「あれ? 私は、どうして? ここは地上? 確か、また殺されてしまって──そしてまた復活したんですか?」
「ああ、復活おめ。そういえば、復活時に所持アイテムはなくなっているのか? 武器や防具などの装備品は、復活と同時に再生されているようだが」
「えーと。あ、回復用の薬草がぜんぶ消えてます! 高かったのになぁ」
「所持アイテムは復活時に消えてしまうのか。ふーん。で、今回はなんで死んだの?」
「実は──」
と、【消滅卿】がボス部屋にモブ敵を招き寄せたことを話す。
確かにボス部屋の設定を変えれば、モブの魔物を十体までは入れることができるが。
そんなことする卑怯なボス、初めて聞いた。
「ケルベロスに邪魔されたら、通常攻撃作戦が上手くいきませんソルトさん」
「じゃ、先にこっちでボス部屋の設定を変えるか。雑魚魔物を入れることができないように」
「え、そんなこともできるのですか、ソルトさん?」
と、尊敬の眼差しで見られる。
なぜ、と聞かれなくて良かった。
その質問には答えられないしな。
答えが、
この〈暴力墓〉、元はおれのダンジョンだったし──だものな。




