78 ああ、清々した
「兄さん?」
適当に花瓶の破片を片付け寝室に入ると、兄さんは丈の長いローブを羽織ってベッドの上に座り込んでいた。
膝を立てて、その間に頭を抱える様に顔を伏せていた。
「入って来るな」
「じゃあ兄さんが出て」
そう言うと、兄さんが顔を上げた。
綺麗な顔がこれでもかと顰められている。
「何だって?」
「お風呂に入って来てよ。シーツ換えとくから。ほら立って」
裸のままじゃなくて良かったと思いながら、兄さんの腕を引っ張ってベッドから降ろそうとした。
「さわるな!」
手が触れる前に酷い剣幕で怒鳴られて、反射的に身体がすくむ。
でも想定内だ。
かまわず兄さんの腕を取って引っ張った。
「ほら、早くお風呂行って。シーツ換えられないから」
強く腕を振り払われる。
「出て行け!もう入って来るな!僕にはふれないでさっさとシバの所に行け!もう、戻って来なくて良い」
叫ぶように私を突き放しながら、徐々に力を失くした兄さんは、また頭を膝に埋めた。
「どうして?私にここに居て欲しくない?」
努めて静かに尋ねると、随分長い間の兄さんは顔を伏せたままで黙っていた。
きっと兄さんは男との行為のせいで自分が穢れてると思っている。
私にふれられたくないのではなくて、自分がふれられないと思っているはずだ。
まだ、無垢で穢れを知らないはずの私に、自分の穢れを移してはいけないとでも思っているのだろう。
兄さんが、顔を伏せたまま小さな声で呟いた。
「居て欲しくない。もう良い。シバの下でもウィゴの下でも君の好きな所に行って」
「どうして?」
「煩い!どうしてどうしてって鬱陶しんだよ!さっさと出て行け!…出て行って。…頼むよ、ジュジュ」
兄さんの声が切なくて、涙が出そうだった。
「嫌だよ。出て行く訳ないでしょ。私が言うこと聞かないの忘れた訳じゃないでしょうね」
ベッドから離れて窓辺に行き、重たいカーテンを勢いよく開く。
明るい太陽の光が差し込み、顔を上げた兄さんが眩しそうに目を細めた。
金の髪と薄青の目にきらきらと光が映って、驚くほどに綺麗だった。
何処の誰が、これを見て穢れてるなんて思うのよ。
兄さんが穢れていると言う奴はこれまで死ぬほど居た。
言うだけだ。兄さんを見て綺麗だと思わない奴が居るはずない。
腹立たしくて、ガタガタと騒々しい音を立てて乱暴に窓を開け放った。
緑の庭を抜けて来た外からの風が吹き込み、部屋の中の淀んだ空気を浄化してくれる様を想像する。
そうでもしないと、兄さんのものではない男の匂いに吐きそうだった。
兄さんの甘い良い匂いで溢れていたはずの部屋が台無しだ。
ベッドに乗っている兄さんに構わず、ベッドの端からシーツを引き出す。
大きく捲り上げると、引っ張られた兄さんが掛け布団ごと転がりそうになって後ろに手をついた。
「何するんだよ」
文句を言う兄さんをシーツでぐいぐい引っ張る。
この際ベッドから落とそうと思ったが、やはり痩せていても男の兄さんは重たくて、私の力では無理そうだった。
シーツから手を放して兄さんの近くに行き、今度こそ渾身の力で兄さんの腕を引っ張った。
何が何でもベッドから降ろす。
「さわるなって!いい加減にしろ!」
「じゃあ!駄々捏ねないでさっさと自分で降りてお風呂に行って!早くあいつの匂いを兄さんの身体から落として!」
兄さんが私の剣幕に一瞬息を飲んだ。
その隙に力一杯引っ張り兄さんの身体をベッドから床に降ろした。
立ち上がり私を見下ろした兄さんは、一瞬前の驚きの表情を跡形もなくし凄く冷たい目をして微笑んでいた。
「僕が汚いのが嫌なんだったら、触らなきゃ良いだろう?何度言えば分かる?さっさと出て行って」
「違う!汚いのは兄さんじゃない!兄さんは綺麗なのよ!何度言えば分かるのよ!兄さんこそいい加減にして!さっさと風呂に行け!馬鹿!」
思わずジョエにする様に思いっきり兄さんの脹脛を蹴ると、びくともしないジョエとは違い、化粧室に続くドアの方へ兄さんの身体がよろめいた。
呆気にとられて私を見下ろしていた兄さんのお腹を力一杯両手で突く。
また兄さんがドアの方へ一歩さがった。
何度も何度もお腹を押して、兄さんをドアの向こうに押し込んでバンとドアを閉めた。
やっと行った。ちゃんとお風呂に入ってくれれば良いけど。
はっと思いついて、お風呂上がりに着るべき新しいローブを衣装入れから引き出し、化粧室のドアから投げ入れた。
ふうと息を吐き、どすどすとベッドの脇に戻ると、勢いよくシーツを引き剥がした。
掛け布団と、念のため沢山のクッションからも全部カバーを剥がした。
カバー類をまとめて居間の床に投げ捨てた後、出来れば中身も新しいものに取り換えて貰おうと、取り敢えず布団とクッション全部をジョエのベッドの上に放り投げた。
さっき情事中に二人が踏んでいたのが掛け布団で良かった。
シーツの上にのっているのを見てしまっていれば、ベッドごと全部交換しなければ気が済まなかったかも知れない。
寝室に戻ると、居間側のドアを開けたことによって、窓から清々しい緑の香る風が通り抜けていた。
入り口から腰に手を当てて寝室を見渡した。ベッドに日が当たりぽかぽかと陽気な雰囲気だった。情事後の余韻など一つもない。
ああ、清々した。




