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75 羨ましいよ


「誰?」

私を見下ろすシバの目が、答えろと言っている。

「同級生です。権力を振りかざしてた地方官僚の息子で、誰もそいつに逆らえなかったので」

私も逆らわなかった。

「苛めっ子?」

シバが面白くなさそうな顔をする。話さなくても大体の事は予測がついているのだろうが、私も話した方がすっきりするし、シバも私に話させたいのかも知れない。


ウィゴを見やると、くたびれたのか、すっかり乾いて気持ちよさそうな草の上に転がって何かを突いていた。

「虫が好きなんだよ。何かいたんじゃない?」

シバが私の視線を追ってそう解説してくれた。

「そうですか。可愛いですね」

「君も可愛いけどね。で、その苛めっ子が?」

シバに話を戻された。

「超苛めっ子ですね。そいつとその取り巻き達に、学校に通いだしてからずっと殺したくなるぐらい苛められてましたけど、子供の苛めが性的な暴力に変わってしまう前に、幸いなことにその官僚の息子が私に歪んだ好意を持ち始めて。そいつの独占欲のおかげで一人ですんだんです 」

「ああ、それで利用ね。他の奴らに手を出されない様に、そいつの良い様にされてたんだ」

非難じみた口調には今更腹も立たなかった。

行為の度に腸の煮えくり返るような思いをしていたが、最後の方では気持ち悪さに耐えるばかりで男の事などどうでも良くなっていた。

「おっしゃる通りですね。そのおかげで卒業までの1年位は他からの苛めが減って比較的平和でした」


「平和ね。そいつ血祭りにあげて来て良い?」

「良いですけど、遠いですよ。向こうの方面に何か用があった時のついでで良いと思います」

辛かったことを分かってくれて、私の為に怒ってくれるだけで、それに、望めば報復も可能だと思わせてくれるだけで十分救われる。

シバがにこっと笑ってくれた。

「じゃあそうしよう。母親を残しているジョエには出来ないのだろうからね。話してもいないの?」

全部お見通しだなあ。苦笑いで答える。

「はい。ジョエも家を出て離れていましたし、話してしまえば後先考えずに殴りかかってしまいますから。おばさんが悲しむし、迷惑もかかりますし」

「母親に心配かけるから?君がジョエの心配はしないんだ。一蓮托生だね」

シバに面白がるいつもの表情が戻って来た。

「ああ、そうですね。ジョエは良いような気が。死なば諸共です。勝手に思ってるだけですけど、多分向こうも、私の復讐の為に被害を被るのは気にしないと思います。まあ大抵のことは気にしてませんけど」

シバが笑いだした。

「確かに、そこらの兄妹より強固な絆だ」

それから、私の頭を引き寄せて、胸に抱き締めてくれた。


「兄さんが自分を犠牲にして通わせてくれてる学校だから、死んでも行かなくちゃと思ってた?」

優しく言い当てられて、否定する気にも誤魔化す気にもならない。

「はい」

「馬鹿だねえ。兄さんに言えば良かったんだよ」

シバの固い上着におでこを押し付けられたまま呟く。

「最近の事は言う機会もなかったので一切言っていませんけど、学校に行きたくないとは小さい頃に何度か言いました」

髪を撫でられる。

「鈍い男だな。苛めには気付かなかったのかな。それとも、自分も酷い境遇に身を置いて君を養っているのだから、そのくらい耐えろと思っていたのかな?だとしたら、一層最低だね」

シバの遠慮のない兄さんを責める言葉に、反論する気持ちが起こるどころか、何故かホッとして涙が出そうだった。

「そうですね。もしかしたらそう思われていたのかも知れません。…違いますね。私も、そう感じていたからこそ、何も言えなくなった」

そうだ。きっとそうだった。

シバがあの頃の私と同じ気持ちで兄さんを責めてくれて、嬉しかったのだ。

シバが私の髪を撫でる。


「そんな男なのに、好きなの?」

穏やかなシバの声が、身体に染み渡る様だった。

「そうですね。そんな兄なのに、子供の頃からずっと、恋しくて恋しくて堪りません。どうしてなんでしょうね?理不尽です」

胸が痛い。

シバが頭の上で笑った。

「恋なんて理不尽なものだよ。そんなに愛されている愚かな君の兄が羨ましいよ」

私の恋心を否定せず、どこまでも優しいシバに、感謝してもしきれなかった。


「シバ!どうしてお前はいつもジュジュを泣かせてるんだ!」

シバがドンと突かれて私の身体を離した。

「ウィゴ様」

ウィゴが心配そうな顔で私を覗きこむ。

「ジュジュ。大丈夫か?何を言われた」

嬉しくてどうにも我慢が出来なくなる。

立っていたウィゴを引っ張って、その茶色の頭を胸にぎゅうと抱き締め、さらさらの髪を撫でた。

「大丈夫です。シバ様はいつでも優しいです。ウィゴ様と同じくらい。よしよし」

「やめろ!」

「二人とも可愛いなあ」

正面から面白そうな顔のシバが迫って来て、ウィゴごと私を抱き締めた。

「やめろって!」

私達の身体の間で必死になってもがくウィゴを、二人で笑いながら閉じ込める遊びが始まった。

真っ赤なウィゴが、からかわれ過ぎて心を歪めたりしません様にと勝手な願いを込めつつ、私を気遣いながら優しく暴れる可愛い身体を抱き締めた。






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