74 兄でした
「で、さっき私を見て何とも言えない顔をしてたけど、何があったの?」
ウィゴが剣を手に席を離れ、先に城に戻るお兄さんを見送ると、いつも通りテーブルに頬杖をついたシバが私に笑いかけた。
「え?」
首を傾げると、もう一度言われた。
「姫様を叱って欲しいような事があった?」
「あ、いいえ。そう言うことではないですけど」
ああ、あの時だ。本当に聡いなあ。
「けど?」
「ああ、あの。う」
兄さんを好きとか、言える気がしない。頬が熱くなりそうな予感がしてテーブルに両肘をついて顔を覆った。
「何その可愛い反応は。私に告白するつもり?」
「いえ、全くそのつもりはありません。兄の事です」
シバが面白そうに笑う声が聞こえた。
「そうだよねえ。君は兄さんのことで頭がいっぱいだからね」
返す言葉もない。
「酷い喧嘩した訳じゃないだろう?泣きはらした感じじゃないし」
顔を隠したまま頷くと、ポンと頭を叩かれた。
「他に話す相手もいないんだろう?話したくないなら聞かないけど、君も私に聞いて欲しそうな顔してたよ。もうこの際だから言っちゃえば?」
かるーい感じでそう誘われて、言っちゃってもいいかなという気分にさせられた。
顔を隠したまま小さく尋ねてみた。
「私、兄と血の繋がりはないんですよね?」
「ああ、他人と言える程の遠い血縁の可能性しかないよ?可能性も可能性でしかないし」
顔を上げてベンチの背にもたれた。
ふうと息を吐くと頬杖をついたままだったシバが、私を見て眉を上げた。
どうしたの?と言った感じだ。
本当に私はどうしたんだろう。兄さんを好きだなんて。
「好きな人がいるのって、前にシバ様がおっしゃってたでしょう?兄でした」
シバがそのままの姿勢で少しだけ目を大きくした。
「あ、そんな感じですか?物凄くびっくりされるかと」
拍子抜けだ。
シバがにっこりと笑って身体を起こした。
「それだけ君の頭の中を占めてる男なら、好きだと言われても驚かないよ。まあ兄として好きな気持ちと、本当に違うものなのかなーとはちょっと思うけどね?血が繋がらないって知ったばかりで動揺してるだろうから」
「勘違いか気のせいだと思われてるんですね」
溜息を吐くと、あははと笑われた。
やっぱりシバに話して良かった。深刻さを吹き飛ばすような明るい声に気が楽になる。
「違うの?じゃあ大変だね。兄さんは血の事知ってそう?」
首を振った。
「分かりません。どうなんでしょうね。でも、私の方は、関係なかったみたいです」
「え?」
シバが不思議そうな顔で私を見下ろした。
「本当の兄妹じゃないって知る前から好きだったみたいです。こう、決定的な感じで兄の事を意識し始めたのは、確かにシバ様に血の事を教えて貰った後だったんですけど、例え血が繋がっていたとしても結局そうなってたんじゃないかって、恐ろしい予感がします」
シバが吹き出した。笑う所じゃなかった気がするけど。
訝しんでシバを見上げると形の良い唇を引き結んだ。
「ごめん。笑う所じゃなかったね。その決定的な感じってもしかして、いやらしい感じの?」
せっかくぼかした真意を正確に読み取って笑われたらしい。
「…そう言うことになりますね」
シバが笑いをかみ殺している。
「そ、そう。それは恐ろしいね。起こるはずのない予感で良かった。血は繋がってないからね。安心して良い」
「笑い過ぎです」
堪え切れず、くっくっと笑い声をもらすシバを非難したが、実際はその笑い声に凄く救われていた。
「ごめん。いや、本当に好きなんだなあと思って。男としてなのか兄としてなのか、どっちの好きだか分からない、なんて悩むより断然良いね。血が繋がってても好きだって既に認めてしまってるし、潔いよ。ジュジュちゃんやっぱり、男との経験も有るんだね?」
やっぱりって何だろう。無垢でないことが滲み出ているのだろうか。
答えを求める様な色の視線にふくれっ面で返した。
「なんか失礼ですね。不本意ながら経験はあります」
さらりと答えたつもりだったが、表情を険しくさせた聡いシバには言外のことまでしっかり伝わった様だ。
不本意などと言う余計な単語を思わず付けてしまった自分に、シバに甘えているのだなあと可笑しくなる。
「本意じゃなかったの?私は成敗に行くべきかな?」
予想通り、私のことを思って怒れるシバに、今度は私が吹き出してしまう。
シバが怪訝な顔をした。
「何?違うの?」
「いいえ、違いません。けど、成敗は多分大丈夫です」
「どうして。相手は複数じゃない?一度だけ?知ってる奴?誰?」
質問を重ねるシバが相手を特定しようとしている。
「一度じゃないですけど、一人です。私もそいつを利用してましたから、大丈夫です。有難うございます」
シバがいつの間にか掴んでいた私の肩を離し、身体を元の位置に戻した。




