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72 お前なあ


朝食を取りに厨房に向かう途中、外庭に続く通路の角からキノとかいうあの男の姿が現れた。

げんなりして引き返そうとしたが、私に気付いた男が手を上げるのが目の端に映った。

「おいって!無視するなよ!」

走り寄って来る気配がして、仕方なく立ち止まる。

もしかしなくても待ち伏せされていたのだろう。

「お前なあ」

「あ!先日はありがとうございました。助かりました」

露骨に嫌な顔をして怒らせても面倒なので、有難そうな顔を作り頭を下げると、男が腰に手をあてて私を見下ろした。

「逃げようとした後、礼言われてもな」

「忘れ物を思い出したんです。急ぐように言われていますので、失礼します」

「おっと、ちょっと待てって」

さり気なくさっさと立ち去ろうとすると、腕を掴まれた。

「何ですか?」

「つれないなあ。これでも若い子にはモテるんだけどな」

若い子だって。自分も明らかに十代のくせに。

私を年下だと決めつけて偉そうにするのが可笑しくて、吹き出すのを堪えるのに苦労した。

物凄く変な顔になっていたはずの私の顔を見て、男が眉を寄せた。

「ご、ごめんなさい。何かまた体調が。戻ります。じゃなかった。ご飯取って来なきゃ。では失礼しますね」

顔をさりげなく手で隠しながら、愛想笑いをして男の横を通り抜けようとした。

「体調悪いのに飯取りに行かされてんの?」

尋ねられて振り返ると、難しい顔をして私を見下ろしていた。

「いえ、そこまで悪いって訳でもないですから。それに、自分のご飯だし」

体調悪いの嘘だし。

「ふうん。体調戻ったら気晴らしに遊び行こうぜ。城下行ったことある?面白いとこ案内してやるよ」

気晴らしってなんなのよ。

ああ、姫にこき使われてるとでも思っているのかも知れない。

「お誘い有難いですけど、難しいと思います。お仕事中じゃないんですか?」

外庭に視線をやってみると、男がつられて外を確認した。

「ああ、お前を待ってたけどそろそろ戻らなきゃな。またな」

嫌だな。

「失礼します」

はいとは言わず、笑って誤魔化した。


「ジュジュ!もう良いのかい?」

おばちゃんが前掛けで手を拭きながらこっちに向かってきた。

作業を中断して出て来てくれたようだ。

「はい。すっかり元気です。ご飯ありがとうございました」

頭を下げて病人食の礼を言うと、カウンターから出て来たおばちゃんに頭を抱き寄せられた。

「あれから熱はどうだった?高くなったかい?」

おばちゃんが今日も私の頭を掴んで額に手を当てて言った。

濡れてる。拭き方がおおざっはだ。

おばちゃんらしくて面白かった。

「大丈夫でした。熱さましをすぐに飲まされたので」

そう答えると、私を解放したおばちゃんが腰に手を当てて頷いた。

「ユリ様だろ?」

「はい」

「そうだよねえ。あんたんとこの護衛が食べやすい食事をって頼みに来たけど」

「あ、そうだったんですか?」

知らなかった。

「ああ、もうこっちで準備はしてたけどね。あれも護衛の判断じゃなくてユリ様だろ?ああいう連中は自分で病気しないから病人のことなんて分かりゃしないし。あんたんとこのあれは特にそんな感じだろ?」

確かにうちのあれはそんな感じだ。

兄さんがジョエに頼んだのだろうか。

「あんた、ユリ様に大事にされてるよねえ」

確認するようなおばちゃんの口調に首を傾げる。

「え?」

「いやねえ。キノが、ああ、あんたを運んだ若い子だけどね。何かあんたがユリ様に良い扱い受けてないみたいなこと言うからさ」

ああ、あれか。本当に面倒なやつだなあ。

「大丈夫だろ?怒られるとか、休みが全くないとかって本当かい?」

おばちゃんが声を潜めて心配そうだった。

苦笑して答える。

「大丈夫です。あの、あれは、朝から体調悪そうだから外に出るなって言われてたのに、言うこと聞かないで熱を出したから怒られて。休みの話は、キノさんに城の外に誘われたので、断る口実で。本当は毎日が休みみたいなものなんです。ユリ様は大抵の事は自分でなさいますから」

おばちゃんが一度目を丸くしてから、がははと大きな声で笑った。

ばしと背中を叩かれる。

「ああ!そう言うことかい!心配して損したよ!やっぱりねえ、ユリ様と散歩してんだろ?あんな嬉しそうに菓子の籠取りに来て、酷い扱いなんか受けてる訳ないさね」

酷い扱い。うーん。受けてないとも言いたくないけど、ここで言うのは良くないか。

おばちゃんの心配が嬉しくてえへへと笑うと、ぽんぽんと頭を叩かれた。


「まあじゃあ、心配すべきはユリ様じゃなくてキノの方だね」

そうそう。

「最近色気づいててねえ、全く。相手にすんじゃないよ?色んな子にちょっかい出してるみたいだからね。それにあんなヒヨっ子よりあんたんとこの護衛の方がずっと良い男だ。キノがしつこくするようなら私に言いなよ」

おばちゃんがうんざり顔だった。

「悪かったね。あの子に頼んだのはまずかったねえ。何言われてもきっぱり断るんだよ。うちの旦那があの子の上官なんだよ。私と繋がってるって知ってりゃ滅多な事は出来ないはずだからね。何かあったらすぐ言うんだよ?分かったかい?」

ああだから、私に優しいはずのおばちゃんが軽そうなあの男に私を任せたのかと納得した。心強い味方がいた。

「はい。さっき早速待ち伏せされてました」

嬉々として告げ口しておいた。

「全くあの馬鹿は」

こんなことで旦那さんにまでは伝わらないだろうけど、きっとおばちゃんに怒られるだろう。

食事をしに来て怒られるキノを想像してしまい、また笑いが込み上げて来た。






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