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68 我慢して


不意に足に当たっていた兄さんの服の柔らかい生地が動き、首筋に冷たい感触があった。

「やっぱり調子悪かったんじゃないか。言うこと聞かないからだよ?ジュジュ」

首筋にあった兄さんの手の平は、場所を変え頬と額にペタリペタリと当てられた。

冷たくて気持ちいいけど、今は止めて欲しい。

薄目を開けると、兄さんの顔が真上から私を見下ろしていた。

近いし。私今息が荒くて、はあはあ言ってるのに、顔が近い。

力の入らない腕を上げ、兄さんの顔を乱暴に脇に押しやった。

「近い。きつい。気持ち悪い」

そのまま腕を目の上にのせてそう弱音を口にすると、涙まで出て来た。

「もう。自業自得だよ?ジュジュ。反省してよ?」

兄さんがそう言ってソファを立った。

えー、放ったらかし?妹が苦しんでるのに?

言うこと聞かなかったからって、酷い。

兄さんなんてもう知らないんだから。熱が下がったらすぐウィゴの所に行ってやるんだから。

兄さんのばーか、ばーか、ばーか。


目を瞑ってきつさに耐えながら兄さんを呪っていると、身体にふんわりと暖かいものがのった。

「ああ、布団駄目。汚れる」

呟いて布団を足でけり落とすと、溜息が聞こえた。

「落ち着くまで着替えられないだろう?起きられる?ジュジュ。熱さまし飲んで」

いや、起きられない。気持ち悪い。

「いや」

兄さんが私の首の下に腕を差し入れ、自分にもたれかからせる様に私の身体を起こした。

兄さんの首元に頭が置かれ、あの良い匂いがした。

少しでも目を開くと眩暈が始まるので、目きつく閉じたまま落ち着く様な落ち着かないようなその匂いを感じていると、おでこに兄さんの声が降って来た。

「眩暈?」

小さく頷くと、唇にコップが当てられた。

「苦いからね。頑張って」

少しずつ口の中に注がれる、物凄く苦い薬に苛々した。

「ああもう!」

目を瞑ったまま兄さんの手ごとコップを持ち上げ、一気に流し込んだ。

頭を動かしたことで目が回り始め、唸りながらまた兄さんにもたれた。

兄さんが私を寝かせようと身体を動かした。

「動かないでよ!吐きそう」

兄さんが溜息で私の前髪を揺らして、その後私をもたれさせたまま静かになった。


しばらくそうして目をぎゅっと瞑ったまま兄さんの良い匂いに包まれていると、少し気分の悪さが落ち着いて来た。

兄さんに触れている上半身が暖かくて、今度は濡れた裾が凄く不快になってきた。

足首に纏わりつく濡れた布を剥がすために、足を動かした。

「どうしたの。足出さないで」

「濡れてて気持ち悪い。足冷たい」

兄さんが頭上でもう一度溜息を吐いた。

「だから布団かけただろう?本当に君は全く」

兄さんがもう一度私に布団を掛けようとするので、足をバタバタさせて抵抗した。

「嫌だって。汚れてるから!」

力なく叫ぶと、兄さんが困った様な声を出した。

「我慢して。しょうがないだろう?後で着替えなさい」

「嫌よ」

「我儘言わないで。ほら、静かにして。ジュジュ。薬が効くまで寝て」

兄さんが私を宥める様に、後ろから前髪を撫で始めた。

気持ち悪いけど、きついけど、兄さんの良い匂いと、体温と、髪に乗る手の平が、嬉しくて堪らなかった。


目覚めた時、気分はかなり良くなっていた。

熱さましが効いた様だ。

置いて行かれたと思ったけど、薬を持って戻って来てくれたんだよね。

それで、抱っこして寝かしつけてくれた。

兄さんが優しかったことを思い出して、今更ながら凄く恥ずかしくて、胸がきゅうと疼いた。

「どう?少しは辛くなくなった?」

兄さんが一人掛けのソファから立ち上がり、こちらに近付いて来た。

手がのばされ、頬と首筋に当てられる。

場所が。一層恥ずかしいから、月並みにおでこでお願いしたい。

目を瞑っていると、兄さんの手が離れた。

「まだ眩暈がする?熱は引いたみたいだけど」

薄目を開けて首を振ると、兄さんが笑んだ。

目が気にならない。私が弱っているからだろうか。

「大分良い」

「良かったね。立てる?着替えてベッドに移ったら?」

そうか。汚れた服のままだったな。

布団で隠れた私の状態を思い出して頷いた。

立ち上がろうと肘を立てると、兄さんが布団を退かしてくれた。

「あ」

有り得ない涼しさに驚いて声を上げたのは私ばかりで、兄さんは無言で布団を私の上に戻した。


「イリ。ジョエが居たらどうするんだよ」

「だって、私じゃない!」

「じゃなきゃ誰なんだ」

兄さんが心底呆れたと言う風に目元に手を当てた。

「兄さんが濡れたまま寝せるからでしょ」

不貞腐れて言うと溜息を吐かれた。

足も冷たかったし、寝ている間に苦しく感じたのだろう。

寝ていた私は、布団の中で腰帯を解き、中の布も引き抜き、服の裾を割って身体の下から退かし、足を全部露出していた。

腰に巻いていた布がぐちゃぐちゃになって身体にのっていなければ、胸と腰を覆うだけのあられもない下着姿を披露してしまっていた。

まあ下着もお腹も胸の付近も少しだけは見えていたと思うけど、足は全部丸見えだったと思うけど、不幸中の幸いだった。

後、見られたのがジョエじゃなくて良かった。

布団の中で服をかき合わせ、適当に帯を締めると、背を向けて離れて行く兄さんの後姿を窺いながらふらつく足で自室に戻った。

引いているはずの熱のせいでは有り得なかったけれど、体中が熱かった。






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