64 何処の子だ
「ジュジュ! 」
朝の会へ向かおうと外階段を下りていたところへ、ウィゴの声が聞こえた。
声の方を見ると、大きな男を二人引き連れたウィゴがこちらへ向かって来ていた。
見知らぬ男達の前での態度が判断できずに声を出さず礼を取った。
「良い!顔を上げろ!」
ウィゴが王子としての強い口調で命令を下す。
汗だくで走り回っているらしい。
「小さい女の子だ。お前も探せ。恐らく、どちらかの後宮の近くだ。見つけたら女官に知らせろ」
「かしこまりました」
誰だ!迷子は何処の子だ!
取り敢えず、本を抱えなおして小道を走り始めた。
時折、衛兵や青い顔の女官さんとすれ違いながら緑の中を覗いて回った。
迷子はシャル様と呼ばれている。
ウィゴをあんなに必死にさせてるのは何処のシャル様なのかしら?
邪魔になった本と勉強道具は途中で東屋に置いて来た。
折角小柄なので衛兵が通れぬ道を探そうと、体中葉っぱと引っ掻き傷だらけになっていた。
服は丈夫だった。固い生地の有難さが今になってようやく実感できた。
茂みに腕を突き刺して無理矢理押し広げながら先に進んでいると、行く先の茂みから手が現れた。
私と同じように、道の無い所に入り込んでいる人間がいる様だ。
枝を折り服を破く様な乱暴な音を立てて、女の子が現れた。
淡い金の髪をほつれさせた、可愛らしい顔立ちの少女だった。
前掛けを付けてはいるが、城の使用人のお仕着せではないワンピースがぼろぼろになっている。
向こうも目の前に現れた私を見ていた。
「あ、どうも。あの、あなたがウィゴ様が探していらっしゃる小さな女の子ですか?」
一応尋ねると、少女はふにゃと、困った様な笑顔を浮かべた。
可愛い。猫みたい。
「違います」
「そうですよね。ウィゴ様より大きいですものね」
背はそう変わらないが少女の年頃はウィゴより少し上ではないかと思われた。
「じゃあ、また。頑張りましょう。あ、あなたはどちらに?そっちはもう探されました?」
少女が出て来た方を指して尋ねると、元気に頷いた。
「探しました。いらっしゃいません。そちらも?」
「ええ。大人しかいないです。こんなに人が出ているのなら、私は不要かも知れませんね。ここから離れた場所を見て来ようかな」
「お供します!」
可愛いお供が出来てしまった。
「見渡す限りはいらっしゃいませんね」
だだっ広い城までの広場を見渡しながら少女が呟いた。
ぽつりぽつりと衛兵の姿が見られる。
「いたら確実に捕獲されてるでしょうね、丸見えだもの」
では、何処に行こうかな。
「やっぱり後宮の中に戻りましょう」
少女を引き連れて建物の中に戻った。
きっと女官さん達も探しただろうが、戸棚や、ベンチの下まで一カ所ずつ小さな隙間を確認しながら後宮内を進んだ。
やはり、時々すれ違う女官さん達は青ざめていた。
高貴な女の子なのだろう。
「あちらも行って見ましょう」
少女が今まで踏み入れることのなかった通路に足を進めようとしていた。
「あ、あの。私、自分の姫の部屋と使用人棟の往復しかしてなかったから、後宮内に詳しくないんです。どのドアを開けていいのか分かります?」
通路の隙間を確認しながら少女にそう言うと、首を傾げられた。
「空いている部屋と、そうでない部屋がお分かりになります?突然、よその姫達の部屋に乗り込むのは立場上ちょっとまずいので」
そう言うと、不思議そうな顔をされた。
「他の姫様方はそちらの姫様がお入りになる以前に続けて出られましたから、今他の部屋は全て空いていると思います」
「あ、そうなんですか?道理で人が少ないと」
まあ、ここを使う気のない新王が2年も前に即位しているのだから、空いていて当然だ。
使用人棟が人間で溢れていた為、兄さんの他にも無駄な姫が一人か二人は残っているのかと思っていた。
こちらの掃除なんかをしている人達を除けば全て第一後宮の人間だった訳だ。
「ええ、こちらの空き部屋に隠れんぼなさっているかも知れません」
少女が心配げにそう言った。
「そうですね。隠れんぼには打ってつけね。こんなに鬼が多いのに、どうして見つからないのかしら」
「ええ、第一の宮はもっと多くの人が出ていますし、いらっしゃるなら見つからない訳が」
その時、女性の大きな声が通路の向こうから聞こえた。
「ノエ様!見つかりましたよ!」
少女がぴょこんと立ち上がり声の方を向いた。
「あなたを呼んでいらっしゃいますよ!部屋に戻って下さい!」
「はーい!」
ホッとした顔の少女は大きな可愛い声で返事をした。
敬称付きで呼ばれながら、葉っぱのついた頭をぐしゃぐしゃに乱れさせ、傷だらけの手で綻びだらけのスカートを掴んでいる。
今から通路を掛けて行くつもりだろう。
つい笑っていると、少女が出発の体勢のまま私に会釈をした。
気がせいている様だ。可愛い。
「一緒に探して頂いてありがとうございました!」
「こちらこそ。いらっしゃって良かったです。では失礼します」
「はい!」
ああ、この子がウィゴの大事なノエ。
良かった。ウィゴの為に嬉しくて、安心した。
ふにゃりとほほ笑んで駈け出したノエは、とても良い子で可愛かった。
「勉強会が流れたの?」
「うん。迷子捜索で」
いつものようにソファで食事を取りながらジョエに問題を出していた。
「ああ、居なくなってたのは、向こうの宮の妃の娘らしいぞ」
「じゃあ、ウィゴの妹か」
成る程。
「それは勉強会も流れるね」
兄さんがテーブルからこちらを見ている。
「あ!途中で東屋に本と勉強道具置いたまま忘れてきちゃった」
「阿呆」
私を笑ったジョエを睨む。
「良いもん。食事の後取りに行くし」
「ああ、じゃあアレも行け。俺はこれから出る」
そう言って立ち上がるジョエを兄さんが眺めていた。
どう感じているのかな。
面倒だとか、どうでも良いとか、そんな事かな。少しでも楽しみに思ってくれてたらいいのにな。




