63 勉強の邪魔です
「うーん。面白いね」
シバが背後で呟くのが聞こえたので、振り返って苦言を呈した。
「面白がらないで下さい」
シバが笑いながらお兄さんを指差した。
「だって、赤くなっちゃって。ジュジュちゃんのせいでしょ?」
「シバ様!違います!止めて下さい!」
お兄さんが必死の様子でシバに向かって叫んだ。
いつも落ち着いたお兄さんには珍しい。
昨日から見せていた困ったような顔は、私のせいだったのだろうか。
居たたまれず、シバに文句を言うことにした。
「もう本当に止めて下さい、シバ様。勉強しますから、向こうで剣の鍛錬でもなさってて下さい」
追い払おうとすると、鼻をつままれた。
「ジュジュちゃん?いくらなんでも私に失礼でしょう?罰としてちゅうの刑ね」
シバが鼻をつまんでいた指で私の顎を支え、顔を寄せて来た。
「うわ!」
「シバ!」
背後でお兄さんとウィゴの声が被る。
腕でシバの胸を押すが何の意味もなく、あわや唇同士がくっつくという所で視界からシバの唇が消えた。
気付けば目の前に差し入れられた手の平に、私の唇がくっついていた。
ウィゴの小さな手ではないし、勿論私の手でもない。
とすると、お兄さんの手に違いなかった。
お兄さんの手の平に口づけちゃったよ。
勢いよく引き抜かれたその手の主を振り仰ぐと、私の頭上で真っ赤な顔をしていた。
シバに目を戻すと、お兄さんの顔を見て面白そうに笑っている。
「シバ様。ほんとうに、お願いですからあっちに行ってて下さい。勉強の邪魔です」
目を座らせてそう言う私をシバが笑った。
「あはは。ごめんごめん。それにしても、本当に動じないね。がっかりだな」
「お前、何やってんだ!すぐどっか行け!」
ウィゴも援護してくれる。
「分かりましたよ。行きますけど、セイ」
シバが立ち尽くすお兄さんを呼ぶ。面白そうだけど、気遣わし気な笑顔だった。
「はい」
「お前が何を考えているかは大体分かるが、そんなに気に病むことは無いよ。この娘は子供じゃない、お前と大して年は違わないはずだよ」
お兄さんがシバの言葉に目を見開いていた。
その後ゆっくりと私に目をやり、確認した。
「本当?」
「え?あ、あの、中身のことは分かりませんけど、結婚できる年齢にはなってます」
お兄さんが気が抜けた様にベンチに腰を落とした。
「ああ、良かったよ。僕は、自分が変態なのかと。良かった」
善良なお兄さんは、子供であるはずの私を意識する自分に戸惑っていたようだ。
本当にいい人だ。
「見た目はともかく、親しくしてるならお前がそんなに悩むほど子供だとは感じないだろう?」
シバが不思議そうにお兄さんに尋ねると、ベンチの背にもたれたお兄さんが、らしくなくそのままの姿勢でシバに答えた。
「ええ、そうなんですけど、それなのにジョエといる時は本当に子供みたいで。混乱してしまって」
「そうなの?意外だな」
シバが私を見た。
「兄みたいなものですから」
「ふうん。兄ねえ」
シバが言いたいことは分かる。緊張して上手く話せもしないもう一人の兄と随分違うと言いたいのだろう。
しばらく無言で、意味ありげに笑むシバと視線を交わした。
「年齢を偽っていてすみませんでした。色々煩い人がいて」
お兄さんに謝ると、困っていない優しい笑顔を見せてくれた。
「ああ、良いよ。当然だと思うよ。現に僕みたいなのが出て来るし、偽り続けた方が良い、あれ?偽ると言っても、ジュジュちゃんは何も言ってはいないよね?僕が勝手に勘違いしただけで」
申し訳なくなりどうしようかと考えていると、シバが私の代わりにお腹を指差した。
「言ってはいないけど、詰めてるんだよね」
「シバ様」
全て明かす必要はあるのかと、小声でシバを諌めると、シバが笑った。
「セイは大丈夫。私が信頼してるからね。それにほら、ちゃんと君が子供じゃないことを納得させておかなくちゃ、自制の為に君から離れてしまいかねない奴だから。君の護衛が減っちゃ困るだろう?ちょろちょろしてるから心配なんだよ。ウィゴ様とまとめて私が付きたいくらいだよ」
ぽんぽんと頭を叩かれた。
「詰めてるってなんだ?」
ウィゴが怪訝そうだった。
「大きくなれば分かりますよ。セイ、そうだろう?」
私のお腹を凝視していたお兄さんが、はっと顔を上げ、また赤くなった。
「い、いえ、自制だなんて。ただ、女性に免疫がないので意識してしまうだけなんです。特別な感情では」
お兄さんがぶんぶんと首を振り、一つ前のシバの言葉に反応した。
直前の言葉が聞こえていなかったのかも知れない。
私の顔をちらっと見て目を逸らすお兄さんの赤い顔が、恥ずかしくて見ていられなかった。
シバが私達の様子を見て笑う。
「二人とも可愛いな。ジュジュちゃんが私よりセイに動揺してるのが若干納得いかないけど、セイの純情につられているだけだよね?」
シバが私の頬を指でつついた。
お兄さんには不用意にくっつかない様にしなくちゃ。
確信犯のシバはともかく、大人げないジョエの私に対する態度を思い出し、お兄さんに対する私の態度も同じだったのだなと反省した。




