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62 私も驚きました


「お早う、ジュジュちゃん」

読んでいた本から顔を上げると、お兄さんが立っていた。

「あ、お早うございます。どうぞ」

笑顔でベンチの隣を示すと、お兄さんがにこっと頷いて腰を降ろした。

「ウィゴ様達はまだみたいだね」

「はい。いらっしゃる時間がはっきり分からないから困っちゃいますよね。王族を待たせる訳にもいきませんし」

「そうだね」

困った様に微笑むのを不思議に思って首を傾げると、今日もお兄さんは誤魔化す様に口を開いた。

「読んでると、周りの音が聞こえなくなるよね?」

「あ、はい。そうですね」

「僕もそう。ジュジュちゃん気を付けてね。僕が来たことに気付いてなかったでしょう?今はシバ様の手の者が周りを固めているだろうけれど、他の時は外で本を読むのは駄目だよ?気付いたら変な男が目の前に居るなんてことになり兼ねない」

そう言われてみれば、そうだ。

声をかけられなければ、さっきお兄さんに抱き付かれていてもおかしくなかった。

「そうですね。気を付けます。今現れたのがお兄さんで良かったです」

真剣に言った私にお兄さんが苦笑した。

「何だか皆が君を心配する気持ちが分かるな。危機感が薄いと言うか」

また私の心配をする人間が増えてしまった様だ。

お兄さんには口答えする気にならないので、あまりお説教はされたくない。

お兄さんに怒られると、怖くはなくても本気で落ち込みそうだ。

「城ってそんなに危険なんですか?良い人ばかりに思えますけど」

半ばうんざりと呟くと、お兄さんも呟いた。

「城が危険というか、君が危険というか」

お兄さんの顔を見ると、また、困った様に笑っていた。


「ジュジュちゃんが王子の友達だとはねえ。まあでも、確かにシバ様は君のこと気に入りそうだね」

お兄さんが言った。

「そうなんですか?私も驚きました。お兄さんがウィゴ様の先生だなんて」

昨日発覚した事実だった。

お兄さんはウィゴの数学の教師だったのだ。

それを知った途端、親切で優しいお兄さんが、親切で優しくて頭の良い素敵なお兄さんに見えだした。

どうやら私は賢い人に憧れを感じるようだ。


「ああ、二人とももう来てたな」

シバがウィゴを伴って現れた。

「お早うございます」

お兄さんが立ちあがり、二人に礼をした。

慌てて私も立ち上がろうとしたが、シバに頭を押さえられ叶わなかった。

「今更だよ?ジュジュちゃん」

そうですよね。今まで立ち上がって挨拶何てしたことないですもんね。

「お早うございます。シバ様。ウィゴ様」

頭を押さえられたまま挨拶をすると、シバは笑い、ウィゴがシバの腕を掴んで退かしてくれた。

「さあ、ウィゴ様。そっちに座って。今日はジュジュちゃんと一緒にセイの授業を受けて下さいね」

シバが私の隣にもう一度お兄さんを押しやり、その隣にウィゴを座らせた。

お兄さんが私とウィゴの間に立ったまま、動揺していた。

「え?いえ、私はそちらに立ちます。ジュジュちゃん、ごめん一度立って通してくれない?」

テーブルと私達に囲われ身動きの取れないお兄さんが、私にそう言った。

「お兄さん。ここでは良いんですって。座って大丈夫ですよ。ウィゴ様達も怒ったりされませんし」

「いや、でも」

お兄さんの腕を引っ張ってベンチに座らせ様としていると、シバが笑いながらお兄さんに声をかけた。

「私が言う前にジュジュちゃんが言っちゃったけど、ここでは大丈夫だよ。不敬は問わないから好きにやって。ウィゴ様もジュジュちゃんと一緒なら素直だから、今までサボられた分詰め込んで」

「お前、ジュジュと親しいのか?何でだ」

「え?あ、あの、職場で」

お兄さんがシバに返事をする間もなく、ウィゴに絡まれて慌てていた。

「ウィゴ様。お兄さんは私の新しいお友達です。ウィゴ様もお友達になってもらいましょう。ね?ちょっとまた年が離れてますけど、お友達増えますよ」

お兄さんの前に身を乗り出しウィゴにそう言うと、ウィゴが不貞腐れ、お兄さんが困った顔でベンチの背の方に身体を退けた。


お兄さんは教え上手だった。

理知的で根気強く、優しくておおらかだった。

「ウィゴ様。どうしてこんな良い先生の授業をさぼったりするんですか?どうせお兄さんの授業を受けないのなら、私のいた学校の最悪な教師達と替えっこしていただきたかったです」

耐え切れず、頬杖をついて問題を眺めているウィゴにそう言うと、膨れて睨まれた。

「そうですよ。あまりにも前の年寄り講師の授業が退屈そうだったから、若いセイに頼んだのに、一層脱走が酷くなってますよね?」

私の横でいつもの様に頬杖をついたシバが、不貞腐れそっぽを向くウィゴに言った。

「あ、分かった。お兄さんが余所余所しくて嫌なんでしょう?せっかくお友達になれそうな年のお兄さんだったのに」

お兄さんの性格からして当たり前だが、ウィゴに教える時は、私の時と違い、とても丁寧で恭しい口調だった。

「ああ、なあんだ。そんな事だったんですか?全く。あなたの勉強時間とセイの勤務時間が勿体ないでしょう?」

シバが溜息を吐く。

「お兄さん。ここでのウィゴ様はお友達ですから、私と同じ扱いで良いんですよ?」

「ええ?そんな、だって、王子様だよ?」

お兄さんの言葉にウィゴの様子を覗くと、ふくれっ面を酷くして、今にも泣き出しそうに見えた。

「ほら、可愛いでしょう?本当は素直で可愛い子供なんです。友達が欲しいだけなんですよ?」

ウィゴに聞こえないよう、身体を伸ばしてお兄さんの耳元に囁くと、お兄さんが耳元を押さえばっと私から離れた。

その拍子にウィゴにぶつかり、慌てて謝っていた。

「わ。すいません!大丈夫ですか?おう、あ、ええと、ウィゴ様」

名前を呼ばれたウィゴがお兄さんを見上げ、顔を赤くした。お兄さんも赤かった。

お兄さんの反応には、憶えがある。多分私のせいだったのだろう。






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