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48 驚くほど悲しかった


「ありがとう、ジュジュ」

食後のお茶を出すと、兄さんが微笑んだ。

目は冷たいが、ジュジュがくっついていた。


「妹にでも使うものでしょうか?」

私の質問にシバが答えた。

「使う場合もあると思うよ。まあでもその場合は、周囲の目を構わない程の溺愛じゃないかな。その言葉の本来の使い方を理解した上で口に出して違和感がないのなら、我が子同然、恋人以上に愛しているってことだろうね。大きくなった弟妹を可愛がるのって、ただでさえ照れるものだろう?」


兄さんは意味を知っていると思い込んでいたが、実際はどうなのだろう。

シバが推測したように名前だと勘違いして使っていると思った方が、違和感が無いかも知れない。

でも、意味を知っていたとしても、私がジュジュの意味を知らないと兄さんが考えているのなら、わざと人名として使っているのかも知れない。

考えても分からないな。


私が食べ終わるのを待たずに兵舎へ行ってしまったジョエの分も、食器を厨房に戻し部屋へ戻った。

兄さんがまだ明るい室内で、ジョエに運んでもらったソファ脇の台に寄りかかって昼間渡した文字の練習の紙にペンを走らせていた。

兄さんの冷めた目を極力明るい時間に見たくなかったので、文字の書き順を数字と矢印で示した手本を渡したのだ。

手本を作る際に気になって確認したが、硬貨や紙幣に書かれた以外の数字も読める様だった。

暇そうにしている日中に一人でやるだろうと思っていたが、予想通りだったようで遠目にも用紙にびっしり練習してある様に見て取れた。

ジョエに比べて勉強熱心だけど、行儀悪いなあ。

いつもなら私とジョエが言われることを、ソファにだらりと寝そべった様な姿勢で字を書く兄さんを見て思った。

やっぱり食事が足りていないのではないだろうか。

先ほども、半分程を残してジョエに食べさせていた。

身体が悪くならなければ良いけど。

私が食べる様に言ったところでやはり無駄だろうなと溜息を吐いた。

「ああ、お帰り。どうしたの?ジュジュ」

兄さんが顔を上げ微笑む。

「ううん。兄さんが行儀悪いなあって思っただけ」

何の気なしに言うと、兄さんがソファに上げていた長い脚を静かに床におろした。

「ごめん」

やはり冷めた目で笑っていて責められている様な気分にはなったが、私の言葉でも兄さんの行動を改めることは出来るのだなと思った。

明日は食事をもう少し食べる様に言ってみよう。



「今日も本を読む?」

単語の横に書いた文章を読み終わり、立ち上がってそう尋ねると兄さんが手元の紙に目を落としたままで返事をした。

「うん。イリもここで読む?」

あれ、イリだった。

首を傾げたが、兄さんはすっかり勉強道具置きになったソファ脇の台から、物語の本を取って捲り始めていた。

「読む。本持ってくる」

うーん。そう言えば時々イリと呼ばれる気もする。

それって『ジュジュ』は完全に名前として使っている訳じゃないってことかしら。

止めよう。もうこれは兄さんに聞かない限り分からない気がする。

無駄な思考を振り払って自室から本を取って戻ると、兄さんがこちらを向き早速質問が有りそうな様子で私を待っていた。

何か可愛い。

兄さんの様子はいつも通りしどけなくソファに寛ぐ美人そのものだったが、読めない単語があり読み取りが滞ってもどかしいはずだと分かっているせいか、やけに身近に感じた。

あの兄さんに親しみを感じられるようになるなんて、願ってはいても考えられなかった。


嬉しくて興奮してしまったのか胸がどきどきし始めたが、薄暗さに感謝しながらソファの端に腰をおろした。

「聞いていい?ジュジュ」

ジュジュだ。

いちいち気にしてしまう自分が鬱陶しいが、やはり兄さんの真意はどうあれジュジュと呼ばれると無意識のうちに喜んでしまっているようだ。

動悸がさらに強まるのを感じた。

「どれ?」

自分の緊張に気を取られ、思わず兄さんの手元に身体を寄せて本を覗き込もうとしてしまった。

私がそれに気付く間もなく、兄さんが下がれる余地もないのに後退る仕草をみせた。

自分の失敗に気付き身体を引いて兄さんの顔を窺うと、いつもの顔で笑んでいた。

「これ」

腕を不自然な程伸ばし、本を差し出してくる。

今は暗くてその目に含まれる色を判断することは出来ないが、冷たく澄んでいるはずだった。

つい今しがた兄さんに親しみを感じ、加えてジュジュと呼ばれたばかりだったため、その私を拒絶する仕草と笑顔が驚くほど悲しかった。

何とか笑顔で兄さんの質問には答えたが、その後自分の膝の上に開かれている本の内容は全く頭に入らなかった。






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