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46 これは何と読むの


「はい」

兄さんに、たった今窓辺で書きあげた単語集を差し出した。

薄暗くなった室内に兄さんの目の色は確認し辛い。

「ありがとう、ジュジュ」

兄さんが微笑んで、いつものように指先で用紙を受けとった。

なんだか慣れて来たな。

以前は私を汚い物の様に扱っていると感じたその指先が、兄さんの通常の仕草の様に思えて来た。

冷めた目の色が見えないと言うことが肝心だが、慣れってすごい。

昨日と同じように、燭台に灯りを移し、カーテンを引いて回った。


「読もうか?」

紙に目を落とす兄さんに声をかけると、顔を上げて微笑まれた。

「うん」

綺麗で妖艶なはずの兄さんの表情が、何故かあどけなく可愛らしいものに見え、心臓がどくんとなる。

う、ウィゴみたいだった。

頬が火照るのを感じたが、部屋が暗いのでそれを意識して悪化させることは避けられた。

昨日と同じく、ソファの端に腰を降ろす。

兄さんと私の間に差し出された紙を目でなぞり、ゆっくりと読み始めた。


「内容は子供用の物語で面白くないかも知れないけど、その分単語も文章も簡単で分かり易いし、読んでみない?読めないところがあったら、それも単語集に入れるし」

一度立ち上がり取って来た本を差し出すと、兄さんがそれに視線を移し、また指先でそれを受け取った。

本を渡しながら、読めない単語を書き取る為の紙とペンも、持って来て兄さんに渡せば良かったなと思った。

取りに戻ろうとしていると、本を捲っていた兄さんが私を呼び止めた。

「題からすでに読めないけど。これは何と読むの?」

兄さんが必要以上に腕を伸ばして差し示す小話の題名を離れたままで確認すると、確かにまだ兄さんが読めないだろうなと思える単語が含まれていた。

読みを伝えると、兄さんが本を手元に戻し、紙を捲る。

「今から読む?」

「うん?ああ、ちょっと見てみようかな。読めるかどうかは分からないけどね。お休み、ジュジュ」

兄さんがそう言って微笑み、また本に目を落とした。


どうせ私も今から本を読むつもりだったんだし、兄さんだってそう思ってるはずだから不自然じゃないよね。

しばらく自室で緊張し、意を決して自分用の本と真っ新の紙とペンを手に居間に戻った。

兄さんが不思議そうな顔でこちらを見た。

「どうしたの?ジュジュ」

「読めそう?こっちで読むから、分からなかったら聞いて」

気にしないで良いから部屋に戻りなさいと言われる気もした。

そう言われたら、何気なくお休みなさいと言って部屋に戻る心の準備もしていたのだが、少しの間私を見ていた兄さんが微笑んだ。

「そう」

そのまま本に視線を落としてしまったので、緊張してどきどきしながらソファの端に再び腰を降ろした。

兄さんはちらっとこちらを見たが、私がソファに座ったことには何も言わなかった。

安堵から小さく息を吐き、自分の本を開く前に、先ほど兄さんに尋ねられた単語を紙に書き込み、絵と説明文を付けた。


書きあげて兄さんの方を見ると、ソファの反対端にもたれる兄さんが私を見ていた。

どきんと胸が鳴る。

びっくりした。本を見ていると思っていた。

「さっきの書いておいた。兄さんが本を見て単語を書き取る?それならはい、紙とペン」

平静を装いそう言うと、兄さんが笑んだ。

「ああ、さっきのを書いてくれてたの?ありがとう、ジュジュ。どうだろうね、書いてはみたいけど、書き方も知らないし」

相変わらずの笑顔に、わずかだが困った様な色が見える気がした。

「あ、そうね。書き順とかもあるものね。じゃあ、明日から書く練習もしようか」

子供の頃自分が書き順を覚えるのに苦労したのを思い出しそう提案した。

兄さんが私を見て、また微かに困った様に微笑んだ。

「ありがとう、ジュジュ」

慌てて自分の本に視線を落とす。

断られることはなかったけど、何か嫌だったのかな。

やっぱり私と長く過ごすのが嫌なのかな。

落ち込みそうになっていたが、すぐに兄さんの声がした。

「早速だけど、聞いていい?ジュジュ。これは何と読むの?」


兄さんの向学心のおかげかも知れないが、それから兄さんは何度も私を呼んだ。

そのたびに書き取り説明を付けるので、私の読書はあまり進まなかったが、凄く、楽しかった。

自分の本に目を落としながら隣の兄さんの気配を窺う。

どきどきする。昼間は兄さんの目が気になってまだ自然に言葉がでてこないが、今は冷たい目の色を気にせず穏やかに兄さんに接することが出来ている。

嬉しくて、どきどきして、とても楽しくて、幸せだった。






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