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43 お休み、可愛いイリ


『お休み、可愛いイリ』

『お休みなさい、兄さん』

昨夜自室に戻る際に交わした言葉を、勝手に脳が変換して再生する。

目覚めたベッドの中であまりの自分の馬鹿さ加減に悶えた。

実際兄さんはいつも通り『お休み、ジュジュ』と言っただけだ。


目覚めは変な気分だったが、続いていた大泣きと寝不足と、昨夜の満足感のおかげで、久々にぐっすり眠ることが出来た。

洗面所に向かい鏡に顔を映す。

「酷い顔」

ウィゴの暖かい小さな手が、私の瞼を撫でたのを思いだす。

早く二人に報告したいな。

色んな事が起こった気がして、何を報告するべきかははっきりしなかったが、二人の顔が見たかった。

後宮に来て友達が増えた。兄さんには今まで以上に感謝しなきゃ。


朝食の席につき、別に兄さんとの問題が解決したと言う訳でもなかったのだなと、お腹が痛くなった。

明るい日の光の中で見る兄さんは、相変わらず冷たい目をしていた。

嫌いの感情がなくなったのは私だけか。

嫌われてはいないというジョエの言葉を信じるつもりだったし、ジュジュと言う呼び名に含まれる意味も兄さんの言葉の中に感じられる気はする。

冷めたこの目も、本心を隠す鎧の様なものだと納得したはずだった。

それでも、こうやって直接その目に見つめられると、どうしても、憎まれ嫌われているのだと確信に近いものを感じてしまう。


そうだ、実際に兄さんは私を嫌いだと言うことを否定しなかったじゃない。

『それは君も同じだろう』とも言っていた。

浮かれていた心に冷たい水が染み渡るような心地だった。

すっかり舞い上がって忘れてたな。馬鹿な自分を笑いたいような気分になる。

とにかく私は嫌いじゃないって伝えなくちゃ。

これまではともかく、今は嫌いじゃない。

頑張ろう。私が嫌われているのならそれは仕方がない。当然なのだから。

それでもきっといつか、兄さんと仲良くなろう。

だって、血のつながりはなくても、私を守ってくれた、大事な、大好きな兄さんだ。


「目は腫れてるけど、あまり辛そうじゃないな」

「良かった良かった」

ウィゴとシバも私のことを気にしてくれていた。

ベンチに座るなり、二人に頭を撫でられ恥ずかしくなる。

昨日はいっぱいいっぱいで客観的に見る余裕などなかったが、何なんだろうこの状態。

「どうなった?」

シバが尋ねて来る。ウィゴの勉強もまだなのに私の話を始めていいのだろうか?

「ウィゴ様、先にお勉強を」

そう言うと、ウィゴが得意げに胸を逸らした。

「もうやった」

「ジュジュちゃんとゆっくり話したくて頑張ったんですよ。褒めてやって」

シバがにっこりとほほ笑み、ウィゴが顔を赤くした。

「ありがとうございます、ウィゴ様」

可愛いウィゴに顔を綻ばせた。


「そう。それは私が君の兄だったとしても、隠していたかもなあ。話を聞いてその当時を思い出してしまったりしなかったかい?」

シバが心配そうにそう言った。

「いいえ。身体が震えて気が遠くはなりましたけど、記憶は戻りませんでした」

「それなら良かった」

シバが私の頭を撫でた。

「良かったのか?」

シバの言葉にウィゴが怪訝そうな顔をした。

「俺なら全部思い出したい。亡くした場面だけではなくて親自体のことも忘れたままなのだろう?」

「そうですね。自分のことだったら私もそう思いますけど。兄の立場としては、可愛い妹に辛い思いを繰り返させたくはないはずですよ」

シバが言うとウィゴが首を傾げた。

「そう言うものか」

「そう思いますし、それにウィゴ様は、大切な人を目の前で失うと言うことを甘く見ていますよ」

責める調子ではないシバの優しい声に、ウィゴが口を噤んだ。


「思い出せないので親を失う辛さに実感は伴いませんけど、兄だけでそれを抱えているのかと思うと、ちょっと」

「両親の死因についてはあまり気にならなかった?」

シバが意外そうに言った。

「いえ、それは驚きましたし、怖かったですけど。やっぱり憶えていませんから。その時兄さんがどんなに辛かっただろうとか、そんな風にしか思えないです」

「そうか。君には両親より兄さんなんだねえ」

シバの言葉に頷いた。

「はい。そうだと思います。一緒に過ごした時間は家族と言うには少なすぎるんですけど、記憶が始まってから今までずっと、兄さんが帰って来ないとか兄さんが嫌いとか、兄さんに嫌われてるとか、兄さんの事ばかりでしたから。やっぱり私の家族は兄さんだけです」

「そう。それなら良かったね。守って貰ったんだって分かって。必死で君を守って、その後も君らに優しくはない土地で君を養って、良い兄さんだね」

シバの笑顔に涙が出そうだったけど、何とか耐えて頷いた。

「はい」

シバがもう一度頭を撫でてくれた。






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