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41 話さないでって言ったよね


「おい」

ジョエに肩を支えられ、薄目を開ける。

「大丈夫か?」

覗き込まれて、小さくこくこくと頷く。

聞きたいとしつこく言ったのは私だ。それはちゃんと覚えていた。

真っ青だっただろう私の顔を見たジョエは心配そうな顔をして、私の頭を自分の胸に引き寄せぎゅっと抱きしめた。

「何でアレがお前に隠してたのか、分かったか?せっかく忘れてんのに、わざわざ思い出させたくなかったんだよ」

暖かいジョエの腕の中にいると、今更のようにガタガタと身体がふるえ始めた。

「ああこうやってお前は、ぶっ倒れてたんだよ。真っ青になって、ガタガタふるえて。大丈夫か?」

頷くとジョエが頭の上で笑った。

「お前も強くなったってことかな。アレに抱かれるとそん時のこと思い出して怖かったんだろうなあ。そんで気絶して忘れてたのか。器用な身体だな」

ジョエに肩を擦られ、少しずつふるえが治まって来た。


「私が憶えてるのも、その時の事なの?」

ジョエの腕の中で顔を伏せたまま、なんとか尋ねることが出来た。

「あ?ああ、アレに息を止められるのだろ?そうだよ。お前とアレは親が殺された部屋の隅に隠れてたんだってよ。訳が分からねえお前が怖がって親を呼ぼうとするのを、必死で押さえてたんだよ」

そんな。

信じられないという思いが、脳裏に鮮明に表れた幼い兄さんの必死な顔にあっさりと打ち消される。

「お前が乱暴されて殺されるよりはって、お前が死んじまう可能性もあると分かってて気絶させようとしたんだ。起きてもがいてりゃ確実に見つかるからな」

嗚咽が抑えられなくなった。

ジョエがはっきり言わないことからも、大してあったとも思えない金品だけを目的とした強盗に殺されたのだとは思えなかった。

兄さんがどんな悲惨な現場にいたのか。私が捕まればどうなっていたのか。

兄さんの痛みを想像するだけで胸が張り裂けそうだった。

私が何を考えているのか分かっているはずのジョエが、ゆっくりと頭を撫でてくれる。

「アレはお前を守りたかっただけだよ」

ジョエの分厚い身体にしがみ付いて、大声を上げて泣いた。


「おい、そろそろ良いか?あんまりくっつかれてると変な気分になりそうだ」

相変わらず空気を読まないジョエの言葉に、がばりと身をおこした。

「最低」

「何だと?どんだけ泣かせてやったと思ってんだ。見ろ、びしょ濡れじゃねえかよ」

ジョエが腕を広げ、私の涙でぐっしょりと濡れた胸元に目を落とした。

「ごめん」

あまりにびしょびしょだったので流石に申し訳なくなって、どうなるものでもないが手の平でジョエの胸元を擦った。

ジョエがその手首をがっちりと掴んで胸から遠ざけた。

「何」

怪訝に思いジョエを見ると、空いた手で頬を掴まれた。

「阿呆が。男の身体に無闇にさわんな。俺もお前にさわって良いんなら歓迎するけどな」

「はあ?何言ってんのよ。子供扱い甚だしいくせに。幼女趣味の変態に転向したの?」

ジョエがそう言う私を見てにやにやと笑った。

「幼女だと思ってたのになあ。ちょっと中のそれ抜いて抱き心地試してみても良いか?勿論服の上からで良い。あ、お前が良いなら裸の方が良いけどよ」

立ち上がってジョエの脛を蹴り、走って後宮に戻った。

まあ、当然すぐに追いつかれたが、笑いながら久しぶりに子供のように走ったことで、清々しく良い気分になれた。


「汗かいたから、ご飯の前にお湯使ってきていい?」

「どうぞ」

ソファに座る兄さんにそう言うと、こちらを見ていつもの様に微笑んだ。

その冷たい目の色は本当に拒絶の色だったのだろうか。

何かを憂いていたのだろうか。

吸い込まれる様な澄んだ薄青の目に、自分のものとの違いを実感する。

兄さんは私と血が繋がらないことを知っているのだろうか。

私の記憶にある両親はどんな人間で、私達はどんな家族だったのだろう。

ジョエが知らないことを兄さんに聞いてみたかった。

兄さんの目を通して知らぬ両親に思いを馳せていると、兄さんが私から目を逸らしジョエに冷たい声をかけた。

「話さないでって言ったよね?」

私の腫れた目から推察したのだろう。

ジョエが素知らぬ顔でさっさと部屋を出て行った。

私も兄さんの視線を避け、自室に着替えを取りに戻った。


まだ整理はついていないけれど、私が兄さんに腹を立てていたことは間違いだったのだと思う。

兄さんは私を守りたかっただけ。

ジョエが言ったその言葉を信じよう。

自室のドアを開け、ソファの兄さんに目を合わせる。

私が両親の事を聞いたと知った今も、いつもの顔で微笑んでいる。

何を思っているのだろう。

「兄さん」

「何?ジュジュ」

ふと、図書館の男に言われた言葉が脳裏によみがえる。

「兄さん、ジュジュって何か意味がある言葉なの?」

一瞬明らかに兄さんの笑顔が固まり、揺れる瞳に動揺が見えた。

「どうして?」

すぐに笑顔を取り繕い冷めた目に戻る。

「ううん。この国の音にはないから。もしかして母さんの名前だったのかなって」

視線を逸らして誤魔化した。

私は両親の事をジョエに聞いたばかりだ、きっと誤魔化されてくれる。

「ああ、母さんの名前を知らなかった?ごめん、気付かなかった。母さんはヒリア、父さんはセオと言う名だよ」

「そう。ヒリアとセオ。ありがとう」

急いで部屋を出た。


憶えてもいない両親のことより、今は兄さんの事だった。

後ろ手にドアを閉め、吐ききってしまっていた息を一気に吸い込む。

ゆっくり呼吸しようとするが、震えて上手く行かなかった。

ドアに背中をつけずるずると床に滑り落ちる。

ジョエの胸に出し切ったはずの涙が再び零れ、両手で顔を覆った。

兄さんはジュジュと言う言葉の意味を間違いなく知っている。

知っていて私に名付け、さっきの様に毎日幾度も呼んでくれている。

『何?ジュジュ』

兄さんの声が耳に焼き付いていた。

冷たい目を、本心を隠すための鎧だと思えば、今まで兄さんに呼びかけられたその全てが、優しい兄が愛しい妹に向けた甘い言葉だった様に感じられた。

私は兄さんに愛されている。

信じられない程に幸せで、嬉しくて、堪らない気分だった。





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