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39 そこから疑わしいんですか


「お前の話か」

シバの後ろからウィゴの声がした。

近付いて来ていたことに気付かなかったようだ。

私に腕を引っ張られてシバがようやくベンチに戻る。

「はい。嘘をついて申し訳ありませんでした。先日の妹の為に身を売った兄の話も、私達兄妹の話です」

ウィゴが私の前に立った。

「兄は身売りが嫌になってお前に手をかけたのか」

苦く笑った。

「それも責められないことですね。でも違います。逆です」

「逆?」

ウィゴが怪訝そうだ。

「私が死んであげられなかったので、兄は私の為に身を売り始めたんです」

「そこははっきり記憶があるの?」

シバに問われた。

「死にそこなった所からしか憶えてませんけど、本当に飢えで苦しかった記憶がありますから。そのうち売春の斡旋をしている男に拾われて、そこでも別に食べものがもらえる訳ではなかったんですけど、しばらくして兄が私の近くにいる時間が減って、何とか少しずつ食べられる様になったんです。男の素性を知ったのはもっと成長してからでしたけど、間違いはないと思います」

「そう」

シバが考え込んだ。


「でもお前に手をかけたことは許せない。何か他に方法があったはずだ」

ウィゴが怒りを顕にそう言った。

私を思ってくれるのは嬉しいが、兄さんを非難されているのは嫌だった。

「ありがとうございます。でも、あの街ではどうしようもなかったと思います。もし私があの時の兄の年齢で幼い弟妹を背負っていれば、すぐに兄妹もろとも死んでいたはずです。それが飢えでなのか、大人に搾取されてなのかは分かりませんけれど」

「それ程酷い土地だった?」

静かな調子でシバに問われ、理不尽で辛い日々が思い出され目頭が熱くなる。

「はい。私の髪色に対する差別意識も酷かったですから。兄は私のとばっちりで余計な苦労まで背負わされていました」

「ああ、ロウエンとの戦場になった土地か。それは辛かったね」

シバは私の故郷の事も知っているのだ。

「兄はお前と髪色が異なるのか?」

ウィゴに問われた。怪訝そうな表情に違和を覚えながら答える。

「はい。兄はこの国ではありふれた金の髪をしています」

「そうか、ではお前たちは」

「ウィゴ様」

シバの苦言を呈する口調に、再び確かな違和を感じた。


「悪い」

ウィゴが心持ち焦った表情で目を泳がせた。

「どうしたんですか?兄の髪色に何か?」

シバが甘く微笑む。

「何も問題ないよ?君の髪はとても美しいね。濡れている様に艶やかで、指で梳いて、感触を確かめたくなるよ。ねえウィゴ様」

「あ、ああ。つるつるしていて触りたくなる」

わざとらしく誤魔化そうとしたシバにウィゴが合わせた。

「何を誤魔化してるんですか?」

「ウィゴ様。口に出す前にそうして良いかの判断が必要ですよ」

溜息を吐き声音を戻したシバに睨まれ、ウィゴが困った顔をした。

「何ですか?教えてください。シバ様」

「いや、君が知っていることなら何の問題もないんだけど、知らないようだね」

シバがウィゴに目配せした。

「そうだな」

「だから何ですかって 」

シバが諦めた様に笑った。


「君達兄妹は血が繋がっていないよ。知っていた? 」

予想もしなかったその言葉に、一切の音が耳に入らなくなった。


気付くと二人に両側から髪を撫でられていた。

「あ、戻って来た。やっぱり知らなかったんだねえ」

シバに顔を覗きこまれる。

「ごめん」

ウィゴが反省した顔をしていた。

「い、え。でもびっくり、して」

「私達は知識として知っているけれど、一般には広まっていないのだろうね」

「え?どう言う意味ですか?」

シバが自分とウィゴの髪を一房摘まんで持ち上げた。

「ロウエンとこの国の人間との混血には特徴的なものがあって、ほら、こうやって、髪色には茶色が出るんだ。茶色はこの国では元々ありふれた色だけれど、ロウエンの黒は、ロウエンの純血以外には出ないんだよ。だからこそ君の髪色が目立つんだ」

「と言うことは、私の両親は」

頭が混乱している。

シバが私を安心させるように笑いながら言った。

「ジュジュちゃんの両親は、純血のロウエン人だね。混血でも7世代程経てば徐々に他の色が混じり始める様だけど、君の両親がロウエンの純血である以上、そのどちらかが金の髪を持つ君の兄の実の親であると言う可能性はなくなるよね。君の兄さんの7世代以上上の誰かが君の祖先と繋がる可能性は有るだろうから全く血縁関係にないとは言い切れないけれど、もうそこまで血も薄まれば他人も同然だろうし」

私の記憶にある金の髪の父さんは、私の実の父親ではないのだ。

そして兄さんは記憶の中の母さんの子供では有り得ない。

そして、片親が同じと言う可能性もない。


ウィゴが心配そうな顔で、黙り込む私を見上げた。

「血は繋がらなくとも兄との関係は今までと変わらないだろう?それとも悪くなるか?」

「いえ、ええと。分かりません。正直混乱していて。あ、でも目は?目の色は兄さんと同じはずです」

「そうなの?青い目はこの国でも珍しくないからね。目だけでは何とも。間違いなく言えるのは、ジュジュちゃんの黒髪に深い青の目という組み合わせは、ロウエン特有のものだよ」

自分の濃い目の色が兄さんの淡いそれと異なるのは分かっていた。

ただ、あまりに違う綺麗な兄さんとの外見の差を埋めたくて、目は同じだと自分に言い聞かせてきただけだ。

「そうですか。では私達はやはり」

全く違う両親から生まれたと言うことだ。


俯いた私に、シバが言った。

「君、兄さんに手をかけられたのが記憶の始まりだと言ったよね。そもそも兄妹だと言うことは間違いないの?」

「え?ええ!?そこから疑わしいんですか!?」

驚きすぎて叫んでしまった。

シバがシバらしく明るく笑った。

やはりシバに笑って貰えると心が軽くなる。

「私が君に聞いてるんだよ。君は両親のことも憶えていないんだろう?」

「あ、いえ、ぼんやりと母が私の髪色で、父が兄と同じだった憶えはあります。良かった。家族は家族ですよね」

「うーんそうなのかな。まあでも君を妹として養ってきてる訳だしねえ。ジュジュちゃん危ういね。記憶がはっきりしないだけに、実は私と兄妹だったって言いくるめるのも簡単な気がするよ」

シバが苦笑してそう言った。

そうだろうか。いやでもまさか兄さんと家族じゃなかったなんてことはないだろう。

深く考えると闇に落ちていきそうな疑問をシバに投げられたが、ウィゴの嬉しそうな声に思考を遮られた。

「あ、じゃあ俺の姉になればいい!」

「ウィゴ様、急に年相応の子供に戻るの止めて下さいよ。扱い難いですよ?」

シバに言われ、赤くなったウィゴが可愛かった。


「なんにせよ。兄さんかジョエに話を聞いた方が良いんじゃない?聞いててこっちも心配なほど、君は自分の事を知らないよ」

シバに言われてその通りだと思った。






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