34 聞いてみてごらん
「シバ様は大丈夫だと言われました」
ウィゴが剣の鍛錬を始めたので、隣に座ったシバに伝えた。
「ね?言ったでしょ?で、ジュジュちゃんの悩みって?」
シバは嬉しそうだったが、こちらは複雑だった。
「でも、シバ様が何をご存じなのかが分からないので、こちらの話はとてもし難いです」
「あれ、そう?」
「はい」
シバがこちらを見ている気配がして窺うと、何かを考える様な表情をしていた。
「私が知っているのは、君の姫様が、私の知り合いの力で後宮に入ったことくらいだよ」
「姫の素性もご存じのはずだと聞きましたけど」
「ああじゃあ、それは君も知っているんだね?ということは、やっぱり君は姫様の妹?」
そうだよね。昨日私が自分の話だと暴露したせいで繋がっちゃうよね。
でも兄さんの事を知っているのなら私の事を隠す必要もないし。はっきりさせていた方が嘘を重ねて自分が混乱せずに済む。
「そう言うことになりますね」
ウィゴが同じ型を何度もさらっている。
私の前で完成していない型を練習することも気にならなくなったようだ。
「そう。それで、今日も盛大に目が腫れてるけど、君の悩みを私に話す気にはなった?」
ベンチの背に両腕をかけたシバが、私に明るく笑いかける。
この人に明るく笑って貰えれば気が晴れるだろうか。
「そうですね。ええと、兄との関係が良くなくて」
「え?そうなの?一緒に苦労してきて凄く絆が強い兄妹なのかと思ってたよ。今もこんなところまで一緒に来てる訳だし」
シバが目を丸くして驚いていた。
「一緒に苦労したと言うか、苦労してきたのは兄だけなんです。兄が私を養って学校にも通わせてくれていましたから。ここに来たのも、一人で残っても生活出来ないだろうと言われて。学校を卒業したばかりで職のあてがなかったんです」
「成る程ねえ。君の為にやってきたことを恩に着せて威圧的な訳?」
面白くなさそうな顔のシバがそう言ったので、慌てて否定した。
「いいえ。威圧的と言う訳では。あれ?威圧的だったのかしら」
シバが混乱しだした私を笑う。
「ここへのその誘い文句は十分横暴だと思うけどね」
「まあでも、私に一人で生活するやる気があれば断れたんです。引きずってまで連れてこられたとは思い、ません、から?」
シバが声を立てて笑い出した。
「自信なさそうだね。引きずられてたかもね」
「う、はい。分かりません」
「あはは。まあ君が悩んでるのはそこじゃないってことだよね?」
「はい。えーと、兄さんに嫌われてるのがきついと言うか。あ、私の為に自分を犠牲にして働いてくれてたのは分かってるので、嫌われているのは当然だと思ってるんですけど、やっぱり唯一の家族なのにと思うと辛くて」
「えー? 嫌われてはいないだろ?嫌いな奴の為に身を売って、こんなところまで連れて来て、一緒に生活しようなんて思わないだろう?」
シバが呆れた顔をする。
そう思われるのも当然だとは思うが、兄さんの目を思い出して首を振った。
「でも、物凄く避けられてます。いつも笑ってるけど目は冷めたままだし。ここに来るまで一緒に過ごしたことが殆どなかったんですけど、一緒にいればいるほどそれを実感して辛いです」
「そうなの。兄さんは何を考えてるんだろうねえ」
穏やかな優しいシバの声に、俯いたまま膝の上で拳を握りしめる。
「はい。分からなくて、混乱します。私が憎いなら連れて来なきゃ良いのに」
「何考えてるのって聞いたことないの?」
問われてシバを振り仰ぐと、微笑まれた。
「ないんだね?じゃあ、私のこと嫌いなのって聞いてみてごらん」
「きっと、冷めた顔で笑って、話を逸らされます」
「そうかも知れないけど、そうじゃないかも知れないよ?聞いたことないんだろう?ちゃんと答えてくれなくても、今より少しは兄さんの事が分かるかも知れないよ。それに、君がそのことで悩んで寝られないんだって分からせなきゃ。腹が立つだろう?」
シバが私の頭に手をのせた。
「はい。腹が立ちます。ここに来て、いろんな人に頭を撫でて貰ってますけど、私、兄さんに頭を撫でて貰ったこと一度もないんです。それどころか、物心ついて以来、兄さんにふれた記憶がない程距離を取られていて。物凄く腹が立って、悲しいです」
俯いて涙を堪える私の頭を、シバの大きな手がポンポンと叩いた。
「想像以上に拗れた兄妹だね。また明日も聞いてあげるから、なるべく忙しくして他の事を考えてなさい。臭いのとお喋りしてると良いよ。朗らかで面白い奴だって聞いたよ。一人で考えすぎては辛くなるだけだからね」
ウィゴが戻って来る。
相談の時間は終了だったが、初めて兄さんとのことを人に話して、随分楽になった気がした。
「はい。ありがとうございます。シバ様」
「ジュジュ。今日は苛められなかったか?あ!やっぱりまた泣いているな?」
「いいえ、ウィゴ様。シバ様のおかげでとても楽になりました。優しいお兄様をお持ちで羨ましいです」
「お、にいさま?おじさまの間違いだろう?」
「ああそうですね。間違いました」
「ちょっと、二人とも酷いなあ。ウィゴ様、ジュジュちゃんはお兄さんが優しくなくて悩んでるらしいですよ。けしからん兄ですよね?」
ウィゴがシバの言葉に瞬いた。
「そうなのか。兄がいるのか、良いな」
「ウィゴ様。そこじゃないですって」
羨ましそうな顔をする可愛いウィゴと、呆れるシバが微笑ましかった。
笑う私を見て嬉しそうな顔をしてくれる二人が、とても好ましかった。




