32 苛めている訳じゃないよ
「何だお前、元気ないなあ」
本を眺めていると、ウィゴに覗きこまれた。
我に返り、全く読めていなかった本から顔を上げた。
「びっくりした」
呟く私に、ウィゴの反対側に腰掛けたシバが頬杖をついたまま笑いかけた。
「悩み事かい?お兄さんが相談に乗ろうか?」
2組の優しい茶色の目に挟まれ、テーブルに突っ伏して溜息を吐く。
「相談したいのはやまやまなんですけれど、生憎人に話せる悩みではありませんので」
テーブルに頬を付けたままシバの方を向いてそう言うと、シバが私の顔の目の前に同じように顔を傾けて来た。
「そうなの?」
顔が近すぎて鬱陶しかったので、ウィゴの方に顔を向ける。
ウィゴが私の顔の前に頬杖をついて可愛い顔で私を見下ろした。
「そうなのか?」
「はい。自分で頑張ります」
王子の前でテーブルにだらりと身体を投げ出して、私はいったい何をやっているのだろうか。
昨夜殆ど寝られなかったので、非常に怠かった。
朝食も掃除中も欠伸ばかりして兄さんに注意された。
その間にも度々『ジュジュ』が挟まり辛かった。
「眠いのか?」
ウィゴがぼんやりとする私に尋ねる。
「はい。昨日寝られなくて。すいません、ウィゴ様がお勉強中なのに」
「本当だぞ。横で寝られては勉強する気になんかならない」
「そうですよね」
よいしょと身体を起こし、ベンチの背に身体を預けた。
「ウィゴ様。そこは、俺の事はいいから、ここで寝ていきなって言うところですよ」
頬杖をつきなおしたシバがウィゴに言った。
頬杖をついた王子と王子護衛に挟まれ眠気に耐える使用人。傍から見るとへんてこな絵だろうな。
さわさわと木の葉の揺れる音を聞きながら、ああ、第二後宮は平和だと、何故か少しだけ心が落ち着いた。
「シバ様、お聞きしたいことがあるのですが」
ウィゴが剣の型のさらいに離れたのを眺めながら言った。
「どうぞ」
シバがにっこりと笑う。
「後宮に陛下の渡りがないって本当ですか?」
「それが悩みの種?」
シバが探るような目を隠さずに尋ねて来る。
「一因では有ります」
笑顔で頷かれた。
「本当だよ。今はね」
見上げた私にシバが笑った。
「元々、女好きの先王が外で子種を落とさない様にって建てられた宮だからね。新王は全く使う気はないよ」
「そうですか。では本当に無駄な国費を充てられている訳ですね」
新王が立って2年経っている。そんな無駄な宮はさっさと潰してしまえばいいのに。
「そうだね。そして新たな姫は取らないと言う王の申渡しを無視してねじ込まれてきたのが、君の姫様だね」
驚いてシバの顔を見て固まっていると、笑顔で首を傾げられた。
「それは知らなかった?他にも君が知らなくて私が知っていることも、あるのかも知れないね」
「何をですか?」
「まあ色々だよ。ねえ、ジュジュちゃんの悩みだけどさ。私達の他に相談できる当てはないの?あの異臭の主とか。昨日は第5部隊長つかまえて稽古付けさせてたみたいだね」
ジョエに相談か。ウィゴに目を向けながら考える。
「出来るかも知れませんね。でも、うーん。知られたくない人にまで筒抜けになりそうで」
「そう。では、君の姫様に、ジュジュちゃんの個人的な事を私に話しても良いか聞いて来てごらん。おそらく良いと言うと思うよ。そうしたら私達に悩みを打ち明けられるんじゃないの?」
もう一度シバを振り仰ぐとよしよしされた。
「君が身元を偽っているのは知っているよ」
そのままシバを見ていると、不思議そうな顔をされた。
「あれ?驚かないの?」
「まあ、そうだろうなとは思ってました。友人の身の上話はかなり怪しかったと思いますし」
あんなに取り乱して泣けば、自分の話だと思われて当然だ。
シバが軽く目を見張った。
「ああ、あれ、やっぱり君の話だったの?いやそう言うのは知らないんだけど、まあ何を聞いたって君を罰することはないから安心して」
「え?じゃあ身元ってなんの」
もしかしてユール出身ではないとか、兄さんと兄妹だとか、兄さんが男だとか?
一気に青ざめた私を見て、シバが慌てた顔をした。
「だから安心してって。苛めている訳じゃないよ。不安なら姫様に聞いてごらんって。ね?」
シバの顔を見上げ凍り付く私の目の前に、小さな背中が現れた。
「シバ!お前はいつもいつも!何をしているんだ!」
苦い顔をするシバから私に身体の向きを変えたウィゴが、心配そうな顔で見下ろしていた。
「大丈夫か?顔色が悪いぞ」
頷くと、テーブルから私の本を取り手渡された。
「今日はもう戻って休め。倒れそうな顔をしている」
「ジュジュちゃん。誓って言うけど、私は君の悩みを聞いて力になりたかっただけだからね」
シバがウィゴの後ろから顔を出した。
「お前、無理矢理聞き出そうとしたのか?」
ウィゴが責める調子でシバに問う。
「違いますよ。ジュジュちゃんが気兼ねなく話せる様に気を使った結果、怯えさせてしまったと言うか。失敗しました」
言い合う二人を見ていると、凄く暖かい気持ちになった。
「次期王様とその一番近しい方が、こんなに優しくて嬉しいです。国の端の暗い場所に隠れた子供達にまで手の届く、ウィゴ様やシバ様みたいに優しい国にして下さい。お願いします」
頭を下げてそう言うと、何故か涙が溢れだして両手に顔を伏せた。
「国に蔑ろにされて苦労してきたのに、私達にそう言えるジュジュちゃんの方が優しいんだよ」
穏やかな声でそう言ったシバがまた、ウィゴと一緒くたにぎゅうと抱き締めてくれた。
今日はウィゴも大人しく、自分のお腹にくっついた私の頭を小さな手で撫でてくれていた。
嬉しかった。




