24 説教か
「凄い顔してるね」
昼前とは言われたがいつ来るとも知れぬ二人を待つために、掃除と洗濯物運びを急いで済ませて東屋で本を読んでいた。
声に顔を上げるとシバが私を見下ろしていた。
「なんでそんなに目が腫れてるんだ?」
ウィゴが昨日と同じように私の隣に腰を下ろした。
「ウィゴ様。何でって泣いたからに決まってるでしょう?両目を同時に虫に刺される人間は少ないですよ?」
呆れた様に言うシバをウィゴが睨む。
「お気になさらず」
一応そう言うと、シバが笑った。
「そう」
「誰かに苛められたか?」
「ウィゴ様、気にしないでと言われたでしょう?配慮に欠けますよ」
からかい口調でウィゴを窘めるシバに呆れる。
ウィゴが可愛いのだろうが、からかい過ぎだ。
「いいえ。聞いてもらった方が話やすいこともありますもの。ウィゴ様、ありがとうございます。でも、苛められた訳ではありませんから、ご心配なく」
そう言うと、ウィゴがまた怪訝な顔で尋ねた。
「じゃあ何だ」
「嫌な夢を見ただけです」
ウィゴがほっとした顔で背中をベンチの背に預けた。
「そうか。なら良い」
「ウィゴ様。聞き出したいならもっとしつこく問いただすべきですよ。そんなに簡単に納得していては真実は出てきません」
どっちなんだとシバを睨むが、楽しそうに笑っていた。
「そうなのか?嘘を吐いているのか?」
「吐いてません。もう止めて下さい、シバ様」
軽く睨みながら言うと、シバが声を出して笑った。
「ごめんごめん。じゃあ私は失礼するよ」
そう言って、今日も少し離れた位置で剣を抜き鍛錬を始めた。
重厚で美しい剣は、シバの手に握られるとその重さを失ったかのように日の光を映して煌めきながら宙を舞った。
「綺麗ですねえ。まるで舞っているみたい」
軽やかに身体の跡を流れる真っ直ぐの長い髪も綺麗だった。
思わず呟くと、ウィゴから言葉が返った。
「剣舞を見たことがないのか?」
「ああ、あれがそうなんですね。初めて見ました」
荒れた街で剣を振るうものなど、国兵以外型も何もあったものではない。
あの街の国兵の剣には舞の様な優美さなど皆無だったし、その他はならず者が盗品の剣を棍棒のかわりに手にしていただけだったのだと、シバの剣さばきを見て良く分かった。
「剣舞に長けた者が好きか?」
ウィゴの方を向くと面白くなさそうな顔をしていた。
「特にそう言うことはないですけれど、なんせ初めて見ましたし。剣舞に長けている人は実戦でも強いのですか?それだったら好きかも知れません」
「どうだろうな。良く分からん」
「そうですか」
分からないなら仕方がない。
「シバは実戦でも秀でている。だからこそ俺の護衛なんだ」
「確かにそうでなければウィゴ様の護衛など務まりませんよね」
細身の体形で柔和な雰囲気のシバが、この国有数の強さなのだろうと思うと不思議な気がした。
「ウィゴ様も剣を振るわれるのですか?」
面白くなさそうにシバを眺めるウィゴに尋ねた。
「シバに稽古は受けているけれど、別に好きじゃない。得意でもないし」
自分が不得手なために、強いものに対する劣等感があるのだろう。
「そうですか。でも一人で外を歩きたいのなら絶対に必要ですよね?自分の身を守るには自分で何とかするしかありませんし。あ、あの昨日のお話の人みたいに、城に戻るより死んだ方がマシだと言う場合は必要ないかも知れませんけど」
ウィゴが嫌そうな顔で私を見た。
「説教か」
「感想です」
ふんと顔を逸らされる。
「勿体ないですよ?力のある人に教えて貰えるのに。私なら必死で頑張ります。今までならず者の暴力に怯えるしか出来ませんでしたけど、強くなる好機が得られるならそいつらをやっつける力が欲しいです。くだらない勝手な理由で殺されたくなんてないですから」
そう言うとウィゴが黙ってしまった。
「あ、でも、ウィゴ様は剣や武術がお嫌ならちゃんとお供の人を連れて歩かれれば良いんですよ?ウィゴ様を守るための強い人間は沢山いるでしょうし、まだ自分で自分を守る必要はないんですから」
ウィゴの味方をしたつもりが、やはり睨まれた。
「俺が甘えていると言いたいのか?」
10にもならないのに賢い子供だなあ。人の言葉の裏を読む癖がついているのかも知れない。
「いいえ、本心です」
可愛らしく膨れてしまった。
「それでも自由に動けないことがお嫌なら、周りが心配しない程強くなるまで身を入れて稽古なさって下さい。シバ様のことですから、才がなくて無駄だと思われれば、きっとそう言われているはずです」
ウィゴが更に膨れる。
「もしかして、そんな事を言われました?」
また睨まれた。
「言われてない!才は有るのだから真面目にやれと毎日言われている!でも俺に剣の才などない。毎日くたくたになるまでやらされても、ちっとも上手くならない」
「シバ様が有ると言われているのなら有りますよ。他の周りの方は知りませんけど、シバ様はウィゴ様のことを可愛がってらっしゃるから、才がないのに有るなんておっしゃらないと思いますよ。もし本当に才がないのなら、他の身の守り方を教えられるはずです。そう思われません?」
不貞腐れてベンチの背にもたれかかるウィゴの可愛らしい顔を眺める。
可愛がっているように見えるが、昨日今日知り合ったばかりで実際のところ等分かるはずもない。
でもどちらにせよ、一日中一緒にいる間柄の様だし、剣の稽古にウィゴが身を入れるならその辺の真偽はどうでも良いと思う。
賢い子供の様だから、シバに裏があるのならそのうち嫌でも気付くだろう。
ないとは思うが起こるかもしれない裏切りの時の為にも、力は付けていて損はないはずだ。
無責任な励ましを送る私に、ウィゴが頷いた。




