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13 急に優しい、意地悪で優しい


「じゃあ食器戻してくるね。借りて来た本はそっちに置いてあるから。読みたいものじゃなかったらまた借りに行くから言って」

兄さんに借りて来た本への反応が怖かったので、さっさと部屋を出た。

文字の基礎的な内容のあの本を見て、馬鹿にされたと怒らせてしまったらどうしよう。

ジョエがいる時に渡した方が良かったかも知れない。

兄さんが読めるはずないと断言したジョエのせいに出来るから。

長い廊下の向こうから大きなジョエの姿が見えた。

ジョエが向こうから手を上げる。

カートが軽いので片手で押しながら、手を上げ応えることも簡単だ。


「よう。飯終わったか」

「うん。お腹一杯」

ジョエが近くまで来て立ち止まる。

「散歩誘ったか?」

ジョエに問われ、思い出す。

「あー、忘れてた。そんな雰囲気でもなかったし」

ジョエが呆れて私を見下ろす。

「何が雰囲気だよ。今から何するんだよ。暇だろ?」

「そうねえ。昼寝でもしようか。あ、兄さんが本を見てたら、感想聞いてて」

「あ?」

ジョエが怪訝な顔をする。

「ほら、簡単すぎるとか難しすぎるとか、文法が詳しいのが良いとか。辞書が良いとか。何か要望があるかもしれないでしょ?」

「自分で聞けよ。俺が聞いて分かる訳ねえだろ」

協力的じゃないジョエを睨んで頬を膨らませると、即座にでっかい片手で潰された。

「それはお前の仕事だろ?読んでるかどうかだけ見てやるよ。良いな?」

ジョエを見上げ頬を掴まれたまま渋々頷くと、移動した重たい手がポンポンと頭を叩いた。

優しい灰色の目が細められ、目のやり場に困る。

いきなり良いお兄さんに切り替わるの、止めてくれないかしら。



「ご馳走様でした」

おばちゃんがいたので、厨房の中に声をかけ会釈した。

「ああ、昨日の子だね!」

どうせこっちまで誰かが取りに来るのだろうと、トレイを持ち上げてカウンターの向こうのおばちゃんに差し出すと、にこにこと笑って受け取ってくれた。

「ありがとさん」

もう一つのトレイも渡す。

「ちょっと待ってな。今クッキーが焼けたから。焼きたてを持っていきな」

おばちゃんがそう言って厨房の中に戻っていく。

うーん。おやつのお裾分けとは。一体いくつだと思われているのだろうか。

「ほら。姫様用は別に準備するから茶の時間に後で取りに来なよ。これはあんた用だからね」

おばちゃんが暖かい包みを私に手渡してくれた。

「凄く良い匂い。ありがとうございます。食事も美味しかったです」

お礼を言うとおばちゃんが頭を撫でてくれた。

「あんたも姫様も全部食べてくれてたねえ。嬉しいよ。あんた達厨房で評判上がるよ、きっと」

あははと苦く笑う。いやー、私も昼より豪華だろう夕食までは、2人分残さず食べられる自信はない。

「すいません。ユリ様は食が細くて。昼食は私が食べたんです 」

おばちゃんがきょとんとした後、がははと豪快に笑った。

「こっそり残りもん食べたんじゃないだろうね?」

慌てて手を振る。

「違います!ユリ様が食べたいなら食べてって言うし、勿体ないから」

あわわと口を塞ぐがおばちゃんはまた大笑いした。

「姫様と仲が良いんだね。ユリ様は怖くはないかい?」

おばちゃんは幼い使用人としての私の待遇を心配してくれているのだろう。

「あ、ええと、怖いですけど、優しいです。優しい?あ、意地悪ですけど、いつも私の為に色々してくれますし、優しいです」

しどろもどろで答えるとおばちゃんがまた笑った。

「そうかい。それは良かった。ユリ様に怒られたりした時は気晴らしにおいでよ。おやつならあげられるからね」

「はい。ありがとうございます」

兄さんの冷たい目に耐えられない時は、本当に来ちゃうかも。

おばちゃんの元気な優しさが嬉しかった。



どうしようかなあ。

ジョエが言うように、確かにこのまま部屋に戻っても暇だ。

洗濯料理が出来ないとなると、やることと言えば本を読むか掃除だな。

全く働かないのもあれだし、取り敢えず掃除してから本を読もうかな。

部屋に掃除道具がなかったから、女官さんを見つけてどこにあるのか聞いてみよう。

ついでに今まで歩いたことのない外通路を歩いてみることにした。

建物の中も歩き回ってはみたいが、他の姫や付き人に遭遇するのがそれ以上に面倒だった。

その点、それぞれの部屋と厨房や洗濯室等がある建物の行き来には、他の姫の住処を通らなくて済むよう設計されている様で有難かった。


外に出ちゃうと女官さんに会う確率がぐんと下がるのは否めない気がするが、まあ散歩の下見がてら良いとしよう。

中庭ではなく後宮の外側を囲む庭を眺めると、わくわくするほど緑で先が見えない。

まるで後宮を緑が覆い隠し、守っている様だった。

まあ、実際、こちらの娼館のような第二後宮は外聞が悪いので、それとなく隠されているのではないかと思う。

無駄なことではあるが、この入り組んだ庭は人目もそう気にならないし散歩に打ってつけだ。

この庭を抜け、城に近付けばその周りは広々と開けてそれもまた気持ち良いのだが、兄さんの散歩にはこちらの庭が適しているかもしれない。

庭に続く階段を下りながら、兄さんを散歩に誘う勇気が出るだろうかと少し落ち込む。

ジョエぐらい気兼ねなく接することが出来れば楽なのに。

綺麗に整備されたレンガ敷きの通路は後宮の周りを一周するのだろうか。

このまま真っ直ぐ行けるのなら兄さんの部屋の方向だと思うのだけど、一度外からどの位声が漏れるのかを確認するのも良いかもしれない。

良し、行ってみよう。

後宮の建物が見える範囲にいる様に気を付けておけば、帰れなくなることはないだろう。

天気も良いし、掃除道具を取り敢えず諦めて、散歩兼偵察に計画を変更した。


後宮の周りだけでも結構探検できそうね。

これに城やその周りまで探検範囲に加えたら、1年では済まないかもしれない。

計算されて配置されている植栽のおかげで小道からは姫達の住処の中は全く見ることが出来なかった。

と言うか、どこが姫の部屋なのかもさっぱり分からなかった。

これじゃあ、ジョエか兄さんに窓から顔を出して叫んでいてもらわない限り、私達の部屋がどこかも分からない。

偵察になっていない。ただの散歩だ。

名前を知らない可愛い花々も、たくさんありすぎると飽きて来ると言うことが分かった。

今度植物図鑑でも持って来よう。もう少し興味が続くかもしれない。

歩き回るよりベンチでもある木陰を探して、のんびり読書したりする方が良いかもしれない。

おばちゃんに貰ったクッキーも行儀悪く歩きながら食べつくし、そろそろ戻ろうと方向を変えようとすると、植込みの先に大きな樹が覗いているのが気になった。

下にベンチがあったら最高なんだけど。

今まで迷わない様に真っ直ぐ歩いて来た小道を、大樹を目標にして枝分かれする道にそれた。





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