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妻の「おかえり」が嘘の味しかしなくなったので、僕の得意な『解体』で間男ごと全てを清算することにした  作者: ledled


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6/7

退屈な夫に飽きて浮気したら、悪魔に魂ごと解体された(神楽坂彩葉 視点)

私の人生は、いつだって誰かに選ばれ、愛されることで輝いてきた。

学生時代は読者モデルとしてカメラの前に立ち、アパレル会社に就職すれば、その華やかな容姿で取引先の男性たちからチヤホヤされた。そして、数多の男たちの中から私が選んだのが、神楽坂柊也かぐらざか しゅうやという男だった。


九歳年上の彼は、エリートコンサルタントとして成功し、知的で、落ち着いていて、何より私の美しさを誰よりも評価してくれた。彼と結婚し、誰もが羨むような素敵な家に住み、可愛い娘・うたを授かった。私は完璧な幸せを手に入れた。そう、信じていた。


いつからだろう。夫の眼差しが、私を通り抜けていくようになったのは。

彼が見ているのは、私ではなく、経済誌の活字やPCのモニターばかり。彼が口にするのは、家族のことではなく、クライアント企業の株価や再編の話。


「おかえりなさい」

「ただいま」


交わされる言葉は、日に日に温度を失っていく。

記念日に奮発して買ったワンピースを着ていても、彼は気づかない。美容院で髪型を変えても、「そうか」の一言で終わる。私は神楽坂柊也の『妻』という役割をこなすだけの、家具と同じ存在になってしまった。


そんな虚しさを抱えていた私の前に、鬼束牙城おにつか がじょうという男が現れた。

ジムで汗を流していた私に、彼は臆面もなく声をかけてきた。ガタイが良くて、自信に満ち溢れた、私の夫とは正反対のタイプの男。


「旦那さん、もったいないことするなぁ。こんな綺麗な奥さんを、放っておくなんて」


その一言が、乾ききった私の心に染み渡った。

彼と会うようになり、私は忘れていた感覚を取り戻していった。誰かに求められる悦び。一人の『女』として扱われる高揚感。牙城さんは、私が欲しい言葉を、欲しいタイミングで、惜しげもなく与えてくれた。


夫への裏切りに対する罪悪感がなかったわけではない。でも、それはスリルという名のスパイスに変わり、「夫が見てくれないから」という言い訳が、私の心を軽くした。

夫が仕事ばかりで退屈なのは、夫の責任。私が他の男に慰めを求めるのは、仕方のないこと。私はそう自分に言い聞かせた。


ある時、夫が珍しく牙城さんの会社に興味を示した。

私が牙城さんから聞いた自慢話を、夫は「興味深いね」と熱心に聞いてくれた。その時の私は、少し得意な気持ちになっていた。

私の交友関係、私の世界に、ようやく夫が関心を持ってくれた。私の知らない世界で成功している男の話をすることで、夫に少しだけ見返してやれたような、そんなちっぽけな優越感に浸っていた。


まさかそれが、悪魔の仕掛けた罠の第一歩だったなんて、知る由もなかった。


牙城さんの様子がおかしくなったのは、それからすぐだった。


「会社で監査が入って、ヤバいことになった」


電話口で聞こえる彼の声は、いつもの自信に満ちたものではなく、追い詰められた獣のように弱々しかった。

大丈夫、あなたなら乗り越えられるわ。私はそう励ましながらも、心のどこかで「面倒なことになったな」と感じていた。この火遊びが、私の完璧な日常に飛び火してくることだけは避けたかった。


そして、その日は突然やってきた。

牙城さんから、全てを失ったと泣きつく電話がかかってきた。会社をクビになり、多額の借金を背負い、奥さんにも離婚されたと。


「助けてくれ、彩葉さん!」

「無理よ! 私には関係ないわ!」


私は絶叫するように言って、電話を切った。心臓が氷水に浸されたように冷たくなっていく。


「お前の旦那に全部ぶちまけてやる!」


彼の最後の言葉が、私の頭の中で木霊した。

終わった。私の人生も、これで終わりだ。


リビングに戻ると、夫がソファに座って私を待っていた。私は恐怖で何も言えず、ただ震えることしかできなかった。

夫は、そんな私を優しく抱きしめた。


「どうしたんだ、彩葉。顔色が悪いぞ」


その温もりに、私は思わず安堵してしまった。ああ、この人はまだ何も知らない。大丈夫、まだ大丈夫だ、と。


それから一ヶ月、悪夢のような日々は嘘のように過ぎ去った。牙城さんからの連絡はぱったりと途絶え、私の日常は元通りになった。私は、神様が私に最後のチャンスを与えてくれたのだと信じた。もう二度と過ちは犯さない。これからは、良い妻、良い母として生きていこう。


そう、心に誓った、その夜だった。


夫が、リビングのテーブルに分厚いファイルを置いた。

『KGRZK_Project_Demolition』

意味の分からないタイトル。そして、彼がめくったページに印刷されていたのは、私と牙城さんの、赤裸々なメッセージのやり取りだった。


頭を鈍器で殴られたような衝撃。

世界から、音が消えた。

夫は、私の浮気を知っていた。それだけじゃない。ページをめくるごとに現れる写真やGPSの記録は、私の全ての行動が、彼の監視下にあったことを示していた。


「君は僕の掌の上で、実に優秀な駒として動いてくれた」


夫の口から紡がれる言葉の意味が、すぐには理解できなかった。

駒? 私が?

そして彼は、私が牙城さんから聞き出し、夫に話して聞かせた情報の一つ一つを指さしながら、その全てが牙城さんを破滅させるための『弾丸』として使われたことを、淡々と説明し始めた。


ああ、ああああああ……!

そういうことだったのか。

夫が私の話に興味を示したのは、優しさからなんかじゃなかった。私の浮気相手を社会的に抹殺するための、情報収集だったのだ。

私は、愛していると囁いてくれた男を、この手で地獄に突き落とす手伝いをさせられていたのだ。


「ごめんなさい……私が馬鹿だったの……許して……!」


私は床に崩れ落ち、彼の足に縋りついた。でも、彼が見下ろしてくる瞳は、まるで汚物を見るかのように冷え切っていた。


そして、彼が突きつけた、一枚の離婚届。


「君は、愛、信頼、家庭……そのすべてを、君自身の手で壊したんだ」


その言葉は、真実だった。

退屈な日常から逃げ出したかった。もう一度、誰かに『女』として求められたかった。そんなちっぽけな欲望が、私から全てを奪い去った。

夫も、娘も、家庭も。そして、一時の慰めをくれたあの男さえも。


今、私はガランとした部屋で一人、この文章を書いている。

財産はほとんど夫に渡り、私に残されたのは僅かな慰謝料と、この空っぽの身体だけ。鏡を見ても、そこに映るのは、かつての輝きを失った、ただの三十代の女だ。

誰も私を選んでくれない。誰も私を愛してくれない。


私の夫は、ただの仕事人間なんかじゃなかった。

彼は、冷徹で、残酷で、そしてどこまでも完璧な『解体屋』だった。

そして私は、彼の作り上げた完璧な筋書きの上で、自分の人生と、ささやかな恋心と、関わった男の人生ごと、美しく解体されたのだ。


この後悔と絶望を、私はこれから一生、一人で抱えて生きていく。

悪魔に魂を売り渡した代償は、あまりにも大きすぎた。

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