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妻の「おかえり」が嘘の味しかしなくなったので、僕の得意な『解体』で間男ごと全てを清算することにした  作者: ledled


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第四話 君が愛したものは、すべて僕が壊した

鬼束牙城という男が僕たちの前から完全に姿を消してから、一ヶ月が過ぎた。

彩葉は、まるで悪夢から覚めたかのように、以前の穏やかな日常を取り戻そうと必死になっているように見えた。僕に対してはより一層甲斐甲斐しく尽くし、娘の詩にも、どこか罪滅ぼしをするかのような過剰な愛情を注いでいた。


彼女は信じているのだ。

嵐は過ぎ去った、と。夫には何もバレなかった。幸運にも、あの男が自滅してくれたおかげで、危うい火遊びは誰にも知られずに終わったのだ、と。

その安堵と、背後に横たわる罪悪感がない交ぜになったアンバランスな精神状態が、彼女の言動の端々から透けて見えていた。


その夜、詩が眠りについたのを確認し、僕はリビングのソファで寛いでいた彩葉に声をかけた。


「彩葉、少し話がある」

「なあに、あなた?」


彼女はにこやかに振り返る。その笑顔は、この一ヶ月で見慣れた、張り付けたような完璧な笑顔だった。


僕は何も言わずに、書斎から持ってきた分厚いファイルを、ローテーブルの上に静かに置いた。

表紙には、『KGRZK_Project_Demolition』と印字されている。


「……これ、何?」


訝しげに呟く彩葉の目の前で、僕はファイルの最初のページをめくった。

そこには、彩葉と牙城が交わしていたメッセージアプリの生々しいやり取りが、日付と共に時系列で印刷されていた。


『今日も綺麗だったよ、彩葉さん』

『次はいつ会える? もう我慢できない』


彩葉の顔から、すっと血の気が引いていくのが分かった。彼女の呼吸が浅くなり、見開かれた瞳が恐怖に揺れる。


「な……なんで、これを……」

「なぜ、だと思う?」


僕は冷たい声で問いかけながら、ページをさらにめくっていく。

ラブホテルに出入りする二人の写真。ホテルの室内で撮られたであろう、卑猥な姿。彩葉の行動を記録したGPSのログデータ。


「嘘……。いつから……」

「君がスマホのパスコードを変えた、あの日からだ。君の行動は、すべて僕の管理下にあった」


僕は淡々と事実を告げる。

それはまるで、クライアントに調査報告をする時と何ら変わりはなかった。僕の心には、もはや何の感情の波も立っていなかった。


「君は、僕が何も気づいていないと思っていたようだが、それは大きな間違いだ。君は僕の掌の上で、実に優秀な駒として動いてくれた」

「駒……? 私が……?」

「そう、駒だ」


僕はファイルの別のセクションを開いてみせた。そこには、鬼束牙城の個人情報、勤務先の内部情報、そして彼の社会的生命を絶つために僕が描いた、緻密な計画のすべてが記されていた。


「君が『恋』と呼んでいたものは、僕のこのプロジェクトの一部だったんだよ」


僕は、彩葉が牙城から聞き出し、僕に得意げに語って聞かせた情報の一つ一つを指し示していく。

『サイバーフロント・ソリューションズ』という会社名。

『営業課長』という役職。

『ガーディアン・アイ』というソフトウェアの名前。

『来週の役員会議』という決定的な日程。


「君が彼から聞き出した情報は、僕が彼を破滅させるための、極めて有用な弾丸となった。君は自分の浮気相手を破滅させる片棒を、この僕と一緒に担いでいたというわけだ。感謝しているよ、彩葉」

「あ……ああ……」


彩葉の喉から、声にならない悲鳴が漏れた。

自分の行動が、すべて夫によって仕組まれていたこと。愛していると囁いてくれた男の破滅に、自分が加担させられていたというおぞましい事実。彼女の理解が、ようやくその残酷な真実に追いついたのだ。


「そんな……嘘よ……。あなた、なんてことを……」

「僕が、ではない。君が、だ。君の軽率な裏切りが、招いた結果だ」


彩葉はわなわなと震えながら、僕を睨みつけた。その瞳には、恐怖と憎悪、そして絶望が渦巻いていた。


「ひどい……! あんたは悪魔よ! 人の心を弄んで!」

「心を弄んだのは、君の方だろう。僕の信頼を裏切り、詩を裏切り、そして君が弄んだつもりのあの男さえも、結果的に君は裏切った」


僕は静かに立ち上がると、彩葉の前に回り込み、彼女の目線を捉えるように膝をついた。


「鬼束牙城は、会社をクビになり、億単位の損害賠償を請求された。妻に離婚され、家も財産も失った。そしておそらく今頃は、僕が情報を流した闇金業者に追われ、社会のどん底で這いずり回っているだろう。君が『愛した』男の、哀れな末路だ」


その言葉が、彼女の最後のプライドを粉々に打ち砕いた。


「やめて……もう、やめて……!」


彩葉は床に崩れ落ち、嗚咽を漏らし始めた。その姿は、かつての華やかさなど微塵も感じさせない、ただ憐れな抜け殻のようだった。


「ごめんなさい……私が、私が馬鹿だったの……! 許して……お願いだから、もう一度……もう一度だけ、やり直させて……!」


彼女は僕の足元に縋りつき、許しを請う。

その姿を見下ろしながら、僕は最後の仕上げに取り掛かった。ポケットから、一枚の折り畳まれた紙を取り出し、彼女の目の前に広げてみせる。


それは、僕がすでに署名と捺印を済ませた、離婚届だった。


「やり直す? 何をだ? 僕たちの間に、もう『やり直す』ものなど何も残ってはいない」

「いや……いやよ! 離婚なんて……! 詩だっているのよ!?」

「詩の親権は、僕が持つ。君のような母親に、あの子の未来を任せることはできない」


僕は冷徹に言い放つ。


「君は、愛、信頼、家庭……そのすべてを、君自身の手で壊したんだ。そして、君が新たな拠り所にしようとしたあの男さえも、君は失った。君の手には、もう何も残っていない」


絶望に染まった彩葉の顔が、ゆっくりと持ち上がる。その瞳には、もはや何の光も宿っていなかった。彼女は、自分が犯した罪の代償が、これほどまでに巨大で、取り返しのつかないものであったことを、この瞬間、骨の髄まで理解したのだ。


空っぽになったリビングに、ただ彩葉の嗚咽だけが響き渡る。

僕はその姿に背を向け、眠っている娘・詩の部屋へと向かった。

ドアを静かに開けると、安らかな寝息が聞こえてくる。僕はこの子の笑顔を守るために、全てを『解体』した。そこに後悔はない。


リビングから聞こえてくる泣き声が、まるで遠い世界の出来事のように感じられた。

彩葉はこれから、全てを失った現実の中で、孤独に生きていくことになる。僕への憎しみと、自ら犯した過ちへの後悔を、生涯抱きしめながら。

それこそが、彼女に与える最も残酷で、最もふさわしい罰だった。


僕は娘のベッドのそばに屈み、その柔らかな髪をそっと撫でた。


「パパが、ずっとそばにいるからな」


僕の呟きは、静かな寝室に優しく溶けていった。

明日からは、新しい人生が始まる。

過去という名の瓦礫をすべて清算し、僕は娘の手を引いて、未来へと歩き出す。


その決意を胸に、僕は静かに新しい人生の扉を開けるのだった。

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