27話 正念場
「私も出るわ」
Aクラスのほぼ全員がBクラス陣に突撃し、一時は押したもののサラの活躍によって再度盛り返された時。
唯一クライドと共に自陣の防御要員として残っていたカティアは、戦況を見てそう判断した。
実際間違いではないだろう。Bクラスの布陣は見事だ、Aクラスよりも余程連携が取れている。
恐らく誰かがサポートに入らなければ、早晩戦場の趨勢は取り返せないところまで傾いてしまう。
そう思っての提案、と言うより半ば以上宣言だったのだが──
「だ、だめだ!」
あろうことか、クライドはそれに待ったをかけた。
「君がいなくなったら、誰がクリスタルを守ると言うんだ! 向こうは君を引っ張り出して手薄なところを狙うつもりに違いない、だから──」
「だとしても、このまま見ていれば前線の崩壊は確実よ。攻撃陣を殲滅したBクラスがこっちにやってこればどちらにせよ負け、ならばリスクを承知で援護に向かうしかないでしょう」
「そ、そんなはずはない! Aクラスのみんなだぞ!? 今は劣勢かもしれないがいずれ盛り返す、それを信じて待つことが今の君の仕事で……」
「……ふざけてるの?」
思い込みと希望的観測のオンパレード、およそ指揮官とは思えない客観性を欠いた判断だ。
加えてクライドには奇妙な焦りが見られた。まるでどうしてもカティアを前線に出したくないかのような──
(……ああ、そう言うこと)
すぐにカティアは察した。
クライドは有り体に言えば、カティアに前線で活躍して欲しくないのだ。
何せAクラスの中ではぶっちぎりで最強の駒であるカティアが活躍を見せれば、ただでさえ現在危うい立場のクライドは更なる窮地に立たされる。
しかもその場が前線で、自分だけが自陣でクリスタルの前に居るとなれば──それは絵面的にも、完全に戦場に置いていかれる形。これを観戦している貴族の方々にも『何もできていない』との印象を強く与えることとなる。
それを危惧──つまり勝敗よりも自分の立場を優先しての制止。
(馬鹿馬鹿しい)
なら尚更、聞く必要はない。そう判断し、カティアはクライドから視線を切る。
「聞く価値もないわね。止めても無駄よ」
「な──指揮官の指示に従わないと言うのか!」
「従ったら絶対負けるもの。言い合ってる時間も惜しいわ、それじゃ」
そう言って駆け出すカティアだったが、尚も未練がましくクライドは。
「ま、待て! ──それなら、僕も向かおう!」
「はい?」
彼女を呼び止め、謎の宣言を捲し立てる。
「そうだ、指揮官自ら前線で危険を顧みず指示を出す、それでこそみんなの士気も上がるというものだろう! だから──」
「無駄よ。あと邪魔」
恐らくせめて自らの活躍を印象付けたい。その一心のみで放たれた言葉だったが、それもカティアは無慈悲に切って落とす。
「あの戦場を見れば分かるでしょう、もう指示を出すだけの人間は意味をなさないわ。……いい加減認めなさい。最初エルの挑発に乗って突撃を仕掛けてしまった時点でもう、あなたは死んだの。この戦場において何もできない人間になった」
「な──」
「もっと直接的に言ってあげましょうか? ──今のあなたは、役立たずの足手纏いでしかない」
冷徹に告げられる、あまりにも残酷な事実。絶句するクライドに、カティアは結論を突きつける。
「分かったらそこで大人しく突っ立って、クリスタル狙いの生徒が来たときだけ教えなさい……まあ、九分九厘来ないと思うけど。それが、今のあなたにできる最善のことよ」
ようやく動かなくなったのを確認すると、今度こそカティアはクライドに背を向けて。
絶望の表情を見せる彼から完全に意識を外すと、戦場に向かって駆け出したのだった。
「……随分と、楽しそうじゃない」
そして現在。
『救世の冥界』を発動、幽霊兵を派遣して戦況を盛り返した彼女は、戦場を俯瞰しながら呟く。
先ほどクライドに告げた言葉も嘘ではない。あの場では自分が出るのが最善手ではある。
……だが、それに加えて少しだけ。本当に少しだけだが、私情のようなものを述べるとするのならば。
「Bクラスのみんな、二週間前とは動きが見違えるようだわ。……きっと毎日たくさん練習して、毎日たくさんエルに鍛えてもらったんでしょうねぇ。家に帰ってもエルはすっごく忙しそうで疲れてて、私とお話も中々できないくらいだったもの。私との時間よりも優先するくらい全力で見てもらったんでしょうね……ええ、本当に、羨ましいわ」
怒っていない。当然のことだと理解している以上怒ってはいないが。
自分はAクラスで下らない立場争いと虚言の嵐に巻き込まれていた頃、きっとBクラスはエルメスが中心となってすっごく盛り上がっていたのだろう。勿論順風満帆ではなかったかもしれないが、それでもAクラスよりは遥かに濃密で意義のある時間を過ごしていたのだろう。……主人の自分を差し置いて。
ああ、なんとも羨ましいことだ。
エルメスは自分の魔法について以前、感情を素直に出した上で運用するのが良いと言っていた。
ならば今。全力を出すと言った以上。
決して怒ってはいないが──この感情のままに己の魔法をBクラスにぶつけるのが正しい選択だろう。うん、断じて鬱憤晴らしとかそう言うのではない。
よし、やろう。そう判断して彼女は更に魔力を高める。
「っ、カティア嬢──!」
この戦場における彼女の危険性を察知したのだろう。Bクラス生の一人が自分の相手よりもカティアを優先して魔法を撃ち放ってきた。
なるほど、戦況と倒すべき相手の判断は悪くない。が──
「甘いわよ」
──あくまでそれは、実力が伴っていればの話だ。
向こうの攻撃を幽霊兵で苦もなく受け止める。目を見開くBクラス生に対し、彼女は薄く笑って。
「随分強くなったじゃない。二週間エルに鍛えられて、エル製の訓練を受けて、自信がついたのかしら? ……でもね」
即座に周囲の兵士を集結。複数兵による集束させた霊弾、通常の血統魔法に匹敵する威力のそれを瞬時に溜めきり。
「お生憎様。こっちはね──同じ訓練を、二ヶ月前から受けてるのよっ!」
確実に私情の混じった返し文句と共に、それを容赦なく撃ち放った。
──この通りだ。
魔法の真価に覚醒し、世代最強の血統魔法使いとなった彼女は他のAクラスと比べても格が違う。
いくら鍛えたとは言え、今のBクラス生では到底相手にならない。
故に、この彼女に対抗できるとすれば──
「……あなたしか、居ないわよね」
攻撃を受けたBクラス生。その前に立って、光の壁の応用で今の一撃を受け流した銀髪の少年を見て。
「さあ、どうやって私を止めるのかしら。エル?」
あたかも、待ち人を見つけたかのように。
非常に可憐な、けれど若干何か黒いオーラが立ち上っていそうな微笑みと共に、カティアは告げるのだった。
◆
「……貴方は自分の相手に集中してください。カティア様の相手は──僕にお任せを」
「わ、分かった!」
一先ずカティアを狙った生徒にそう告げると、彼女に向き直ってエルメスは再度心中で告げる。
(……さあ、最大の正念場だ)
間違いなくこの対抗戦における最大の壁である彼女。
先日彼女に『勝率は五分五分』と告げた。その負ける方の『五分』の内訳は、まず最初の乱戦状況に持ち込めるかどうか。
そして残りは全て──カティアに対処できるかどうかだ。
故に、ここでの自分の立ち回りに勝敗の大部分がかかっている。その覚悟と共に見据える彼の前で。
「まあ、あなたが来ると思っていたわ」
悠然と、カティアが告げる。……どことなく悪寒のする微笑みと共に。
しかし彼女は、すぐに表情を冷静な魔法使いのものに戻してこう言ってきた。
「でも、あなた一人でいいの? ……私が言うのも何だけど──いくらあなたでも、『今の状態』で私を止められるのかしら」
「っ」
同時に、更に周囲に幽霊兵が増加する。改めて見ると、一人で大軍に匹敵するこの魔法、やはり規格外の物量だ。
……そして、彼女の言うことはこの上なく正しい。
エルメスは今の状態──つまり血統魔法再現を使えない状態でもAクラス相手、一対一ならば何とかなると言っていたが……それは当然、彼女を除いての話だ。
現在の彼女は、魔法使いとしての能力は圧倒的。いくら彼でも血統魔法を封じられての対決では勝てない──どころか、彼女の方はエルメスを相手にしながら他のところまで気を回す余裕すらある。
実際彼女は、そうする気満々だろう。そうなれば、現状Aクラス生に食らい付いていたBクラス生は彼女の幽霊兵も相手にしなければならなくなり、今度はこちらの戦線が崩壊する。これは避けられない未来だ。
──そう。魔法使いとして彼女を相手にする限りは。
彼女は知らない。
Bクラスで彼が何を学んできたか。Bクラスに入って最も衝撃的だった出会いと、その結果を。
「いいのかしら。残念だけど、今のあなた相手なら片手間でも──」
「お言葉ですが」
不遜ながらカティアの言葉を遮って、エルメスは告げてから。
まずは全身の力を弛緩。ゆらりと地面に体を傾けて、倒れるぎりぎりのところで一気に魔力を足に集中、それを推進力に変えて全力で地面を蹴り──
──消えた。
かのように彼女からは見えたことだろう。編入二日目に、彼が味わったのと同じように。
それでも前方からの突撃であることは読んだのか、幽霊兵を呼び寄せて防御を集中──だが、それは想定内。
幽霊兵の壁に突っ込む直前に急停止。その反動を利用して横っ飛び、瞬時に体勢を立て直して反応させる間も無く後ろに回り込み、意識を刈り取るべく背後から首筋に手刀を叩き込む──
「ッ!?」
──寸前。紙一重で彼女は首を捻り、同時に幽霊兵の腕が差し込まれて手刀が弾かれる。
……惜しい。できれば初手で決めたかったが、流石にそう甘くはないか。
だが、これで彼女も分かっただろう。……決して今の彼が、油断できる相手ではないことを。
そう。魔法使いとして現在の彼女は圧倒的、力を制限された自分では敵うべくもない。
しかし──魔法使いの弱点は近接戦闘。これはエルメスも、そして彼女も例外ではない。
そして彼は出会っている、Bクラスに所属する、その弱点を突くことに特化した少女に。その少女に衝撃を受け、その技術を学ぶべく教えを乞い、毎日のように手合わせを続けてきた。
Bクラス生の鍛錬と並行してでも、疲労困憊の体を押しててもその手合わせを続けていたのは──全てこのため。対抗戦最大の壁となるカティアに対する切り札を磨くためだ。
無論、カティアの血統魔法は規格外。恐らくは今のように近接での戦いを挑んでも幽霊兵に弾かれ、決定打を叩き込める確率は低い。
だが、いくら彼女でもこの距離で。自らの天敵となる戦い方をする相手に──他のことに意識を回す余裕はないはずだ。
「……僭越ながら、申し上げます」
そんな狙いを込めて、彼は敢えて不敵に告げる。
「どうか片手間なんて寂しいことは仰らず──僕一人に集中してください。でなければ、いくら今の僕相手でも足元を掬われかねませんよ」
これこそが、カティア対策だ。
近接戦闘に比較的強いエルメスかニィナをぶつけて足止めし、他のことに気を回させない。
問題はどちらをぶつけるかだったが──機動力の高いニィナの方がクラスメイトのサポートには向いていること、そしてエルメスならば万が一距離を離されても魔法で対抗できることからこの人選となった。
そんな狙いを込めての、彼の台詞。カティアは一瞬呆けた表情をしていたが──すぐに、笑みを取り戻して。
「……へぇ。そんなこと言っちゃうの」
あれ、と思った。
何だろう、予想していた反応と違う。そう思うエルメスの前で、彼女は口を開くと。
「……私ね、ずっと我慢してきたのよ? エルが選んだこと、エルが頑張りたいと思ったことだからって。Bクラスの特訓に疲れて私に構ってくれなくても、全然昼食の時間が取れなくても、あと絶対サラやニィナともっと仲良くなってるんだろうなぁって思っても、ねぇ?」
先程のどことなく悪寒を覚える微笑みで、言葉を並べ立てて。
「対抗戦が終わるまではって我慢してたのに、そんな私の前でそんなことを言っちゃうのね。『自分一人に集中して』だなんて。……ふふ、いいわよ、その挑発に乗ってあげる。だって、それなら──」
同時に、いつの間にか幽霊兵が自分の周りを取り囲む。『逃がさない』とでも言うように。
そんな中彼女は、天使も見惚れるほどに美しく笑みを深めて、告げる。
「──今、この瞬間から。あなたを独り占めしていいってことだものね?」
……何だろう。
先程の台詞は、あくまで彼女の気を引くために告げただけのつもりだったのだが──何やら、気を引くどころか彼女の中の踏んではいけないスイッチを踏んでしまったらしい。正直ちょっと怖い。
(……いや、落ち着こう)
とりあえず、動揺した心を収めつつ考える。
……色々と予想外だったが、目的は果たしている。──つまるところ、他に気を回せないほど彼女を自分に釘付けにすれば良いのだから。そうすれば幽霊兵を用いた援軍による数的不利はなくなり、クラスメイトたちが盛り返す余裕が生まれる。
カティア参戦前の様子を見るに、そうなればニィナのサポートだけでも十分やれるはずだ。自分は彼女に集中した方が良い……というか、そうしないとすごくまずい予感がする。
「……よし」
ならば、あとは自分のやることは単純。
クラスメイトたちが奮戦し、Aクラス生を打倒するまで──カティアを死に物狂いで足止めする。
時間を稼ぎ、打倒後の援軍を待つ。正直なところ近接戦闘を用いても勝てる気はあまりしない以上、それに徹するのが最善の選択肢だ。
……随分な皮肉だと思う。『個人の勝利だけ考えろ』と言った自分自身が、よもや一番チームの勝利のために犠牲となる選択肢を選ぶことになるとは。
だが、それでも──不思議と、嫌な気分ではなかった。
「では、いざ尋常にお手合わせを」
「ええ、楽しみだわ」
あとは任せました、とクラスメイトに声なきエールを送ってから。
短い言葉を交換し、エルメスはこの対抗戦、最大の脅威へと立ち向かって行くのだった。
ネクロマンサーは割とヤンデレの素質がある。次回もお楽しみに!




