21話 特訓1
早速その日の放課後から動き出したBクラス。
授業終了後に演習場を借り切って、クラス全体での特訓を開始した。
やることは、特別奇抜な内容ではない。
まず、エルメスがアルバートにやったような訓練──基礎的な魔力出力や魔力操作能力を磨き、少しでも魔法の能力を上昇することを全員に行ってもらう。
これはエルメスが師匠から教わったものであり、効果の程は間違いない。
……とは言っても、この手の訓練はあくまで継続的にやることで長い目で見て効果を及ぼすものだ。二週間でどこまで伸ばせるかわからないと言われればその通りではある。
だが──無意味ではないはずだし、この状況においては存外効果も高いのではないかと言うのが彼の見立てだ。
何せ、彼らは言ってしまうとあれだが……これまでの魔法の扱い方が、あまりにお粗末すぎた。
恐らくは他の貴族同様、血統魔法の性能にものを言わせて真っ当な訓練を積んでこなかったと見える。或いは積んできたとしてもやり方が大幅に間違っていたのか。
そう言うわけだから、最初に限って言えば──ちょっとした意識の違い、魔力の扱いで大幅に性能が上昇する時期がある。実際先んじて彼の指導を受けていたアルバートが短期間であれほど成長したのもそう言ったからくりだ。
よって、この共通訓練で全体の力を底上げしつつ──彼が一人一人呼び出して、個別訓練を行っていく。
これが、ここから学園祭までの基本的な特訓スタンスになるだろう。
「……はい、ここまでです」
「わ……わか、った……っ」
「貴方はまだ魔力出力にムラがあります。貴方の魔法は回転率が強みだ。対して貴方の想定する相手は溜めの必要な大技が多くなる傾向になる──今見せた通りに。細かい一撃を繰り返して向こうの攻撃を封殺するイメージで戦ってください」
一人の生徒に対する一通りの特訓が終わり、荒い息を吐く生徒とは対照的にエルメスは表面上涼やかに告げる。
途中の言葉に、改めての驚愕を見せつつも相手をしていた生徒が頷く。
その生徒が基礎訓練に戻っていくのを見送り、さて次は誰にしようかと辺りを見回したところで。
「──や。お疲れ」
傍から、にゅっと水入れが伸びてきた。
振り向くと、相変わらずの笑顔を浮かべた銀髪の女生徒の姿。
「ニィナ様。これはありがたい」
「あははー。この訓練で一番楽してるのはボクだからね。これくらいはさせてよ」
彼女は例外的に、魔法の訓練が必要ない人間だ。勿論彼女にも対抗戦で役割がないわけではないのだが、この場においてはできることが少ない。そのため基礎訓練で間違ったやり方をしている人間がいないかの監督と補助をお願いしている。
そんなニィナが、呆れと感心を多分に含ませた表情で告げてきた。
「……しっかしキミ、相変わらずとんでもないことやってるね」
「え? とんでもないこと、とは」
「今の個別訓練だよ。そもそもボクとサラちゃんを除いた27人全員と連戦するって時点で正気じゃないし……それに」
彼女は、いつか見たように目を細めて。
「戦い方、一人一人に合わせて変えてるよね? 多分それぞれが当たるだろう相手に合わせて、魔法の打ち方やスピード、タイミングや呼吸まで擬似再現してると見た。魔法の内容すらキミの魔法を応用して似たような効果を持つ魔法にしてるしさ」
……ニィナの言う通りである。
エルメスがAクラスの魔法演習を見て得た情報は、何も血統魔法だけではない。
Aクラスの人間そのものの、魔法を扱うときの癖。出力はどれほどのものなのか、操作精度はどれくらい高いか。どんなタイミングで魔法を放ち、どこに隙ができるのか。
そう言ったことまで一人一人詳細に認識し、今回同じように相手をする際に再現している。
加えて彼らの扱う血統魔法も強化汎用魔法によって可能な限り擬似再現し──詰まるところ、『彼らの本番での対戦相手に近しい特徴を持った相手』として立ち塞がっているのである。
「……今日の訓練が終わったら言うつもりだったのですが、流石に貴女には見抜かれますか」
「ふふ、まあね。……正直ボクも最初は目を疑ったけど、まぁエル君なら不思議じゃないかって思った。なんか順調に毒されてる気がする」
若干目を逸らしつつ告げると、ニィナは真剣な表情で向き直って。
「でも、実際効果的なのは間違いないね。結局のところ、本番で戦う相手と直接戦ってコツを掴むのが一番なんだから」
「ええ。最低限僕に勝てるようになってもらえれば、本番でも勝機が見えてきます。……流石に威力だけは再現しきれないのが歯痒いところですが」
「いや、それ以外を再現できてる時点で普通にとんでもないからね?」
今度は純度100%の呆れで呟くと、とは言え、と言葉を区切って。
「流石のキミもこれ以上はね。と言うことで──ていっ」
「え」
すぱっ、と実に綺麗な足払いをかけられて、エルメスが尻餅をつく。
いきなり何を、と思いながら手をついて立ち上がろうとするが──力を込めたはずの腕が、かくんと崩れた。
「あれ」
「あれ、じゃないよ。……かれこれもう19連戦だよ? いくらキミでも疲れ知らずじゃあるまいし、少しは休みなよ。──というわけでみんなー! エル君ちょっと休憩するから自主練続けててー!」
エルメスが何か言うより早く、ニィナがクラス全体に声をかける。
……まあ確かに、どうやら思った以上に連戦の疲労が蓄積していたらしい。このままだと次の相手あたりで思わぬ失敗をしてしまった可能性があった。ここは大人しく忠告通り少し休憩を入れるべきだろう。
「ほら、動かなくていいから水飲んで体休めて。汗も拭いてあげるから」
「え、あ、わっ」
と思ったのだが、何やら予想以上にニィナが甲斐甲斐しく世話をしてくれる。宣言通りタオルが上からかけられた。
……流石に汗を拭かれるのは気恥ずかしいが、振りほどくわけにもいかずされるがままになる。
「……申し訳ない、皆さんの前で」
「いいのいいの。みんなもむしろ『あいついつ休むんだ』って奇異の視線向けてたから。ちょっとは人間らしいところ見せておきな?」
「いや、らしいも何も人間なのですが……」
しかし、言う通りクラスメイトからはむしろ『良かった、流石にそこまで化け物じゃなかった』と言いたげな安堵の視線を感じる。少しばかり心外である。
そんなことを考えていると、ニィナがタオルを動かしながら声をかけてきた。
「……でも、本当に頑張るね」
「はい?」
「どうして? 言っちゃアレだけどキミは……その、あんまりこのクラスに興味なさそうに見えたからさ。なんでいきなり……こんな、頑張るようになったのかなって。責めてるわけじゃない、というかボクはすごくありがたいんだけど」
「……そう、ですね」
きっかけは間違いなく、サラに引き止められた一件だっただろう。
そこからまだ見限るのは待とうと思って、アルバートの変化に期待が強くなり。
クラス対抗戦の話が出て、本当にこの国は終わっていないのだろうかと確かめたくて、Bクラスを焚きつけた。
結果として……
「皆さんは諦めないでくれたし、ついてきてくれた。この普通にすごくしんどい訓練に付き合って下さっています」
そう。
さらっと流していたが、本来この訓練は相当にきついものだ。
何せ考案はローズ、本来ならば『原初の碑文』を習得するための基礎訓練の一部。血統魔法に頼らず魔法を習得するための修練だ。
当然、相応の負荷を強制する。実際クラスの中でも既に荒い息を吐いている人間がそこかしこに散見されるくらいだ。
でも、彼の期待通り未だ脱落者はいない。なら──
「だとしたら、皆さんを焚きつけた僕が一番地獄を見る必要があるでしょう。……一番、頑張らなければならないでしょう」
でなければ、きっと誰も真について来ることなどない。そう彼は考える。
エルメスの回答を聞いたニィナは、しばしの沈黙を挟んでから。
「……それを実際にできる人が、どれだけいるのかって話だよねぇ」
「え?」
「んーん、なんでもない。……ありがとね」
小さく何事かを呟いてから、囁くように感謝を告げてきた。
「ボクはさ、みんなに寄り添うことはできても焚き付けることはできなかった。ボク自身、どうしようもない状況に流されるまま生きてきた人間だし。……でも、あの頃のみんなより今のみんなの方がすごく生き生きしてる。……だから、ありがと」
その声は、彼女にしては珍しく非常に真摯なもので。
だから、余計なことは言わずに彼も頷く。
「はい」
「……むー、なんかちょっと軽いなぁ。ほんとに伝わってる?」
しかし彼女はお気に召さなかったようで、少し不機嫌そうに告げてから何故か口を耳元に更に近づけてくると。
「ほんとに感謝してるんだよ? 今なら、キミのお願い一つくらいならなんでも聞いてあげちゃうくらい。……どうする?」
含み笑いと共に、どこかからかいを帯びた蠱惑的な響きで、そう囁いてきた。
……なんだか嫌な予感がしたエルメスは、努めて冷静な声色を保ちつつ返答した。
「……では、今度は剣を用いた戦いも教えていただけたらと」
「えー、そこでそれー? まあそれはそれで嬉しいけどさぁ」
案の定というかこれもお気に召さなかったようで、彼女は拗ねたように顔を離す。
「そこはほらさー、男の子ならボクとデートしたいとか言ってみたらどうなの?」
「……デート?」
「……うんごめん、キミにこの手のことを聞いたボクがこれは間違ってたかも」
何かを思い出したのか、また呆れ顔で呟いてから今度こそエルメスからぱっと離れて。
「さて、そろそろ休めたかな? これ以上止めるのもまずいし、訓練に戻ろっか!」
そういつもの声色で告げ、明るい様子でクラスメイトたちの元へと戻って行った。
「……」
……とは言え、流石の彼も今のは少しばかり心臓が跳ねたのも確かで。
少々精神統一に時間を費やしてから立ち上がり、気を取りなおす。
「……さて」
ニィナの言う通り、体の調子も戻った。
訓練はまだ初日だ、やることはたくさんある。まずはクラスメイトの調子や性質をより詳細に確認するところから。
そう考え、次の相手を呼ぶべく彼は意識を切り替え、訓練を再開するのだった。
大丈夫、カティア様は今教室に居るはず。
訓練編はもう一話ほど続く予定。次回もお楽しみに!




