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20話 講義

 ほぼ同刻、Aクラスにて。


「──というわけで僕たちの出し物は、Aクラス対Bクラスの魔法対抗戦に決定した!」


 壇上にクラス長クライドの声が響き、学園祭の演目が知らされた。

 ちなみに、本来ならば学園祭クラス代表者であるカティアが説明するべき事柄であるのだが、当然のように彼はその役割をカティアから奪い取っていた。


 そんな彼の言葉を聞いて、クラス中にざわめきが広がる。

 クライドはクラスメイトの反応に対し満足そうに頷くと、解説を続けた。


「今君たちが想像している通りだよ。細かいルールは追々決めていくが──そう、学園祭という晴れ舞台、多くの貴族の方々が見に来られるその前で、Aクラス対Bクラスの戦いだ。つまり、君たちの血統魔法を大々的に披露できると言うわけだ!」


 クライドはあえて言及しなかったが、言及するまでもなくクラスのほとんどが気付いていた。

 そう、つまり、多くの貴族の方々の眼前で、自分たちの魔法を使って──Bクラスの(・・・・・)連中を(・・・)徹底的に(・・・・)嬲れるんだ(・・・・・)、と。

 それは、どれほどの愉悦だろう。素晴らしい機会を与えてくれた。そう考えてクラスメイトたちは、合同魔法演習で若干失いかけていたクラス長への信頼を再び募らせ始める。

 感情の流れを実感しているのだろう。クライドはより笑みを深めてから、けれど少し真剣な表情を見せて。


「──しかし、懸念もある」


 クラスが再度ざわついた。


「それは、この戦いが団体戦だと言うことだ。いくら相手がBクラスでも、向こうだって血統魔法の使い手だ。流石の君たちも四、五人に囲まれて集中的に攻撃されれば或いはやられてしまうこともあるかも知れない」


 確かに、と頷くクラスメイトを見回すと、今度は安心させるように微笑んで。


「でも、恐れる必要はない。──そのために、僕がいる。向こうは恐らく力で劣る分智略を巡らせてくる、その点は僕の智略で対抗しよう。僕は血統魔法を使えない分、その点で役に立たなければね。選ばれた君たちを、僕が導く。そうして磐石の姿勢で、このクラスは勝利できるだろう!」


 おお、とクラスの中がどよめいて。


「さあ、見せてあげようじゃないか。アスター殿下の持っていた個の強さとは違う、僕が考えている協力し合う強さと言うものを! 皆で力を合わせる、新しい貴族の在り方をこの国に示すときだ、僕たちがその始まりとなるんだよ!」




(……よくもまあ、あそこまで口が回るものね)


 そんな、出来の悪い三文芝居のような大演説を、教室の隅でカティアは聞いていた。

 クライドは何やらこのクラスを導くだの何だの言っているが、彼に指揮の経験があるかどうかは極めて怪しい。そもそも彼は前期第二王子の取り巻きだったのだ、そう言った機会は恐らく全てアスターに譲っていただろうし。


 故に彼の言葉は、少々悪意を持って解釈するなら──『自分は血統魔法を使えないから指揮官の席に立たせろ、そうすれば手柄の大部分は僕のものにできる』辺りだろうか。多分彼の性格を鑑みるにそう外れていないと思う。

 それを言葉だけは巧みに誤魔化す彼も彼だし、鵜呑みにするクラスメイトもクラスメイトだ。

 くだらない、と再度嘆息すると。そんなカティアの様子を見かねたのか、クライドが声をかけてきた。


「──カティア嬢」

「……何かしら」

「どうしたんだい、溜息なんてついて。困るよ、今は学園祭に向けてクラス全体が一つになるべき時だ。公爵令嬢だからといって我儘な行動は謹んで、ちゃんと協力してくれないかな? それではアスター殿下と同じだよ」


 そういうものは、強要する類ではないと思うのだが。そう言おうとしたカティアだったがそれより早く。


「それとも何だい、まさか古巣のBクラスを気にして本気を出せそうにないだとか? そう言えばBクラスには君がやけに信頼している従者くんもいたからね。よもや彼らに忖度する、もしくはAクラスを裏切るなんて真似は──」

「するわけがないでしょう」


 クライドが寝ぼけたことを言ってきたので、一言で切って捨てた。


「勝負をすること自体に、私も異存はない。そうなった以上、手を抜くようなことはBクラスに対する侮辱よ。そうでしょう?」


 本心も言葉通りだ。

 多分、Bクラスは何かしら仕掛けてくるだろう。そしてエルメスを焚きつけた以上、カティアもBクラスの勝利を望んでいることも否定しない。


 だから(・・・)、手を抜かないのだ。

 もし、彼女の期待通りBクラスが下剋上を起こしたとして。

 その時に──『カティアが本気を出さなかったせいで負けた』だなんてくだらない言い訳の余地を一切残さないために。

 完膚なきまでにAクラスの敗北を突きつけるためにも、カティアは手を抜かない。抜けるわけがない。


 そんな思惑はともあれ、意思自体は伝わったのか。


「……ふ、ふん。分かっているならいいんだよ」


 クライドはカティアの眼光に怯みつつも、不機嫌そうに返事をする。


(……さて)


 そんな彼から早々に興味を外しつつ、彼女は当の相手クラスに思考を飛ばす。


(こっちはこんな感じだけれど。……Bクラスは今、どんなことを話しているのかしらね)




 ◆




「考慮すべきは、この戦いが団体戦だと言うことです」


 奇しくも、ほぼ同じ時刻。

 クライドと同様にエルメスも壇上で、クライドと同じようなことを口にしていた。


「故に、個々の勝敗に頓着する必要はない。誰かが倒されても、そこをまた別の誰かが倒せれば良い。最後に戦場に立っている人数が多ければ良いのだから、戦術を駆使し、数的有利を作って連携し、時には自らを捨ててでもクラス全体の勝利に貢献すべき──」


 だが、そこでエルメスは言葉を区切って。




「──なんて馬鹿げた考えは、今すぐ捨ててください」




 クラス全体が静かな驚愕に包まれた。


「言っておきますが、僕はこの戦いを団体戦──集団戦だと認識していません。30人対30人ではなく、1()()1()()たまたま(・・・・)同じ場所で(・・・・・)30(・・)()発生(・・)するだけ(・・・・)。そう思っていますし、皆さんもそう思っていただいた方が良いと考えます」

「ど、どういう……こと、ですか?」


 疑問を呈したのはサラだ。

 ある意味、彼女の在り方とは真っ向から反発する考え方だからだろう。彼女が一番驚くのも当然だとその疑問を受け、エルメスは回答する。


「そもそも、集団戦が威力を発揮する状況。つまり連携が有効な状況、条件というものはいくつかあるのですが──

 ──その一つは、『扱う力が同じ』ということです」

「扱う、力?」

「はい。例えば武器をとっての戦いであれば装備の統一、魔法使いであれば魔法の統一です。そうであれば個々の差は少なく、最適な行動というものはある程度固定されてくる。故に味方の行動は比較的予測しやすく、合わせることも容易い。よって連携の効果も簡単に発揮できる。でも──」

「……あ」


 ここまで言えば、彼女は気づいただろう。彼女だけでなく、教室のいくつかでも声が上がる。


「そう。血統魔法はそうじゃない」

「……です、ね」

「個々によって威力も射程も、属性も性質も全く違う。そんな魔法の使い手が集まったところで、即席で高度な連携なんてものはどうあっても取れるわけがないんです。勿論、じっくりと時間をかけてお互いの魔法を把握し、連携力を育んできたというなら話は別ですが──多分、そういうことはしてきてませんよね?」


 ある意味では研鑽の不足を咎めるような言葉に、クラス全体が俯く。


「ご安心を、責めるつもりはないです。むしろ──その方が今後がやりやすい」


 なので軽くフォローを入れておいて、彼は続けた。


「ということです。この状況、学園祭まで二週間という限られた時間の中では、連携力を鍛えるより個々の能力の上昇を重視した方が遥かに効率的なんです。むしろ誰かの存在ありきの考え方は、『自分が負けても構わない』という甘えを引き起こす点でデメリットでしかありません」

「……」

「もうお分かりですね。──『みんなで一緒に』『協力し合う』『力を合わせて』だなんて考えは、耳触りだけの良い戯言でしかないんですよ。少なくとも、この戦いにおいては」


 あまりにもシビア。

 けれど現実的な、きちんと理論立てて地に足のついた考え方だ。

 故に説得力が段違いの理屈を告げてから、彼は結論を述べる。


「よってここからの二週間、策略だの戦術だのと言ったことは一切仕込みません。この時間僕はただひたすら──皆さんの個の能力を限界まで鍛え上げる。そのことだけに注力します。

 具体的な手段については後々話しますが──効果のほどは、先ほどのアルバート様の魔法を見ていたなら多少は実感していただけるかと」


 クラスメイトたちが、心中で納得と期待……けれど、それでも一抹の不安を抱く。

 そんな不安を代表するように、今度は当のアルバートが声を上げた。


「……エルメス」

「なんでしょう?」

「業腹だが、お前の手によって俺の魔法は強くなった。その点については感謝する」

「光栄です。業腹は余計ですが」

「だが……それでもだ。……本当に、このまま鍛えていって勝てるのか? Aクラスの、桁違いの血統魔法を持つ連中を相手に」

「……良い質問です」


 Bクラスの全員の不安。これまで散々、合同魔法演習で格の違いを見せつけられたが故の不安。

 それを最もなことだとエルメスは肯定し、まずは結論から告げた。


「はっきり言いますが──難しいかと。仰る通り向こうの血統魔法、その性能は本物ですから」

「なッ! それでは──!」

「落ち着いてください。判断は最後まで話を聞いてからで」


 騒めくクラスメイト、思わず席を立つアルバートに対してまずは冷静になることを要請する。

 静まったことを確認してから彼は続けた。


「まず、難しいというだけで決して不可能なわけではありません。向こうの血統魔法は強力です。けれど術者の隙や魔法の相性、それらで勝率はいくらでも変動します。……そして、その勝率を可能な限り高めるのが僕の仕事だ。具体的に言うと──」


 そしてエルメスはついに、このクラスを勝利に導く最重要の作戦を言い放った。



「──皆さんには、『特定の相手を倒すこと』だけに特化してもらいます」



 一瞬の困惑が、クラス内に広がった。


「特定の……相手、だと?」

「ええ。あなた方一人につき、Aクラスの誰か一人。魔法の相性等を考慮して、最も勝率の高い相手にぶつけます。それを前提に、あなた方にはその相手を倒すためだけの特訓をひたすらにしていただきたい」


 ……確かにそれなら、勝率は上がるかもしれない。

 だが、その作戦には重大な欠陥がある。それは──


「待て、その相手はどう決めるんだ。お互いの相性とその組み合わせなどそうそう決められるはずが──」

「いえ、普通に僕が全て決めますが」

「何!? 待て、それはいくらなんでも無理だろう! そもそもお前一人で全員の相性など分かるはずが」

「分かりますよ。だって」


 アルバートの焦り気味の指摘を遮ると、エルメスはとん、とこめかみに指を当てて。




全部(・・)見ましたから(・・・・・・)。あなた方の血統魔法と、クライド様を除くAクラスの方々の血統魔法。ここ数日で全て視認し、解析も完了しています。魔法同士の相性を割り出すくらいならそう難しくはない」




 信じられない一言。

 けれど何故か──絶対に真実だと理解できる説得力を持った一言に、クラス全員が残らず息を呑む。


 そう。サラがエルメスを引き止めたあの一件から、既に数日が経っている。

 その間に、AクラスとBクラスにそれぞれ一回魔法演習があった。

 Bクラスは、自身も参加した上でしっかりと。そしてAクラスの方も、幸いその時の授業が自習だったために屋上からじっくりと。

 授業の時間目一杯使って、確実に。全ての血統魔法を視認し、解析し──彼の魔法の中にインプットしてある。今は使えないが、なんならいくつかの魔法は既に再現も可能なくらいだ。


「既に、大まかなマッチングは決めてあります。後で話しますが、ここでは一言だけ。もし、該当するAクラスの方に、あなた方の一人が持つ血統魔法で立ち向かうとして」


 奇妙な言い回しの後、彼は息を吸って一息に。



もし(・・)僕が(・・)同じ(・・)血統魔法を(・・・・・)使える(・・・)としたら(・・・・)──絶対に(・・・)勝てます(・・・・)



 あり得ない仮定だ、とクラスの大部分は思った。

 けれど、一部の人間はそれがあり得る仮定と知っているだけに息を呑み。そうでないクラスメイトも、恐ろしいほどの確信に満ちた一言に困惑と──されど期待を見出す。


「だから、勝機は十分にあります。まとめましょうか」


 そして遂に、言うべきことを言い終えて。

 彼は最後に、発破をかけるべく言葉を紡ぐ。


「ここから学園祭の二週間まで、あなたが行うのは特定の相手を倒すことに特化した個人の特訓。力を合わせることは考えないでください。頼れるものは自分だけ、負けたなら己の責任。真にクラスに貢献したいと望むなら、自身の勝利以外に道はない」


 相変わらず、厳しい言葉。

 けれどクラスメイトたちは──もう、それに怯んでなどいなかった。


 だって、誰もが思っていたからだ。

 他でもない、自分だけの力で。強い血統魔法の使い手を打倒し、自身の強さを証明する。

 そんな、誰もが夢見て──けれどこの学園で半年かけて諦めさせられたその夢想。

 それをもう一度、実現できる機会が今、目の前にやってきているのだから。


「けれど──勝利できたならそれは。紛れもなくあなたの功績であり、誇って良い偉業です」


 その期待に応えるかのように、彼ははっきりと報酬を提示して。


「それを真に望むのであれば、どうか今日からの特訓に付き合っていただけると。多分、控えめに言っても地獄だと思いますが──脱落者はいないと、信じさせてください」


 かくして、彼の講義は終了し。

 心動かされたBクラスの面々の──打倒Aクラスのための猛特訓が始まったのだった。

特訓編スタートです! 次回もお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[一言] 多分エルメス一人で開戦早々、Aクラスの大半を無力化できる。でもこの戦いの戦略目標はそこじゃないんですよね。 見所のある若者をどんどん入信させるのじゃ! ←オイ
[良い点]  戦略ですか。大好物です。 [気になる点] > そんな彼から早々に興味を外しつつ、彼女はもう一つのクラスに思考を飛ばす。  これだと一瞬、「あれ、Cクラスもあったっけ?」 などと思ってし…
[気になる点] 勝算あるのは良いですがこの学園の教師陣シュールストレミングなみに匂いたつので揉み消しに走るだろうなーと。 それ対策もしないと知らぬ存ぜぬで結局改革は進まなそう。 [一言] この合同勝負…
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