19話 意地
「というわけで、学園祭での一学年の出し物は──Aクラス対Bクラスの対抗戦に決定しました」
会議の後の、ホームルームにて。
一応は代表者となっているエルメスが壇上で発した言葉に、Bクラス全体が騒めいた。
そして、瞬時に気付く。
ああ──どうやら今年の学園祭。自分たちは、公開処刑の見世物にされるんだ、と。
子爵男爵家が集まった自分たちと、それ以上の家格の子弟が集まったAクラス。この国の性質上、その差は魔法の差となって現れる。
自分たちがどう足掻いても勝ち目がないことは、もう以前の魔法演習、そしてそれより前の学園での扱いで、嫌と言うほど思い知ってしまっていた。
だからBクラスのほとんど全員が、その運命を逆らう気力もなく受け入れようとして。
「──なので」
故に。
「どうやって勝つか。今からそれを説明させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」
続いて彼から放たれた、その一言に。
クラスのほぼ全員が、耳を疑った。
「……待て、エルメス」
声を発したのは、アルバート・フォン・イェルク。
編入時点から常に彼に突っかかっていたこの生徒が、今回も真っ先に声を上げた。
それを聞いて、他の生徒たちも安心する。
ああ、またアルバートが物申してくれた。
流石に今回ばかりは編入生の言い分に無茶がある。きっと止めてくれるだろう。
もううんざりなんだ。これ以上この学園を掻き乱さないでくれ。そもそもどうして出ていかないんだ。
等々、エルメスへの敵愾心とアルバートへの期待を込めて二人のやり取りを見守る。
それを知ってか知らずか、アルバートは真剣な顔でエルメスにといかける。
「聞き間違いでなければ──どうやって勝つか、と今言ったのか?」
「ええ」
「……勝ち目があると、お前は思うのか? このBクラスが、あのAクラスを相手にして」
「それを、今から説明しようと思います」
「……」
淀みない返答に、アルバートがしばし黙ってから。
「……分かった。続けろ」
ぎょっとする生徒を他所に着席し、言葉通り視線で続きを促す。
「では。まずBクラスの──」
「ま、待てっ!」
それに従って続きを話そうとしたが、またもや別方向からの声で止められる。
立ち上がったのは、アルバートとは別の男子生徒。
彼は驚きと、焦りと、少しの敵意を含んだ視線でエルメスを睨みつけ。
「勝つ、だって? ふざけるのも大概にしろ、そんなことできっこない!」
「まだ何も話していないのですが、何故そう思うので?」
「っ、うるさい! そもそもお前はなんだ、編入してきたばかりの分際でそんなにしゃしゃり出てきて! もういい加減変なことをするのはやめてくれないか!」
「……」
以前、アルバートに言われたことと同じような台詞。
しかし、それ故に今度はエルメスもその言葉を冷静に受け止めて。
「……逆に聞きたいのですが」
落ち着いて、疑問を返す。
「どうして、こちらの話をそこまで頑なに聞こうとしないのですか?」
「っ!」
「そもそも、Aクラスと戦うことは既に確定事項。そして今のまま戦ったなら確実に敗北するのは貴方がたもお察しの通り。……なら、真偽はともかく『勝つ手段がある』とのこちらの言葉、耳を傾けるくらいはしても良いと思うのですが」
「そ、それは──」
「──あー、っとね、エル君」
言葉に詰まる男子生徒に代わり、返答したのは教室右奥に座る女生徒、ニィナだ。
「あんまり言いたくないんだけど、ボクは想像つくから代わりに答えるよ。
──頑張りたくないのさ、彼らは」
彼女の容赦ない言葉に、当の男子生徒だけではない。
他の幾人かの生徒も、歯軋りをしたり俯いたりと、心当たりがあるような反応を返した。
「だって、どうせ勝てっこない。なら、そのために無駄な努力をしたくない。頑張った上で負けるより、何もしないで負けて少しでも言い訳の余地を残したい。仕方ないって言いたい」
「……」
「うん、唾棄していいよ。……ボクはBクラスのみんなが前期にされてきた仕打ちを知ってるから多少は同情できるけど、キミはそれを知らないもん」
「……それが、悪いって言うのか」
ニィナの言葉を受けて、当の男子生徒が絞り出すように告げる。
「お前たちはな、違うんだよ! もうみんなわかってるさ、そこの平民が化け物ってことは、本来ならBクラスに居るような人間じゃないってことは!
選ばれた人間なんだよ、僕らとは違って! だからそんなことが言えるんだ、負けたことがないからそんな──」
「へぇ。負けたことがない? エル君が?」
「ッ!」
その言葉は聞き逃せないとばかりに、ニィナが静かな怒気を漂わせて告げる。
「最初の演習。ボクとエル君のやりとりを見てまだそう思うんだったら──流石に、ボクも軽蔑するよ」
そう、彼らはもう見ているはずだ。
エルメスが挑戦を恐れないのは、敗北を知らないからではない。敗北に伴う経験値を糧とし、その悔しさを受け止めて進むことができる人間だからだと。彼らが失ってしまったものを未だ持っているからだと。
「……わたしは、羨ましいと思いました」
再度黙り込む男子生徒に、別方向から訴えかけるような声が響いた。
声を発したサラは、切実な表情で続ける。
「エルメスさんとニィナさんの戦いを見て──綺麗だな、と。すごいなと、ああなれたらいいなと思いました。
……他の皆さんも、多かれ少なかれ、そう思ってくださったのではないでしょうか」
あの場のクラスの様子を最も客観的に外側から見ていた彼女だからこそ、ほぼ確信に近い響きでその言葉を告げられる。
事実そうだ。あの瞬間確実に、全員があの光景に魅入られていた。
その瞬間に憧憬の感情を欠片も抱かなかったものは──きっと、一人もいない。
「……ごめんなさい。エルメスさんを引き止めたのは、わたしのわがままです。彼に文句があるのならば、まずわたしが受け止めます。
その上で、彼はわたしたちに歩み寄ってくれました。……だから今度は、皆さんの方が彼に歩み寄っては、くれないでしょうか」
クラス全体に、沈黙が満ちる。
きっと他の人間が同じ言葉を言ったのならば、ふざけるなと一蹴できたかもしれない。
けれど、他でもないサラなのだ。
入学時から二重適性の天才だ、聖女だと騒がれても。高貴な人間に声をかけられ、第二王子に見初められても決して驕ることなく。落ちこぼれである自分たち一人一人に寄り添って支えてくれていた彼女の、真剣な懇願。
それを無碍に出来るほど──彼らは、恥知らずではあれなかった。
クラスを代表する人物に説得され、視線と注目がこちらに戻る。
それをエルメスは感知すると、数秒何を言うか考えて──とある人物に、声を掛ける。
「アルバート様」
「……なんだ?」
「いつものを、お願いします」
「!? こ、ここでか?」
「ええ。ご安心を、うまく流すので」
エルメスの要請に困惑しつつも、アルバートは意外なほど素直に頷いて。
そして──魔力を高め、詠唱を開始した。
「【集うは南風 裂くは北風 果ての神風無方に至れり】
血統魔法──『天魔の四風』!」
まさかの、教室内での血統魔法の発動。
驚きに目を見開く生徒たちを他所に──アルバートは、容赦なく風の砲弾をエルメスに向けて撃ち放った。
「ッ!」
仮にも血統魔法、凄まじい威力の一撃がエルメスに迫る。
けれど彼は冷静にまず光の壁で受け止める。威力の差で壁はあっさりと割れるが、減衰した一撃を腕を交差させてのバックステップと同時に受け、弾き飛ばされる勢いに逆らわず空中で一回転、すたりと地面に降り立つ。
痺れが残る様子で両腕を振りながら、彼は微かな驚きとともに告げる。
「──お見事。また少し威力が上昇しましたね」
「……ほざけ。あっさり汎用魔法で受け切っておいてよく言う」
クラスメイトたちは呆然としていた。
血統魔法を平然と捌いたエルメスもそうだが──驚きが強いのはアルバートの方。
彼の魔法は──あれほどまでに強かったか?
その答えは、エルメスの口から更なる衝撃とともに放たれた。
「アルバート様には数日前より、僕が考案した訓練を受けてもらっています」
クラスが再度の驚きに包まれた。
エルメスの言い分が信じられないことは納得できる。ならばまずは──信じるに足る証拠を見せるべきだろう。
そう判断しての、今の演目だ。恐らく、思った以上に効果はあったようだ。
話に多少の信憑性を持たせたところで──彼は続ける。
「さて。恐らく僕に対する心理的な面はニィナ様やサラ様の方が詳しいでしょうから──僕からは、一つだけ」
そして、教室内をざっと一瞥して、一言。
「──悔しいとは、思わないんですか?」
されどどうしようもなく心を抉る、一言だった。
「高い志を持ち、意気揚々とこの学園に入ったにも関わらず。学園全てから虐げられて、諦めることを強要される。申し訳ございませんが僕は一週間でうんざりしました。これを半年耐えた貴方達の耐久力だけは賞賛に値します」
微妙に煽っているような言葉を続けてから、けれど、と彼は言葉を区切って。
「諦め切ってしまったと、僕は思いたくない。僕が王都に来て、王都に残った意味はあるのだと信じたい。……師匠がいた時と比べて、この国は変わり始めているのだと思いたい」
ある意味で初めてかもしれない、彼の本心を告げてからもう一度確認する。
「故に、改めて聞きます。──悔しいとは、思わないんですか」
「──思わないわけがないだろうッ!!」
即座に答えたのは、先ほどエルメスに突っかかった男子生徒。
「黙っていれば好き勝手! こんな仕打ちを受けてなんとも思わなければもう人ではない!」
「そうよ! うんざりしているのが貴方だけだとでも!?」
「こちらにも誇りが、意地があるのだ! 俺たちのことなど何も知らないくせに!」
「……そうですね。だから今から知っていこうと思いますよ」
次々と放たれる意思の言葉を受けて、彼は呟く。
それはある意味で、彼の変化だった。
極端に親しいもの以外は無関心の線を引いていた、彼の歩み寄りだった。
「あなた方がそう思っているなら、もう一度。今度はもっと直接的に言いますね?」
それを自覚した上で、改めてエルメスは。
「──Aクラスの連中に一撃かますチャンスをあげます。それを望むなら、話を聞いてください」
返答は、沈黙という名の肯定。
それを見て、エルメスは安心した。
……ああ、この人たちは。危ないところだったけど、見捨てるところだったくらいにはぎりぎりだったけど。
けれどまだ、あの貴族連中のようにはなりきっていない。
全てを受け入れ、意思を持たず。まさしく人でなくなってしまった何かではない。
願いと想いを持つ──魔法使いの資格ある存在だと。
「……では、改めて」
その感慨もそこそこに、エルメスは息を吸って。
「僭越ながら、学園らしく。──『講義』を、始めさせていただきます」
ようやくエルメス君、本格始動です。次回もお楽しみに!




