17話 始まりの
先程も一話更新してます!
アルバート・フォン・イェルクは困惑していた。
自分の言葉に従って、エルメスがこの場から出ていこうとした瞬間、自分たちのクラス長であるサラがそれを引き止めて。
彼女とニィナの説得にしばし黙ったかと思うと、いきなり謎の要請を言い出して。
サラの懇願によって仕方なく、彼の要望通り──三人で、人目のつかない場所にやってきていた。
一体何をするのかと訝しむアルバートの前で、エルメスは飄々と。
「ではサラ様。この一帯に、『精霊の帳』による結界を張っていただけませんか?」
「え……?」
「魔力の遮断に重点を置く方向の結界でお願いします。お手数をおかけしますが」
更に、謎の要望を告げてきた。
サラは意図を掴みかねている様子ながらも、彼の言う通り結界を展開する。
よもやこの場で自分を始末するつもりか。いやだったらサラは呼ばないだろう──そう困惑するアルバートを他所に。
エルメスは、魔力を高めて唄う。
「……【斯くて世界は創造された 無謬の真理を此処に記す
天上天下に区別無く 其は唯一の奇跡の為に】
創成魔法──『原初の碑文』」
それは、編入時にも見せた翡翠の文字盤。彼の血統魔法──いや待て。
こいつは今、この魔法のことを……何魔法と言った?
「アルバート様。編入の時に説明したこの魔法の効果、覚えていますか?」
疑問を他所に、エルメスが問いかけてきた。
疑念と苛立ちのまま、アルバートは反射的に返答した。
「覚えている。『簡易な多属性魔法操作』だろう! それが一体どうした──」
「すみません。それ、嘘です」
「──は?」
言葉の意味が一瞬理解できず、困惑するアルバート。同時に別の驚きによって目を見開くサラ。
そんな中、エルメスは更に──信じられない詠唱を開始した。
「【集うは南風 裂くは北風 果ての神風無方に至れり】
術式再演──『天魔の四風』」
「な、に──!?」
ありえない光景が、目の前に広がった。
『原初の碑文』が血統魔法だと言っていたエルメスが、別の血統魔法──よりにもよって自分の魔法を。
しかも、明らかに自分より高い威力で展開したのだから。
まさか、サラと同じく二重適性──との咄嗟の推測は、すぐに裏切られる。
更に、信じられない方向性によって。
「僕の魔法は創成魔法、『原初の碑文』。
効果は──『視認した魔法の再現』です。勿論血統魔法も例外ではありません、これも再現によるものです」
しばし、彼の言った意味を受け止め、反芻して。
──そして理解すると同時、あまりの恐ろしさに鳥肌が立った。
「ま……さか。おい、貴様、だとすれば、一体幾つの血統魔法を──!」
「そうですね。現時点では──ざっと二十と少しくらいかと」
化け物。
かつての神童、どころの話ではない。落ちぶれてなどいない。
彼は貴族家を追放された結果──貴族の常識を超える怪物になって帰ってきていたのだ。
あまりの衝撃に、驚きの方は麻痺してしまったのか。
次にアルバートの中に浮かんだのは……疑問だった。
「──何故、それを俺に教える!?」
「……」
「絶対に隠すべきものだろう! ならば何故俺に! 俺がこのことを他に触れ回らないとでも思っているのか!?」
至極真っ当な問いに、エルメスは数瞬の沈黙を挟んで答える。
「……知りたかったからです」
「知りたい、だと?」
「はい。貴方が──この魔法を見てどう思うか。どのような感想を抱いて、何をしようとするのか」
そう言って、彼は魔法に視線を誘導する。
『天魔の四風』。伯爵家クラスの血統魔法。かつてエルメスが別のルートから再現に成功した、アルバートの血統魔法。
「どう思って頂いても構いません。別にばらしたいならばらしてもいいです。──その場合は今度こそ遠慮なく、王都を出ていくだけですので」
言われてアルバートはもう一度、その魔法を観察した。
明らかに、アルバートの扱うそれよりも遥かに洗練されており、同じ魔法でも桁違いの性能を持っていることが一目で分かる。
しかも彼の言葉が嘘でないのなら、エルメスはそれに加えてまた別の血統魔法をいくつも扱えるのだ。
あまりにも、規格外すぎる。
こんなもの、許してはいけない。学園どころではない、放っておけば貴族界全てを揺るがしかねない存在だ。
……ならば、彼の宣言通り王都を出て行ってもらう方が良いだろう。
言葉通り言って回り、異分子として彼を追い出す。そうすれば王都は今まで通り平和で、これまで通り自分たちが役割を粛々と受け入れるだけで、この国は問題なく回っていく。
そう、下手に夢を見ても、反抗してもろくなことにはならないのだ。
ならば向こうの言う通り。王都を乱しかねない異端分子はさっさと追い出して。今まで通りの生活を守る。それこそが、貴族の責務で──
(──違うッッ!!)
それは、アルバートの中に残っていた原初の想いだった。
そうだ。貴族の責務や学園の安定だの、そんなことは今考えるべきことではない。
今考えるべきは、見るべきは──
──この魔法を置いて、他にないだろう。
思い出せ。この学園に来る前よりもっと昔、自分の中で生まれた始まりの想い。
責務だの何だのを考えなかった、本当に純粋な、自分の中の魔法が発現した時に生まれた意思。
(この魔法を、もっと高めたい。それだけが、俺の願いだったはずだ!)
ならばほら、見ろ。
目の前に展開されている『天魔の四風』。自分のそれより遥かに優れた、けれど同じ魔法。つまり。
──自分の魔法の目指す先。絶好のお手本が、目の前にあるんだぞ。
ならば貴族ではなく、魔法使いとして。やることは一つだろう!
「…………一つ聞かせろ、エルメス」
長い沈黙の後、アルバートは声を発した。
意図してかせずか、初めてエルメスの名を呼んで。
「──俺にも、同じことはできるか?」
その問いに、エルメスは目を見開く。
彼が期待していた、けれど本当に来るとは思わなかった問いを、違わずに受けて。
「……いいえ」
故に、エルメスも答える。
「貴方は、これ以上のことができます」
「!」
「血統魔法としてこの魔法を受け継いだ貴方は、僕のように他の魔法は扱えません。
──でも、この『天魔の四風』に限ってならば、僕よりも──誰よりも自由に、強力に扱える。血統魔法はそう言うものと、僕は先日教わりました」
エルメスから返ってきたのは、アルバートの期待をも上回る回答。
それを受けて、彼の中で血が騒ぐ。心臓が痛いくらいに脈打ち、久しく感じていなかった高揚が全身を包む。
……ああ、業腹だが。これまで蔑んでいた相手にこんなことをするなど無様極まりないし、彼に対してもこの上なく失礼なのだろうが。
それでも。この高揚に比べれば──そんなものは、いささかの躊躇う理由にもなりはしない。
故に、アルバートは。
「──頼む」
頭を、下げた。
平民の彼に。かつて追放された彼に。貴族の常識では落ちこぼれだったはずの、エルメスに。
「あんなことを言っておいて虫の良い話だとは分かっている。お前を追い出そうとした張本人がこんなことをするなんて馬鹿げていることも!
──だが! 俺は、もっと魔法使いとして先に行きたい! 目標を諦めたくない、家族の期待にも応えたいのだ! だからどうか──そこまで魔法を高めるやり方を、鍛え方を、教えてくれ……ッ」
「──」
あまりにも真っ直ぐな言葉。
それを受けたエルメスは、しばし放心したかと思うと。
「……しっかりとした意思を持っていて、努力家、か。──なるほど、その通りだ」
そう言って、結界を張り続けている少女の方を向く。
「サラ様」
「は、はい!?」
「謝罪と、感謝を。……なるほど、どうやら知る努力が足りないのは僕の方だったようです」
……正直、色々と蔑まれた恨みはまだ残っていないこともないけれど、それでも。
自分よりも、遥かに優れた魔法使いを目の当たりにして。
否定するでもなく、排斥するでもなく。──教わりたいと、学びたいと、純粋に思える人間がまだいるのならば。
確かに、見切りをつけるにはもう少しだけ、早かったのかもしれない。
エルメスは、再度アルバートに向き直って告げる。
「条件が二つあります」
「な、なんだ?」
「一つ、僕の魔法の内容を誰にも漏らさないこと。そして二つ──絶対に、音を上げないこと。
そうすれば、すぐには難しいかもしれませんが……いずれは必ず、僕以上にこの魔法を使いこなせるようにして見せると約束しましょう」
「ッ!」
一切の躊躇なく、アルバートが頷いて。
こうして──ある意味、ようやく。
この学園を変えるための第一歩が、踏み出されたのであった。
ある意味でようやく、二章プロローグが終了です。地味にキーパーソンだったアルバートさん。
次は繋ぎ回を挟んで、二章メインイベントに入っていきます。これからも読んでいただけると嬉しいです……!




