15話 Bクラス
アルバート・フォン・イェルク。
魔法学園Bクラス所属の彼は──かつて、イェルク子爵家において将来を嘱望された魔法使いだった。
その要因となったのは、彼の血統魔法。
隔世遺伝か、或いは未知の何かか。イェルク子爵家相伝ではあり得ない強力な血統魔法が彼の中に発現したのだ。
両親は彼に期待してくれた。彼ならば子爵家を背負って立ち、更なる発展を家にもたらしてくれるのではないかと。
彼もその期待に応えようと、また自身もそれを夢見て頑張った。
勉学に励み、交友を広げ。魔法で戦う経験も積極的に積んだ。
魔法を扱うのは楽しかった。自分の中に、こんな素晴らしい魔法があることが誇らしく。この素晴らしい魔法をもっと高めたいと思うことは紛れもなく最大のモチベーションに繋がった。
ある意味で彼は、誰よりもその魔法にのめり込み。ひたすらに、経験と知識を蓄えていったのだ。
そんな彼の努力は身を結び、栄えある王都の名門魔法学園に入学できることが決定した。
紛れもなく栄誉なことだ。彼はそれに更なる自信をつけ。必ず立派な魔法使いであり貴族となって卒業し、家に戻って領地の発展と貢献に力を尽くそう。
そう考え、意気揚々と魔法学園の土を踏み。
──そして、すぐに地獄を見た。
「ほらアルバート君、どうしたんだいそんなに黙りこくって!」
合同魔法演習の時間。
クライドの提案によってAクラスの人間と模擬戦をする流れになって。
アルバートの相手に名乗りを挙げたのは、ネスティ・フォン・ラングハイム。
ラングハイム侯爵家の長男であり……アルバートにとっては、多分この男がくると予測できるものだった。
何故なら──入学直後にあった合同魔法演習。
それでアルバートを完膚なきまでに叩きのめしたのが、この男だったのだから。
「さあ、立ち向かってきなよ入学時のように! ──『俺の魔法はAクラスにも劣らないはずだ』って身の程知らずにも向かってきた時の滑稽な君のようにさぁ!」
「ッ、血統魔法──『天魔の四風』!」
挑発に乗る形で、彼は自身の血統魔法を放つ。
『天魔の四風』。本来ならばエルドリッジ伯爵家相伝、すなわち伯爵家クラスの強力な血統魔法だ。
イェルク子爵家とは家系的に近しいらしいのでその遺伝関係と思われているが、ともあれ彼にとっては非常に恵まれた魔法だった──だが。
「血統魔法──『煌の守護聖』」
ネスティが魔法の宣言と共に生み出した青い炎──何故か質量を持つ異質な聖炎が、アルバートの放った風を完璧に受け止める。
「そら!」
返す刀で掛け声と共に、青い炎がこちらに迫ってきた。血統魔法で吹き散らそうとするが、やけに重く膨大な炎の量にそれすら叶わず、そのまま炎がアルバートの体に殺到し。
彼の体に纏わり付き、凄まじい熱量が全身を苛んだ。
「がぁあああッ」
「あははははは!」
のたうち回るアルバートを見て、ネスティが大笑する。
「無様だ、そして愚かだ! 『この程度の魔法』でAクラスになれるだなんて本当に思っていたのかい!? 田舎貴族というものはこれだから度し難い、もう一度身の程というものをしっかり教えてあげるよ、存分にさぁ──!」
格差、というものを見せつけられてしまった。
少しばかり強い血統魔法を習得したくらいでは到底届かない。それほどの差を、魔法のぶつけ合いでまざまざと感じ取ってしまった。
あまりにも圧倒的で、絶対的な生まれの差。どうしようもない、血統魔法の中にある格の違いだった。
それだけなら、まだ良かった。これから頑張ろうとも思えたかもしれない。
でも、それだけではなかったのだ。この学園におけるBクラスへの当たりは彼の想像以上に酷いものだった。
Aクラスの人間には事あるごとに馬鹿にされ、彼らの不満や優越感を満たすための道具として扱われる。
生徒だけでなく教師陣もそうだ。無理難題の授業、雑用の押し付け、不満の捌け口。
Bクラスはここでは、自分たち以外の結束を深めるための存在でしかなかったのだ。
そんな事を半年も続けていれば、もう諦めるしか道など無いではないか。
少しずつ容赦なく、自信も自尊心も擦り潰されて。他のBクラスの人間も同じような目に遭ってきたせいか、その間には奇妙な連帯感のようなものさえ生まれた。
魔法を扱えない公爵令嬢や王子に見初められた聖女様などは、どこか別の世界の存在として扱った。
自分たちはこういう存在。こう在ることが、この国における自分たちの役割。
こうして上位貴族の犠牲になることが、自分たちの責務なんだと。
そう思い込み、心を殺して。諾々と犠牲者として振る舞った。そうするしか無いと思った。
──なのに。
あの男は、そんな自分たちを嘲笑うかのようにBクラスへとやってきたのだ。
彼のことは知っていた。エルメス・フォン・フレンブリード、かつてのフレンブリード家の神童。けれど血統魔法を持たないと判断され家を放逐された、平民となったはずの存在。
そんな人間が、どうやってかは知らないが血統魔法を携えてBクラスへと編入してきた。
どういうことだと訝しみつつ、彼の魔法を見て……安心した。
ああ、大したことはない。所詮は放逐された人間が運よく魔法を手に入れただけ。
おまけに平民。ならば、蔑んでもいいだろう。自分たちだって同じ目に耐えているのだ、この学園に入った以上お前もその仕来りに従って貰おうと。
そう考え、他の同じ考えを持つ者と彼のことは容赦無く扱おうと決定して、その通りにした──はずだった、のに。
彼の行動、そして技量は自分たちの行動を遥かに超えていた。
まず、編入初日にかけたちょっかいは完璧に返された。自分たちが受け入れるしかなかった理不尽にも堂々と抗ってやり返した。そういう恥だの面子だのには一切興味がないかのように、優れた相手に何度も敗北を平然と積み重ねた。
そして、今も。成すすべなくやられた、それを当然だと認識していた自分とは裏腹に。
絶対的な上位存在。Aクラスのしかもクラス長。彼を相手に同じ魔法で上回るという、明確な勝利を見せつけた。
流石に自分だって分かる、あの勝利は本物だ。エルメスは間違いなく、純粋な魔法使いの技量でクライドを上回っていた。
かつての神童は、健在だったのだ。
……だが。
そんなエルメスを見てまず自分が抱いたのは、感謝でも憧憬でもなく……激烈な、拒否感だった。
やめてくれ。
そんなことを、この学園の秩序を乱すような真似をしないでくれ。
どうか──成り上がらないでくれ。落ちぶれたままでいてくれ。
だって、そんなことが許されるなら。逆転が許容されるのなら。
一体何のために──自分たちは、この扱いに耐えなければならなかったのだ。
そんな思いを抱きアルバートは、戦いを終えて歩いてくるエルメスに近づくのであった。
「……何なのだ……貴様はッ」
クライドが退散し、Bクラスへと戻るエルメスの前に。
酷い苦渋の表情をした、アルバートが立ち塞がった。
「何なのだ、と言われましても。あなたと同じ生徒ですが」
「ふざけるなッ、俺と貴様が同じであるものか! Bクラスの生徒が何故あんなことができる、そもそも──貴様は何故この学園にやってきたのだ、一体何が目的でこんな!!」
……何を確かめたいのか、今ひとつ要領が掴めないが。
とにかく、彼は問われた質問に対し自分の中で一番大きな理由を答える。
「それは勿論学びにきたからです、魔法を。ここは魔法学園なのですから」
「寝ぼけた事を! あんなことができる貴様が今更ここで学ぶことなどあるものかッ!!」
けれどアルバートは、悲鳴じみた否定で返し。遂に耐えきれなくなったように叫ぶ。
「よく分かったさ、貴様が紛れもなくかつての神童そのままであることはなぁ! 認めてやるよ、だからもういいだろう! Bクラスから──いや、この学園から出ていってくれ!」
「──」
「いたずらに学園の秩序を乱すな! 貴様がいると全てが混乱するんだよ、どうか、俺たちの知らないところに消えてくれよ!!」
……それは。
紛れもない、拒絶。排斥の言葉。
(……ああ)
その言葉を聞いた瞬間、彼の中で──何かがすぅっ、と冷えていく感触がした。
(この人たちも、結局こうなのか)
優れたものを称賛するふりをして、優れすぎたものは排斥する。
彼の師匠がよく言っていた言葉だ。師匠はそれにうんざりして王都を出たと語っていた。
今彼が聞いているのは、間違いなくそういう意味の言葉だ。
この国が変わり始めているとは思えない、かつての師匠にぶつけられた言葉がこの世代でも飛び出てきたのだ。
だからエルメスは、思わず言葉をこぼす。
「……もう、いいかな」
元々、かなり心に負担はかかっていたのだ。
クラスの連中は意地で自分への当たりを一切変えようとしない。昼休みにやってきた訳の分からないAクラス長はひどくくだらない人物で、先の戦いでも自分の都合の良い理屈しか認めようとせず、学ぶ意思も無い。
極め付けに、この言葉だ。
ニィナに会え、新たな世界が見えたことは楽しかったが──それを差し引いてもなお、この学園は彼にとって居心地の悪い要素で溢れすぎていた。
自分の心のどこかが、どうしようもなく冷え込んでいくのを感じる。
すぐに見限るのはやめようと思ったが──ここまで待ってこれなら、もう十分ではないのだろうか。
「──わかりました」
ひどく乾いた、けれどどこか恐ろしげな響きを感じさせる声。
それを聞いたBクラスの全員が悪寒に身を震わせる中、彼はくるりと背を向けて。
「それでは、お望み通り。学園から──いえ、もう王都から消えるのも悪くないかもしれませんね。……公爵様やカティア様には、悪い事をしてしまいますが」
少なくともあの二人にだけは掛け値なしの味方でいよう。
そう考えて、けれどもう行動を止めることはできず。
完全に興味を失った顔で背中を見せて、躊躇う事なく歩き出そうとした──その瞬間。
ふわり、と。
まるで冷え切った心を温めるように。離れていく彼を繋ぎ止めるように。
エルメスの右手が、暖かく柔らかな感触で包まれた。
「──」
振り向くと、そこには。
「……だめ……です……っ」
怯えながら、恐れながら。
けれど離さない、離してはいけないとの確固たる意思を込めて。
金髪碧眼の美しい少女──サラが、彼の手を両手で握り、切実な目をこちらに向けているのだった。
本章メインキャラ、動きます。次回は夜に更新予定。




