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14話 認識

お昼にも一話更新してます!

「さて従者くん。悪いけど僕はこの学園で血統魔法を使えない」


 合同魔法演習が始まり、クライドが模擬戦の相手としてエルメスを指定した後。

 彼がエルメスの前で口走った言葉がこれである。


「当然、血統魔法は神の魔法。それ以外の魔法とは性能に文字通り天と地ほどの違いがある。いくら君でもこれくらいは知っているね?」

「はぁ」


 神の魔法云々はともかくそれくらいは勿論知っているので気の抜けた返事をする。

 クライドはエルメスの返答に若干眉根を寄せるが、すぐに気を取り直して続けてきた。


「よって、血統魔法を使える者と使えない者が戦えば必ず前者が勝つ。これは君と僕が戦った場合に限らず、普遍的かつ絶対の真理なんだよ」

「……」

「だから提案だ。──お互い、汎用魔法だけを使って戦わないかい? 流石の君でも、絶対勝てる勝負を嬉々として仕掛けるほど恥知らずでは無いだろう?」


 と、いうことらしい。正直最初から予測できていた提案だったのでできればさっさと言って欲しかった。


「構いませんよ」

「! 本当かい。なんだ、もう少しごねると思ったんだが存外もの分かりが良いじゃないか」


 エルメスのすんなりとした返答を受けて、クライドが表面上は喜ばしそうに、しかし案の定隠しきれない愉悦を宿して頷く。

 ……恐らく、クライドも素の魔法使いとしての能力には自信があるのだろう。


「この汎用魔法同士の戦いというのも存外馬鹿にならないんだよ。何せ同じ魔法を使う以上、純粋な魔法の能力差が言い訳しようの無い形で明らかになるんだからね! 君の力を図るにはうってつけの方式と言うわけさ!」


 そんな推測を裏付けるように、クライドは自信満々の様子で両手を広げて魔力を高め。


「さぁ始めよう。そして確かめようじゃないか、僕と君、一体どちらが優れた魔法使いなのか──!」




 ──そして特筆すべきこともなく普通にエルメスが勝ち、今に至る。




「…………え」


 地面に座り込み、呆けた顔でエルメスを見るクライド。

 その顔に浮かぶのは、昼休みの時と同じく信じられないという感情だけだ。


 ……まぁ、確かにそれなりに強かった。

 魔力出力は生来のものか相当に高かったし、操作能力もセンス一辺倒だがそれなり。いくつかの例外を除けばこの場にいる者の中でもトップクラスではあると思う。


 だがしかし、相手はエルメスである。


『同じ魔法を使えば魔法使いとしての能力差が明らかになる』、確かにその通りだ。

 そして、その条件下において。

 エルメスは、同じ魔法でぶつかる戦いにおいてはこれまで──ローズを除いて負けた試しがない。


 よって、忌憚なく言えば楽勝だった。

 何なら途中からは血統魔法の観察に精を出す余裕さえあったくらいだ。


「…………」


 彼にとってはあまりに予想外の出来事だったのか。

 放心し、沈黙と共にエルメスを見上げている。

 しかし、やがて周りの視線に気付いた様子ではっと意識を取り戻すと──そこで、数瞬何かを考えてから。


「──全く、困るよ」


 やれやれ、と言いたげに首を振りながらゆっくりと立ち上がり。

 そのままびしっとこちらを指さして、こう告げてきた。



「君、血統魔法を使ったね?」



「……はい?」

「はい? じゃないよ。見れば明らかじゃないか、君の扱う魔法はどれも汎用魔法の範疇を大幅に超えていた。ならば血統魔法に違いない、そんなことが僕に分からないとでも思ったのかい?」

「……」

「知っているよ? 君の血統魔法はいくつかの属性を扱えると。その効果を汎用魔法と偽って使ったんだろう。全く、勝ちたいがためだけにこんなことをするなんて貴族の──いや、人の風上にも置けないね。まぁでも一回(・・)だけは(・・・)見逃して(・・・・)あげよう(・・・・)。ほら、もう一回。今度は本当に汎用魔法だけで戦うんだよ?」


 言い訳全開だし主観まみれの決めつけだし何故か自動的にもう一回戦う流れにされているが──なるほど。

 言っていること自体は、悪くない点を突いている。


 まず前提として彼は今の勝負、紛れもなく汎用魔法しか使っていない。強化汎用魔法ではなく、汎用魔法の範疇に収まるような性能に敢えて抑えた魔法を使用していた。クライドが『汎用魔法の範疇を超えている』と判断したのも、彼の高い基礎魔法能力で性能が底上げされたからに過ぎない。


 だが──それを納得できる形で証明する手段もまたないのだ。

 普通の貴族は、魔法の内情など知りようもない。故に普通より強い魔法──強化汎用魔法が魔法自体の性能によるものなのか本人の技量によるものなのか、判断は付かない。魔法の構造を理解させることが出来ないからだ。


 知ってか知らずか──間違いなく後者だとは思うが、クライドはそこを突いて自分より優れたエルメスの基礎魔法能力を認めず『魔法の性能によるもの』と強引に定義したのである。


「……」


 向こうが理解しない以上説明する手段は無いし、多分しても絶対に納得しないだろう。

 だから、彼は敢えて。


「──了解です、ではもう一度」


 クライドの言い分に、乗ることにした。


「ご安心を。今度は『同じ魔法』しか使いません」

「ふん、分かればいいんだよ。──では、早速始めようか」


 言質を取ったことを確認して、クライドとエルメスは再度立ち上がって向かい合う。


「──ふっ!」


 同時に、クライドがやや不意打ち気味に炎の汎用魔法を放ってきた。

 しかしエルメスは慌てず、同様に炎の汎用魔法を撃って対処。両者が中間で相殺する。

 続けてクライドが放つは雷の汎用魔法。これもエルメスは同様雷の魔法で打ち返す。中間で消える。

 間髪入れず放たれた氷の魔法も同様に対処。中間で綺麗に対消滅。


「──な」

「どうしました」


 ここまでされれば、いくらクライドでも気付いただろう。

 冷や汗をかき始める彼に、エルメスは抑揚の少ない声色で告げる。


「反則ではありませんよね? 仰る通り使ってませんよ、『貴方と全く同じ魔法』しか」


 そうなのだ。

 先程からずっと、エルメスはクライドと同じタイミングで、同じ属性、同じ威力の魔法を真逆の方向から撃っている。結果クライドの放つ魔法は全て両者の中間で綺麗に打ち消されてしまう。

 だが、そんなこと未来予知でもしない限り普通は不可能。それを可能にしているのは──


「……へぇ」


 演習場の木陰。観戦していたニィナが愉快そうに、そして嬉しそうに呟いた。


「ボクが教えたことじゃん。すごいな、もう使いこなしてるのか」


 そう。彼のこの技術は、ニィナの指導を応用したものだ。

 彼女は近接戦闘において、相手の魔力の流れから次に放たれる魔法の属性や威力を、時に放たれるより前に察知する。

 並外れた感知能力と魔法への造詣があるからこそできる技。エルメスはその要諦を彼女から教わり──加えて彼女は魔法の回避で使っていたその技術を、現在魔法の相殺に応用しているのである。


 流石にまだ彼女ほどの精度で察知はできないが、クライドの魔力の流れは非常に分かりやすい。簡単な汎用魔法なら現時点でも問題なく次の手を読める。


「く──っ!」


 何をやっても打ち消される。その事実に対してムキになったクライドが回転率を上げてくる。

 けれどエルメスは一切動じることなく相殺を完璧な精度で続け。そのまま──ゆっくりとクライドに歩み寄り始めた。


 両者の距離が縮まるにつれて魔法の着弾までの時間は短くなり、その分相殺も難しくなるはずだがエルメスはそれでも全く乱れず。

 遂には一歩の間合いまで近寄ると無造作に手を伸ばし──とん、と軽くクライドを押す。

 クライドは地面に倒れ込み。結果、展開されるのは先ほどと全く同じ光景だ。


「……」

「──もう一度やりますか?」


 クライドを見下ろしての、冷酷なエルメスの言葉。

 彼はぎりっと歯が砕けるほどに噛み締め。屈辱と憤怒に満ち満ちた表情でエルメスを睨みつけ──同時に。


 ──ぞわっ、と。クライドの全身から異質な魔力が立ち上った。


「!」


 よもや、血統魔法をここで使う気か。

 警戒と共に目を細めるエルメスだったが──流石に彼も、禁止されている魔法の独断解禁は躊躇ったらしく。

 魔力を収めると、今度は幾分か冷静になった表情で、もう一度立ち上がると。


「……はぁ、分かったよ。そんなに血統魔法を(・・・・・)使ってまで(・・・・・)僕に勝ちたいんだったらもういいさ」


 溜息をつきつつ、こんなことを言ってきた。


「……あの? 今は貴方と同じ魔法しか──」

「そう言い訳するつもりだったんだろう? どうせそれ以外のところで血統魔法を使ったに決まっている、じゃないとあんなこと出来るわけないからね」


 ──あそこまでやっても、認めるつもりは微塵もないらしい。


「いいよ、君の勝ちで。僕はアスター殿下とは違う、ちゃんと負けを認めてあげるさ。君の血統魔法でも、僕の汎用魔法に勝つくらいの力はあったようだね。当たり前だけど」


 言葉とは真逆の意図を感じさせる言葉選びで告げると、クライドは両手を広げて。


「それに、僕以外のAクラスは皆思った以上に圧倒してしまったみたいだからね、僕だけでも負けてあげないと。こうやってクラス間のバランスを取ることもクラス長として重要な役目だろうさ」


 いかにも仕方なさげに言うと、今度はサラの方を向いて。


「──サラ嬢。誤解なきよう、今回は向こうが血統魔法を使っただけの話なのだから。……そして貴女はお優しい、どうか邪な意思で言葉巧みに丸め込まれないよう、僭越ながら忠告させていただくよ」


 果たして誰のことを言っているのかかなり謎な言葉を言い残すと、最後にもう一度エルメスを昏い視線で睨め付け。

 Aクラスの連中を引き連れて、去っていった。




 大体、クライドという男のことが分かってきたと思う。

 詰まるところ、これまで出会ってきた貴族たちと何ら変わらない。何か物腰柔らかく自分は他とは違うように振る舞っているが、本質は全く同じだ。繕えているつもりなのが尚更質が悪い。彼はそう感じた。


 今回も何やら丸め込んだつもりのようだが、彼が公衆の面前で敗北したのは事実だ。Aクラスの連中からは異様に信頼されているみたいだが、今回の件で翳りが見えてくるのではないだろうか。


 そんなことより、とエルメスは振り向く。


「…………」


 そこにいたのは、Bクラスのクラスメイト達。

 皆、一様に沈痛そうな表情を見せていた。


 それもそうだろう。魔法を志して入学したこの学園で、改めてあそこまで完膚なきまでの差を見せつけられ、自分たちが虐げられる側であることを思い出させられて。

 しかもそこで一片の救いを与えられたのが、また自分たちが虐げているはずのエルメスだったのだから。


(……さて)


 何を言えばいいのか、そもそも声をかけるべきなのか。

 そう考えつつ、彼は歩みを進めるのだった。

フルボッコはちょっとだけお預け。後の楽しみに取って頂けると……!

次回はBクラスのお話です!

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― 新着の感想 ―
[一言] フルボッコ回はお預け?なかなかの趣味をしてますねぇー楽しみ!
[一言] 人の話を聞かない、コミュニケーションが成立しない人間が物語を回し続ける形式は、読者としてストレスが溜まるなぁ、と思いました。
[一言]  何時だったか高校野球の国際大会で、クライド君と似た 様な負け惜しみを吐いた某国代表監督がいましたが、ふと それを思い出しました。  それが監督自身はもちろん、頑張った自国チームの選手の …
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