13話 合同魔法演習
かくして昼休みが終わり、次の授業。
昨日と同じく演習場に集まったエルメスたちBクラス。それにやや遅れて、悠々とAクラスの皆さんがやってきた。
「……」
カティア以外の、Aクラス生の顔に浮かぶのは──隠しようのない、隠す気もない優越感と嘲弄だ。
そう。それはまさしく、Bクラス生が編入時からエルメスに向けてきたようなもの。それと同種の視線を、今度はBクラスが向けられる側に回っていた。
けれどそんな中、あたかもAクラスを率いるように前に出てきた男子生徒。
昼休みに一悶着あった彼、クライド・フォン・ヘルムートは、先程のことなど無かったかのような笑みを貼り付けて。
「やぁ、Bクラスの諸君! 本日も有意義な交流の時間にしようじゃないか!」
……大変に胡散臭い。
エルメスだけでなくBクラスの全員がそう思う中、合同魔法演習は始まったのだった。
その予感は、早速現実のものとなった。
「ところでだ諸君! 前期までは各々実力の合う相手と組んでの模擬戦がこの授業の主だったわけだが」
挨拶もそこそこに、クライドが臆面もなく場の中心に躍り出る。
「しかし、だ。せっかくの『合同』演習がそれでは味気ない。僕はクラス間の交流をより重視すべきだと思っているんだ。──だから」
そのまま彼は、表向きは善意と信念に満ちたような──しかしその裏に黒い意思を覗かせるような満面の笑顔で。
「こうするのはどうだろう? ──必ずAクラス生とBクラス生で組を作る、という制限を設けては?」
その場の全員が、瞬時にその意図を察した。
「素晴らしいアイデアだとは思わないかい!? 君たちBクラスは僕たちから学び、僕たちAクラスは新たな魔法を見ることができる。加えて魔法のぶつけ合いによってよりお互いのことを知れるんだ! 魔法学園としてこれ以上に相応しい交流手段はないだろう!
──なぁ、そうは思わないかい、Aクラスのみんな!」
この男の厄介なところは。
決して、自分のクラスにとって明確に不利益となる提案をしないことである。
Aクラス生たちは当然理解する。彼の提案が何を意味するか。──自分たちがBクラス生と模擬戦をすることによって、自分たちに何をもたらしてくれるかと。
「……そうだな。普段見ない魔法を見ることも自らを高めることに繋がるだろう」
「確かに、魔法を教え導くのも我々の責務であろうからな」
「ですわね。クライド様のお志、素晴らしいと思いますわ!」
そうしてAクラス生も彼と同じように、表面上は良く聞こえる、けれど言葉の節々から別の意思を覗かせる言葉で賛同する。
一方のBクラス生も彼の意図を正確に理解し、理解した故に当然明確に賛成することなどできず。
──けれど、何も言うことができずに。何も反論できずに黙り込む。きっと今まで、そうすることが許されていなかったから。
「っ、クライド。そんな一方的にことを進めるのは──」
「おやぁカティア嬢、どこが一方的なのです? この通りAクラスの皆は賛同してくれている! Bクラスだって自らの魔法を高める貴重な機会なのだ、貴族であれば逃すわけがないでしょう! いい加減クラス長の座を奪われたことによる逆恨みはやめていただけますか、見苦しいですよ!」
見かねたカティアが反対意見を述べようとするが、それをクライドは一方的に捲し立てて、返す言葉を聞くよりも早く話を切り上げる。
そして彼はとどめとばかりに、この授業を監督する教員に話を振った。
「先生もそう思いますよね!? せっかくの合同魔法演習なのですから!」
「え? ……あ、ああ、そうだな。クラス間の交流が積極的になることは良いことだろう」
教員も元来、大して授業に介入しない類の人間だ。ここまで流れを作られればわざわざ否を唱えるのも面倒だと感じ、聞こえの良い言葉を反芻して頷く。この授業を取り仕切るはずの人間が、許可を出してしまう。
「そういうわけだ、さぁ皆! 望む相手、学びたい相手と組むが良いよ!」
最早止めることはできず、その号令に従ってAクラスの生徒たちが相手を見繕いにかかる。それはまさしく、獲物を見つける獣のような様相だった。
そんなクラスメイトを見てクライドは満足げに頷くと、ゆっくりと歩みを進めてきて。
「──さて、従者くん。そう言うわけで、僕とお手合わせを願えるかな?」
──自分の狙いはお前だ、と言わんばかりに。
明確に昼休みの出来事を引きずっていると分かる、どす黒い感情を込めた視線をエルメスに叩きつける。
「かつて侯爵家を追放された平民でありながら、何故かこの学園に編入できた人間。非常に興味があるね、是非その実力を僕に見せてもらえるかな?」
丁寧な口調の中に、詰まるところ『化けの皮を剥いでやる』とのメッセージを明確に込めて告げる。
どうやら彼の中で、昼休みの出来事はまぐれか何かとして処理されているらしい。
「……分かりました」
正直、ニィナ相手のときと比べると全然わくわくしないなと思いつつ、これは逃げられないとも分かっていたので大人しく頷く。
それとほぼ時を同じくして、他の生徒も組む相手が大方決定する。
かくしてついに、合同魔法演習が本格的に開始されて。
──そして、蹂躙劇が始まった。
「おいおいなんだその魔法は、あまりにも貴族としての自覚が足りないな!」
「ふん、とくと目に灼きつけるが良い! これが本物の──血統魔法と言うものだッ!」
「ああ、なんて可哀想なのかしら。そんな貧相な魔法で高貴なる存在を名乗るだなんて、きっと恥というものを遥か昔に置き忘れてしまったのね」
元々Aクラスは、貴族子弟の中でも身分の高い者が集められたクラス。具体的には、公、侯、伯爵家あたりまで。必然的にBクラスは子、男爵家の子弟で固められる。
そして血統魔法は基本的に、位が高い家の子弟ほど強力なものを受け継ぐ傾向にある。
そもそも優秀な魔法使いの有無によって家格が上下するのがこの国の制度だ。かつてのエルメスの実家、フレンブリード家が好例だろう。
サラのような例外も無いことはないが、あくまで例外だ。大半のBクラス生は家格から妥当と呼ばれる血統魔法しか受け継いでいない。
故に、家格が上の子弟と真っ向から血統魔法でぶつかり合った場合、蹂躙されるのは必然で。
「うわぁっ!」
「や、やめてくださ──ッ!」
「ぅ……うっ」
抵抗できたのは最初の一瞬くらいのもの。
ひどい場合はそれすら許されない。すぐに成す術なく、Bクラスの生徒たちは嬲られ、いたぶられるだけの存在と化した。
彼らにとってはしょうがないことなのだ。だってまず扱う魔法の性能が圧倒的に違う。逆立ちしたって届きっこないほどの隔絶した差が横たわっているようにしか見えない。
魔法が違う。格が違う。──元を辿れば、生まれが違う。
だから、仕方ない。
血統魔法主義。この国を支配する理念。
未だ根強い風習の具現が、今この演習場でありありと現れていた。
よってAクラスの生徒たちは、何ら疑いを挟むことなくこの演習で自分たちの歪んだ嗜虐心を満たし。
Bクラスの生徒たちは、諦念と共に諾々とその運命を受け入れる。
それでも、どこかに希望はないのかと。
クラスメイトが、軒並み同じ酷い目に遭っているのに耐えきれず。誰か例外はいないのかと嬲られながらも辺りを見回すが──当然そんなものは見当たらず。
Aクラスの生徒たちは、そんな様子に満足してクラス間の団結を深め。
この機会を用意してくれた立役者へ、感謝と敬意を込めて視線を向ける──
──その瞬間だった。
とさっ、と。
小さく間抜けな音が、けれどタイミング悪くやけに明瞭に、演習場へと響き渡った。
音の発生源に目を向けた者は、軒並み目撃する。
この状況を生み出した立役者。Aクラスの長。クライド・フォン・ヘルムートが──
──地面に尻餅をついているという、彼らにとってはあまりにも無様な光景を。
「…………え」
呆然とクライドが見上げる先にいるのは、彼の相手をしていたエルメス。
エルメスは対照的に、尻餅をつくクライドに一切目を向けず。
彼なんかよりもむしろ、周囲を飛び交う血統魔法の方に興味を奪われている様子で、明後日の方向に視線を向けていた。
あまりにも明確な、勝者と敗者の構図。かつAクラスのしかも長であるクライドが敗者側で、Bクラスでも蔑まれていたエルメスが勝者側。
そんなありえない光景に両クラスの全員が目を奪われ、同時に目を疑う。
だが一方で。
「……そりゃそうなるでしょう。馬鹿なの?」
「……」
「んふふー」
彼の実力を知る三人だけは、違う反応を見せる。
カティアは恐ろしく冷めた表情で珍しく直接的な言葉を吐き、カティアの相手をしていたサラは何とも反応に困っていそうな表情を見せ。
そして宣言通りちゃっかりとサボっていたニィナは面白そうに含み笑いをこぼす。
確かなことは、この明確な勝敗の光景を。
疑いようの無い形で、全員が目撃してしまったということであった。
飛んで火に入るクライド君でした。夜にもう一話更新予定です!




