11話 昼食会
そして更に翌日、昼休みのこと。
「……ようやくだわ」
学園中庭の一角、即席で用意されたティーセットを前にカティアは呟く。
そう、後期初日と二日目は色々と忙しく、加えてカティアはひっきりなしにやってくる男子生徒の誘いを断るのに労力をかけていたせいで、実現しなかったことが今日はできる。すなわち──
「……今日こそ、お昼をエルと一緒にできる……!」
高揚と共に、彼女は告げる。
正直待ちきれず、お昼前の授業は若干耳に入らなかったくらいだ。
彼と再会して、彼と一緒に学校に通えるとなって空想した数々の事柄。クラスが別々になったせいで多くは叶わなかったが、それでもできることの大きな一つ。
彼が来るのを心待ちにすることしばし、中庭の向こうから足音がする。音の方を見やると、見慣れた銀髪の少年の姿が。
ぱっと顔を輝かせ、彼の名を呼んで手を振ろうとした──が。
「──というわけだよエル君。キミは基本的に、初手で受けに回る傾向が強い。キミの性質上ある程度は仕方ないのかもしれないけれど、攻めっ気がないと分かればこちらとしてはいくらでもやりようはあるわけだ」
「……なるほど、それで今朝はすぐにやられてしまうことが多かったと」
「そゆこと。近接を『凌ぐ』手段ではなく『倒す』手段の一つに出来れば一気に変わると思うよ。何度も言うけどキミ、筋はすごくいいから全然いけるって。ボクも教えがいがあるから助かるよ」
「光栄です。貴女くらいの実力者に言っていただけると励みになりますね」
「ふふー、ほんとキミ、素直に褒めてくれるねぇ。照れるけど悪い気はしないね……っと。あ、カティア様! 久しぶりー!」
「…………え?」
思わず、固まった。
いや、一人で来なかったことに驚いたのではない。元から彼以外にもBクラス時代に仲の良かった友人二人が参加することは把握していた。本音を言えば二人きりが良かったが、かつての友人と話したい気持ちもあった為了承したのだ。
故に、今自分を認めて駆け寄ってくる少女──ニィナがいること自体に驚きはない。問題は。
「……な──」
何故、編入わずか二日で。絶対に接点のなかったはずのニィナとエルメスの二人が。
ここまで、異様に仲良くなっているのだと。
「──何があったのよッ!?」
驚きと、焦りと、後は怒りとか嫉妬とか諸々ちょっとあれな感情を込めた叫びが響く。
ニィナとエルメスは戸惑いながら首を傾げ。その後ろから控えめについてきていたもう一人の参加者、サラが体を震わせる。
とにかく、この瞬間。
カティアの中で、本日の昼食会で真っ先に問い詰め──話題に出す内容が決定したのだった。
そういうわけで、本日の昼は彼の主人カティア、そして彼女がBクラスで仲の良かったらしいニィナとサラ。三人での昼食会──とエルメスは認識していた。
一応自分も呼ばれたが、恐らくは給事役としてだろう。そう考えて彼は、ティーポットやナプキン等を完全装備して彼女の従者として恥ずかしくない振る舞いをせねばと意気込んできたのだが。
「…………なる、ほど」
何故か椅子は四つあり、何故か自分とニィナを離す形でカティアが間に座り。
神妙な面持ちでニィナから先日の魔法演習の件、そしてその後も彼女から近接戦闘の指導を受けていることまでを仔細に聞き取って。
納得と僅かな諦念を込めて、息を吐いたのだった。
「……そういう経緯があったのね。まぁ、その辺りならあなたたち二人は気が合うでしょうけど。……でも……私の知らないところで……そんな……っ」
「……えぇ……っ、と?」
一方のニィナは、そこまで問い詰められる理由が最初分からず首を傾げていたが。
一通りを聞き終えて悔しそうな表情を見せてから、少しだけ自分の椅子をエルメスの方へと寄せて。
ぷくりと愛らしく染めた頬を膨らませ、ニィナに少し恨めしそうな、でも責めるわけにはいかないと自制するなんとも微妙な表情を見せ──流石にそこまで情報を与えられると、彼女も大まかなところは理解する。
「えっとさ、サラちゃん。ボクの勘違いだったらごめんなんだけど……」
「……はい。多分ニィナさんの考えている通りです……」
よって一先ずサラに確認を取ると、概ね予想通りの反応が返ってきたので確信した。
「まぁ、あれだけ分かりやすいとね……逆にエル君は気付いてないの?」
「信頼や親愛との区別がはっきりつけられていないんだと思います。……わたしも詳しくはないのですが、どうも小さな頃からの経験が影響しているみたいで」
「あー納得。彼、なんとなく雰囲気浮世離れしてるもんね。……でも、そっかぁ」
サラと小声で話をして一通り納得すると、彼女は──ふっ、と。
どこか、柔らかな笑みを浮かべる。慈しむような、眩しいものを見るような。
その、あまり見たことのない表情に一瞬三人は目を奪われるが……次の瞬間には、彼女はいつもの快活な様子に戻って。
「それでカティア様。聞きたいことは、一通り聞けた感じかな?」
「え? ええ。まあ……そうね」
「じゃあさじゃあさ!」
カティアの方に身を乗り出して、期待と興味に目を輝かせながら告げる。
「次は、カティア様のお話を聞かせてよ!」
「……私?」
「そう。カティア様と、エル君のお話。幼馴染で一旦離れ離れになっちゃったんだよね? そこからまた再会して今に至るんだから、きっと色々あったと思うんだけど。その辺り是非詳しく!」
純粋な興味と共に、真っ直ぐに言われて。カティアは一瞬視線を泳がせるが──そもそも彼女がエルメスのことを話したいか話したくないかと言えば、それは当然ものすごく話したいに決まっているので。
「……しょ、しょうがないわね」
口調ではそう言いつつも、体はうずうずと語りたそうに揺れさせて。
その動きに違わず、一度口が開くと一気に、彼女は彼との経緯を話しだしたのだった。
「そこでね、エルが来てくれたの。『約束通り、すごい魔法使いになって帰ってきました』って」
「すっごい! ロマンチック! エル君格好良すぎないそれ!?」
そこからは、カティアがひたすら語ってニィナが相槌を打つ時間が続いた。
特にニィナのハイテンションぶりが凄まじく、思わずカティアも呆れたように話を止めて指摘する。
「……語ってる私が言うのもなんだけど、すごく乗り気で聞いてくれるわね」
「そりゃボクだって女の子だからねー。こういうお話は大好きさ! それで、そのあとは!?」
「え、ええ。それからは──」
促されるままに彼女は話を続ける。
流石にエルメスの魔法関連のことはぼかしているが、逆に言えばそれ以外のことはほぼ赤裸々に語られていた。
──なので一方、それを聞かされているエルメスはと言うと。
「……………………」
「へぇ……!」
手のひらで顔を覆い、項垂れていた。指の隙間から覗く頬は軽く紅潮している。
あれだ。自分の大立ち回りを一度客観的に聞かされるというのは、想像以上に気恥ずかしいものであったらしい。
なんだかんだで詳しく聞いたことのなかった隣のサラも真剣に聞き入り、時折尊敬の視線をこちらに向けてくるのが逆にいたたまれない。
「すごいですね、エルメスさん」
「……あの、光栄なのですが……普通に恥ずかしいですね……」
そう返すと、サラは少しだけ意外そうに目を瞬かせる。
「エルメスさんでも、照れることはあるんですね」
「それはそうですよ……確かに、人より感情が薄いと思ってはいますが……」
そんな彼の返答を聞いた彼女は、意外そうな顔から──少しだけ親近感を感じさせる微笑みを浮かべて告げた。
「そうですね。……あ、お茶が切れてますね。お注ぎします」
「え、あ、僕の仕事なのでお構いなく──」
「いえ。……わたしは、すごく尊敬しているし感謝しているんです。カティア様にも──あなたにも」
遠慮するエルメスに対し、サラは珍しく少し強めにポットを手に取ると。
「だから……これくらいのことはさせて欲しいです。今わたしがあなたにできることは、できる限り」
「……」
編入時からの献身の理由、その一端を告げて。
丁寧にポットを傾ける彼女の穏やかな、けれど真剣な表情に目を奪われる。
彼の視線を受けてか彼女も顔を上げ。感謝を伝えるようにもう一度柔らかく微笑んで──
「…………サラ?」
そこで。少し冷え込んだカティアの声が横合いから響いた。
はっとした表情で顔を上げるサラ。見るとカティアはなんとも微妙な表情、けれど温度の低い視線でサラを見ており。
その更に横から、ニィナが悪戯げに告げてきた。
「わー、サラちゃん悪い女の部分が出てるー。いけませんねぇカティア様。ちょっと目を離した隙にあなたの大事な従者様に近づく女がいますよー」
「あっ、ご、ごめんなさい……っ!」
「……ニィナ、その言い方もどうかと思うわよ。確かに、ちょっと私たち二人で話し込みすぎたかもしれないわ」
カティアもニィナの発言はからかいと分かっているのだろう、軽く流してカップの中身で喉を潤し、一息つく。
そのまま次の話題に移ろうとするが……そこで彼女は、少し辺りを見回して。
「……なんだか、視線が多いわね」
ふと、そう告げた。
釣られてエルメスも顔を上げて、気付く。
確かに、中庭を通る生徒たちの視線、そのほとんどがこちらに集中している。
そしてその原因も、簡単に当たりが付いた。
「ああ……大変華やかですからね、この場は」
カティア、サラ、ニィナ。三者三様ながら、いずれも非常に人目を惹く容姿をした少女たちだ。それが一堂に会している様子は非常に絵になる、道行く生徒たちが軒並み目を向けてしまうのも納得だろう。
「いつものやつプラス、エル君に対する視線だろうねー。美少女三人とお茶できるあの男子生徒は何者だ! と」
「ニィナ、それは自分で言うことではないわ」
「カティア様の従者、ということを知っている方は少ないですからね……あ、もちろんエルメスさんもお綺麗ですよ!」
「ありがとうございます。ただ綺麗、という評価は男としては喜んで良いか判断に迷いますね……」
前期もこの三人は仲が良かったとのことだから、こういう視線を受けるのは慣れているのだろう。
それに、流石に皆遠巻きに見てはくるが、声をかけてくる生徒はいない。
多分これはカティアの影響が大きいだろう。学年唯一の公爵令嬢、加えてAクラスで様々な男子生徒の誘いを片っ端から断りまくっているという噂も手伝って皆恐れ慄いている様子である。
ともあれ、視線を気にしない方向で行けば。この昼食会もこれまで通り進めることができるだろう──
──と、思ってしまったことがもしかするといけなかったのかもしれない。
「おお、なんだこれは。妖精の花園に迷い込んでしまったかと思ったじゃないか!」
何やら随分と芝居がかった、謎に流麗な声が響いた。
振り向くと、エルメスにとっては見慣れない青髪と紫瞳が特徴の生徒が、ゆっくりと歩み寄ってくるところであった。
「なるほど……察するに、AクラスとBクラスの交流を目的とした食事会だね? 実に素晴らしい。僕もクラス同士、いがみ合うことなく協力できていけたらと常々思っていたからね」
若干的外れなことを呟きながら彼らの近くまでやってきたその男子生徒は、気障な仕草で胸に手を当てて告げる。
「そういうことであれば。Aクラスのクラス長である僕、クライド・フォン・ヘルムートも参加させていただくべきだと思うのだが、どうだろうか?」
「……」
彼の言葉に、カティアは先のサラへの視線とは比べ物にならないほど冷え切った瞳を向けて。
ニィナは、うぇ、と言いたげな露骨に嫌そうな顔を浮かべて。
サラでさえ、若干戸惑いつつも軽く体を後ろに引く。
そして、エルメスは。
(……ええと、どなた?)
名前と役職は先ほど告げられたが、逆にそれ以外のことは一切分からない男子生徒の登場に対しサラ以上に戸惑いを見せる。
……けれど、多分三人の反応からするにあまりいい人じゃないんだろうなとも思いつつ。
一応は見知らぬ生徒として警戒と共に魔法の準備をして、次の言葉を待つのであった。
次回、クライドさん劇場(一人芝居)。
四半期ハイファン表紙に入ることが出来ました。ありがとうございます……!
次の目標は四半期総合表紙です、応援して下さると嬉しいです!




