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9話 称賛

先程も1話投稿してます!

 眼前で、エルメスが宣言と共に倒れ込むのを見て。


(……勝っ、た)


 荒い息を吐きながら、ニィナは思う。

 彼女の見立てもエルメスとほぼ同じだ。もし戦場でこのまま続けていたら、確実に彼を仕留めることはできていただろう。

 代償として至近距離で彼の魔法が直撃、大怪我と戦線離脱は免れないだろうが──ぎりぎり、半々くらいの確率で生き残る。彼のこれまでの魔法の威力から、彼女はそう予想を立てた。

 つまりは、ほぼ引き分け。判定があるなら辛うじて彼女の勝ちだろう。


 ……だが、その結果とは裏腹に。彼女に勝利の実感など微塵もなかった。

 有り体に言えば、勝った気がまるでしない。


 だって──そもそもこの勝負、凄まじく自分に有利な状況から始まっているのだ。

 まずは情報的な優位。ニィナはエルメスの実力や性質をある程度把握していたのに対して、向こうは初見。しかもまさか剣士だとは思っていなかったという予想を外した有利も確実に影響していたはずだ。

 極め付けは戦いの開始位置。魔法使い同士としてはやや近め、自分にしては二、三歩で詰められる距離。詠唱する暇はまず無い、ほとんど彼女の間合いと言って良いだろう。

 魔法使いの生徒が相手なら──否、教員含めてこの学校の誰が相手でも、確実に自分が勝てる状況。彼女を知る誰もがそう思うだろうし、彼女自身それを実現できるだけの自信があった。


 なのに、ほぼ引き分けまで(・・・・・・・・)持ち込まれた(・・・・・・)のだ。


 その事実に、これまでの人生で味わったことのない驚愕と。

 同時にそれを成した彼への賞賛、そんな彼と好勝負を繰り広げられた高揚が彼女の心を覆う。


 ──だが、そんなニィナの気分に冷や水を浴びせるように。


「……は、はは、はははは!」


 戦いを見ていたアルバートの、冷や汗をかきながらの笑い声が響く。


「ど、どうだ見たか諸君! やはりあの平民はトラーキアの威を借る、口だけの輩ではないか。何せ──血統魔法を使えない相手にすら負けるのだからなぁ!」


 彼の言葉に、周りの──主にエルメスを侮蔑する人間から戸惑いつつも賛同の声が次々と上がってくる。

 そう、ニィナに彼を倒させて、彼を貶める。過程はともかく結果だけ見れば、完璧にアルバートの筋書き通りになってしまったのだ。


(……はぁ)


 思わず、ため息をついた。

 仮にもクラスメイトだ。彼らがそうせざるを得ない──それしか、己の心を守る手段が無いことも分かっている。一応は貴族令嬢として、そうする心理もそうするに至った経緯も理解はしている。


 ……だが、それでも、流石に今は抑えてほしかった。

 そして彼に申し訳なく思う。こんな、貴族同士のくだらない茶番に付き合わせてしまったことを。彼らの悪意と、自分の好奇心によって生まれたこの状況のせいで──これほどの好勝負を穢させ、向こうの狙い通り彼の名誉を貶めてしまったことを。


 ……だから、最初は乗り気ではなかったのだ。

 なまじ自分の実力があり、魔法使いにとって天敵になると自覚しているから。高確率でこの状況になってしまうと、始まる前から分かっていたから。

 それでも思ったのだ、彼ならひょっとすると、と。結果的に彼は予想を遥かに超える奮戦を見せてくれた──が、ある意味仕方なく、この状況は結果的に実現してしまって。


「……ごめんね」


 申し訳ない思いを込めて、剣を引いて彼に手を差し出す。


「仕方ないよエル君。あの距離でスタートして、しかも初見だったんだもん。その辺りの不利を考えたならもう実質キミの勝ちだ。ちゃんとボクの方から後でみんなに説明するから──」


 と、正直これもどうかと思うが精一杯のフォローをしようとした時だった。


「? いえ、その辺りは正直、あまり気にしていないのですが」


 意外にも。

 エルメスは、あっけらかんとした表情で。周りの罵声や自分を貶める声など、言葉通り思慮に入れていない顔で。


「そんなことより。ニィナ様」


 彼は自分の手を取って立ち上がると──真っ直ぐニィナだけを見て、目を輝かせ。


「──もう一度、お手合わせ願えませんか!?」


 かなり予想外のことを告げてきた。


「…………え?」


 一瞬呆けるが──案外悪くないかもしれない。

 今の情報を加味してもう一度戦えば、多分今度はそこそこの確率で彼が勝つだろう。そうすれば、『血統魔法を使わない人間に負けた』という不評も多少は緩和されるかもしれない。


「そ、そうだね。じゃあ今度はさっきと同じ条件、あとはもう少し開始の位置を離して──」

「あ、いえ、そうではなく。……差し出がましいかもしれないのですが……」


 しかし、彼女の出した提案に対してエルメスは軽く首を振ると、やや控えめに。



「……今度は、全く同じ条件で。つまり──僕も(・・)魔法を(・・・)使わない(・・・・)状態で、戦っていただきたいんです」



「──はい?」


 今度こそ、本当に虚を突かれた。


「いや……キミほどの人が分からないわけないよね? その条件だと、まず確実に──」

「はい、また僕が負けるでしょうね」


 確認に、平然と彼が頷く。

 つまり彼は、負けることを分かっていて。

 また周りに貶められる要素を増やすと分かってこの提案をしたのだ。一体、どういう──


「でも、その……感動したんです、貴女の剣に。これまで魔法使いとして研鑽を積んできたので、ある意味では軽視していた、武の分野を極めている貴女に」


 けれど彼は、驚くほどに素直な口調で。


「だから、もっと見たいんです。貴女の剣を──今度は全く同じ条件で。僕と貴女の差が、はっきりと分かる形で」

「……あ」


 そこで、ようやく理解した。

 彼は、本当に気にしていないのだ。周りの人間が声高に語っている、名誉だの恥だのと言ったものには、一切。

 今エルメスの頭にあるのは、真に優れたものに対する掛け値なしの賞賛だけ。それをもっと知りたいという好奇心と、それによって自らを高めたいという向上心。本当に、それだけなのだ。


「……そっ、か」


 周りの言っていることを疎むようで、囚われているのは自分だったと気付く。

 それと同時に──この純粋な敬意が自分の剣技に向けられているということ。この魔法至上主義の国、学園では久しく向けてもらえなかった想いに、気恥ずかしさと共に嬉しさが湧き上がる。


「うん、いいよ。むしろこっちからお願いしたいくらい」


 そう思うと、もう躊躇なく返答ができた。


「キミ、格闘術がメインだよね? すごい筋が良かったからさ、ボクも純粋に見てみたいな。──もちろん、ボクの剣も存分に」

「! はい、ぜひ!」

「ああもう、ちょっと照れるからそんな目しないで。……好きになっちゃうよ?」


 最後は少しだけ、悪戯げな笑みを取り戻して。

 二人はもう一度、真っ向からぶつかった。今度はより純粋な形で。


 当然、先ほどまで以上にエルメスは圧倒される。なんなら派手に転がされ、何度も剣を突きつけられる。

 けれど、彼は悔しそうにしながらも楽しそうで。ニィナも最初の気乗りしない様子はもう欠片もなく、純粋な高揚と共に剣を振るう。




「……なん、なのだ、あいつは……!」


 そんな、二人の様子を。

 この状況を作り出した原因の男子生徒──アルバートは、苦々しい視線で見ていた。


 彼にとってエルメスは、本当に理解できない存在だった。

 かつて神童と呼ばれていても、所詮は追放された存在。そうたかを括って初日にちょっかいをかけたら、圧倒的な魔法の技量で返されて。

 自分たちが成すすべの無かった教員の横暴にも平然と反抗し、救われたようで尚更腹立たしく。

 そして今。普通の貴族なら恥のあまり縮こまって然るべき状況を狙い通り作り出したにも関わらず──むしろ嬉しそうに、自分たちからすれば恥の上塗りとしか思えないことをやっている。


 ……本当に、なんなのだ。


 彼のそんな態度、振る舞いを見ていると何故か。

 自分たちの方が、魔法に選ばれた存在であるはずの彼らの方が、取るに足りないような存在に思えてきて。

 でも、認めるわけにはいかなくて。


 もう一度エルメスを見る。腹立たしそうに、忌々しそうに──けれど、どこか憧憬のようなものも微かに混じった視線で。

 周りの生徒も、似たような表情で彼を……二人の様子を見ていた。

 唯一サラだけは、どこか納得したような感情と、他の皆以上の強い憧憬を宿して。


 結局、授業が終わるまで。

 クラスの全員が、二人の──文字通り演武のような戦いを。

 様々な感情と共に、見続けることになるのであった。

新ヒロインニィナ、予想以上に好評だったようでとても嬉しいです……!

また、先日レビューも何と二件頂いてました! 本当にありがとうございます!!


次回はカティア様のいるAクラスのお話になりそう。やばいやつも出る予定!

これからもお楽しみにしていただけると光栄です!

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― 新着の感想 ―
[一言] ニィナのセリフはただの小悪魔ではなくアレに繋がっていることに2週目で気づいた すごい伏線
[気になる点] パワーレベリングがちょっとおかしい気がします。 対人となると途端に弱くなる主人公に?です。
[一言]  まったく空気嫁よ。ア……ア……名前なんだっけ?  あ、そうだ、アホバート君!
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