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7話 模擬戦

お昼にも1話更新してます!

 魔法演習。

 その名の通り、教室外の広い場所で魔法の力を演習形式によって高めるための授業──なのだが。


 まず大前提として、この国は血統魔法を特別視しており魔法の鍛錬を重視しない傾向にある。

 加えて貴族の持つ血統魔法は千差万別。当然効率的な鍛錬方法も多岐に渡り一様化が難しいこと等から、そもそもカリキュラムを組みようがあまりないのである。

 従って。


「──では自身の能力に応じて二人、或いはそれ以上で組んで実戦演習を行いなさい。きちんと自分の鍛錬となる相手を選んで行うことだ」


 という、聞こえこそいいがつまるところ、『適当に二人組を作って戦え』という極めて生徒に丸投げした内容となっているのだ。


(……なるほど)


 あまりの雑さを嘆くべきなのか、それとも最低限演習の形態だけは保っていることを喜ぶべきなのか。

 ……まあ、今の自分にとっては後者か。そうエルメスは分析する。


 何せ、彼が学園に通う最大のメリットがある意味これだ。

 生徒たちが魔法での模擬戦を行う。つまり、生徒たちが魔法──血統魔法を行使する。



 すなわち、存分に血統魔法を観察、解析できるのだ。



 これ以上の機会は、きっとない。

 ……そして色々とあれだが、ある意味その目的を果たすためには適当に戦っても問題ない相手の方が良かったりするのだ。

 そんな彼にとって望ましい条件を満たし、事情も理解してくれる相手となると。


(──まぁ、サラ様かなぁ)


 結局彼女ばかりに頼りきりになって申し訳ないと思う。

 いずれ何らかの形でお礼はするべきだろうと考えながら、彼女に声をかけようとするが──


「サラ嬢!」

「サラさん、宜しければ私のお相手を」

「貴女の魔法は素晴らしい、是非また一度見せてもらいたいのです!」


(……あー)


 彼女は大人気であった。

 主に男子生徒たちから、魔法を見たいとの名目に何か別の目的も混じった誘いを熱烈に受けている。

 流石にあそこに割って入れる気はしない。なるほど、彼女がクラス内でどう扱われているかが大体分かった気がする。


 ……しかし、そうなると。

 ひょっとすると、現在腫れ物扱いのエルメスと組んでくれる人は誰もいないのではないだろうか。


(……あれ?)


 これは、実はまずいのではないか。

 いや、別に組まなくても良いのならそれでいいのだが、流石に現時点でこれ以上変なことはやめた方が良いのではとも思う。

 そうなると、少なくとも組は作るべき。だがやはり組んでくれる人が──と謎の焦りを覚えかけた時。


「ふん。なんだ平民、相手がいないのか?」


 覚えのある声が、今度は自分に向かってかけられた。

 振り向くと案の定、歩いてくるのは例の初日エルメスに魔法を放った男子生徒。名前は──


「──アルバート、様」

「貴様に名で呼ばれることを許可した覚えはない」


 男子生徒、アルバートは彼の返答に、不機嫌そうに唇を歪める。


「それで? 相手がいないように見受けられたのだが」

「……ええ。まさか貴方が組んでくださるので?」

「なぜ俺がそうせねばならん。俺は既に相手が決まっている」


 じゃあ何故わざわざ話しかけてきたのか──との疑問は、次の彼の言葉で明らかになった。


「貴様には組むべき相手を教えにきてやったのだ。──いるではないか、まだ相手のいない生徒が、そこにも」


 そう告げて、アルバートが指さす先には。


「……うぇ、ボク?」


 何故か授業に参加せず、隅の木陰に腰掛けている。

 先ほど話した少女、ニィナがあまり乗り気でなさそうに答えるのだった。




 勿論、彼女が隅の方で見学していることには気付いていたし、何ならどうしてそうしているのか本人に直接聞いた。

 その答えは──


「そういうわけだ、ニィナ嬢。……そもそも俺はお前が授業を怠けていること自体常々気に食わんと思っていたのだが」

「そんなこと言われてもさぁ、キミも知ってるだろ? ──ボクは(・・・)家庭の(・・・)事情で(・・・)血統魔法の(・・・・・)公開が(・・・)禁じられてる(・・・・・・)、って」


 そうなのだ。

 血統魔法はこの国の封建制を支えている根本の魔法。

 だがそうであると同時に──その家にとって血統魔法は、一家に伝わる秘中の秘でもある。

 切り札を、他家の目に触れさせたくないと考える家も無くはないのだ。


 そのため、その子息が学園等で血統魔法を使用することを制限、もしくは完全禁止する。

 つまり──今のエルメスと同じようなことをやっている家が一定数存在する、というわけである。

 その完全禁止の例であるのがニィナだ。そのため今回の演習は仕方なく──いや、本人は割と乗り気で見学、というかサボっていたのだ。

 そんな彼女は、アルバートの要請に面倒そうな顔を見せる。


「血統魔法が使えないんじゃ魔法演習に出る意味ないでしょ? そもそもそんなボクがエル君と戦えるわけないよ。彼、多分すごく強いよ? 魔法対決じゃボクなんて瞬殺されて終わりだって」

「そうとは限らないだろう。──魔法対決で(・・・・・)なければな(・・・・・)


 しかし。

 ニィナの言葉を、アルバートは奇妙な言い回しで否定した。

 その言葉に、ニィナの目がすっと細まる。まるで、『それを口にする意味を分かっているのか』とでも言いたげに。

 彼女の視線を受けたのち、アルバートは周りを見渡して告げる。


「なぁ、皆も知りたいとは思わないか? このトラーキア家の威光を笠に着て編入してきた平民が、果たして如何程の実力なのかを!」


 彼の声に応えて、ちらほらと賛同の声が上がり始める。……主に、エルメスを今日も蔑んでいるクラスメイトたちから。


 ……実力を確かめたいなら自分が来いと思わなくもないし、そもそも魔法演習で魔法の使用を禁じられているニィナをぶつける意味がわからない。

 何もかも不明だが──とにかくアルバートはこの授業にかこつけて、エルメスとニィナを戦わせたいようだ。

 どういう意図かエルメスにはさっぱりわからなかったが……


「……そういうこと」


 ニィナには把握できたらしい。どこか呆れたように嘆息しつつ、暫し迷っていたが──


「分かったよ、キミの口車に乗ってあげる。……個人的にも、ちょっとだけ気になるしね」


 何故か、最終的には頷いてエルメスの方まで歩いてきて向き直る。


「ごめんねエル君、変なことに巻き込んで。そういうわけで、ちょっとボクと模擬戦してくれない?」

「どういうわけか本気でさっぱりなのですが……とにかく手合わせですね? そういうことなら」


 戸惑いつつも、元より試合形式の戦いは好きなエルメスだ。とりあえず了承して彼もニィナの方を向く。

 ……彼らがこの場を整えた理由等、色々と気になることも確かめたいと思ったし。


 いつの間にか周りの生徒も模擬戦をやめてこちらの方に観戦にやってきた。いやそれはまずいだろう、教員は何を──と思ったら既に居なかった。まさかの生徒に完全丸投げである。大丈夫かこの学校。

 そんな彼のところに、今度はアルバートから得意げに声がかけられる。


「おい平民。知っての通りニィナ嬢は血統魔法を使えない。しかも令嬢相手に、お前だけ血統魔法を使うなどという恥知らずな真似はしない──」

「アルバート君。それ以上はちょっと黙ってくれるかな?」


 嬉々としてエルメスの手札まで制限しようとしてくる彼に、しかし今度はニィナの声が浴びせられる。

 これまでの彼女の印象とは違う、少し冷たい響きを孕んだ声。思わずアルバートも気圧されて黙り込む。


「改めてごめんね、エル君。……お詫びって程でもないけど、一つ忠告するね?」


 静まり返った屋外の中心で、ニィナがエルメスに話しかける。


「魔法は使ってもいいよ。というか使うことをお勧めする。じゃないと──絶対、ボクが勝つから」

「……え」


 その断言に、エルメスが目を見開くと同時。

 ニィナは懐から折り畳み式の金属を取り出す。それに魔力を込めて、簡単な地属性の汎用魔法をかけた。


「……ボクはね、自分でも結構適当だっていう自覚あるし、割とふわふわ手を抜いて生きてきたけどさ」


 結果、金属塊が変形する。そうして彼女の手に握られたのは、誰もが良く知る──



「──(これ)だけは、絶対に手を抜かないって決めてるんだ」



 剣士。

 彼女の本質を把握すると同時だった。


「それじゃ、行くね?」


 流れるような構えを取ったかと思うと、彼女はゆらりと体を前に倒し──



 ──消えた。



 そう錯覚するほどの神速の踏み込み。一瞬にしてエルメスの懐に潜り込んだニィナは、踏み込んだ力を溜め上方への勢いに変換し。

 音すら斬り裂くような、逆袈裟の一撃を放つ。


「!?」


 本当に辛うじて、エルメスは反応した。

 完全回避は最早不可能。そう刹那のうちに判断すると、剣閃とは逆方向に飛びつつ剣の軌道に右手を置く。同時に強化汎用魔法で光の壁を展開。極限まで圧縮して右手の甲に置き、稲妻の如き剣閃を完璧なタイミングで受けて。


 それでも尚、腕が千切れ飛ぶのではないかと思うほどの衝撃が襲った。


 限りなくギリギリの弾き(パリィ)。当然衝撃を逃すことなどできず、思いっきり後方に弾き飛ばされる。距離を取るため敢えて逆らわず後ろ飛び、一回転して地面に着地。どうにか仕切り直しまで持っていった。


(──なる、ほどっ)


 アルバートたちの狙いがもう分かった。

 彼らは知っていたのだろう、彼女がこの魔法学園では異端も異端、魔法使いではなく無類の剣士であることを。

 初見ではまず対応できないと踏んで、彼女に自分を倒させるつもりだったのだ。その上で『血統魔法を使っていない人間にすら負けた』だの何だの言ってエルメスの評判を地に叩き落とすとかそういうところだろう。

 ……こういう思考がすぐに出てくるあたり、エルメスもある意味この国に慣れてしまったのかもしれない。

 だが。


 そんなことは(・・・・・・)もう(・・)どうでもいい(・・・・・・)


 何故なら。


「──すごい」


 見惚れたからだ。彼女の剣に。

 かつてローズと出会った時に迫る程の、極限を見た感動だけがエルメスの胸中を占めていた。


 彼自身、近接対策として多少の徒手格闘を学んでいるからわかる。

 彼のそれが児戯に思えるほどの。極め抜かれた一切無駄のない、あまりにも美しい剣閃。

 これを成すためにどれほどの修練を積んできて、今も尚どれほどの鍛錬を欠かさずにいるのか。

 魔法使いである彼には片鱗しか分からないが、その片鱗だけでも彼の心を圧倒する。

 最早眼前の少女に、敬意を示すことに欠片の躊躇もありはしなかった。


 そしてそれは、向こうも同じだったようで。


「……すごいな」


 ニィナが呟く。最大限の驚愕と──それすら上回るほどの、確かな高揚を宿した顔で。


「初見の相手を、初撃で決められなかったのは学園じゃ初めてだよ。しかも魔法使いをこの距離で。……ふふ、ごめんね、見くびってた。

 ──キミ、めちゃくちゃ強いじゃん」

「こちらも甘く見ていました。『魔法抜きなら絶対に勝てる』との言葉を正直疑っていましたが申し訳ない。

 今度はこちらから言わせてもらいます──魔法使わないと絶対に勝てないな、これは」


 でも、今はもう違う。

 あたかも達人同士が一太刀で互いの力量を把握するように、二人は認め合い、向かい合う。


 下賤なくだらない思惑を外され、エルメスが地に這いつくばる期待を裏切られ。

 呆けた顔を晒しているアルバートのことなど、最早二人の頭にはない。

 まだ模擬戦の決着はついておらず、ならばやることは一つとばかりに。

 奇しくも力を制限されて学園に通う者同士が、それでも全力で戦える相手を見つけた喜びを胸に。


 二人は同時に、地面を蹴ったのだった。

というわけで、改めまして。

新ヒロイン、近接最強系銀髪ボクっ娘のニィナです! 尚まだ属性は増えます!

彼女も第二章で活躍予定、好きになって下さると嬉しいです……!

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― 新着の感想 ―
ぶっちゃけ落ちこぼれクラスでなにイキってんの?としか思えないよね
[良い点]  二人とも楽しそう。 [一言]  こうやってまた誑し込んで行くのね!
[一言] 剣士ニィナの血統魔法なら レーヴァティン強化フラグかな
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