6話 クラスメイトの少女
翌日。
エルメスが所属するBクラス、クラスメイトたちのエルメスに対する反応は──大別して二通りに分けられた。
一つは傍観。この中で一番身分の低い平民、けれど編入初日に見せた高い知能や得体の知れなさからとりあえず距離を置こうという反応。
そしてもう一つが──今と変わらない、侮蔑だ。
特に、エルメスに最初の朝礼でいきなり魔法を浴びせかけようとしてきた男子生徒、それを筆頭として今もひそひそとエルメスの悪評を推測する会話がそこかしこで聞こえてくる。
正直言うと、もう慣れた。なのでしれっと聞こえないふりをして席につく。
……また、そんな中。
他のクラスメイトとは違う反応をするものも居る。
「……え、エルメスさん……っ」
彼の隣に座るサラがそうだ。
「その……何か、わたしにできることはありませんか……?」
彼女は昨日の一件を気にしてか、単純に順調に孤立しつつあるエルメスのことを放っておけないのか。
先日以降、こうやって積極的に話しかけてくれる。言葉通りとにかく何かをしてあげたいと言ったような、どこか切実な雰囲気も漂わせて。
……流石にそこまで言われると、むしろ何も無いと断る方が申し訳ないような気がして。
「では……本日の授業、具体的にどういうことをするのか分からない教科がいくつかありまして。その辺りを概要で良いので教えていただけますか?」
「は、はい……っ!」
そう告げる。
すると彼女はぱっと顔を輝かせる。嬉しそうに、少しだけ彼の方に身を寄せてきて。
「では、まず2限目の──」
「──サラ嬢!」
しかし、そこで前方から大声が響いてきた。
サラがびくりと体を震わせて反応すると、歩いてくるのは大柄な男子生徒。
──初日にエルメスに魔法を放った件の生徒だ。
彼はサラの前で威圧的に立ち止まると、けれど粗野な印象とは裏腹に比較的丁寧な所作で用件を告げる。
「来月の学園祭の件だ。クラス長の意見を仰ぎたい点がいくつかある、来ていただけるだろうか」
「え、それは……」
普通に真っ当な用件に、サラはエルメスとその男子生徒を交互に見やる。どちらを優先するか少し迷った様子だったが──
「そちらに行ってください、サラ様。僕の方はお構いなく」
躊躇いなく彼はそう告げる。彼のこれはあくまで個人的な頼みだ、クラスの用件とあればそちらを優先すべき。
彼女もそれは分かっていたのだろう、申し訳なさそうに頭を下げると、席を立って呼ばれている方に向かう。
それを見送ってから、男子生徒はエルメスの方に振り向いて。
「……平民が」
不快そうに、そしてどこか悔しそうに顔を歪めて吐き捨てると、サラを追いかけて行ったのだった。
「……」
……こうまで露骨な敵意を向けられるか。
そう思い、軽く嘆息しながら席に着いたその時だった。
「──やぁ。大人気だね、キミ」
どこかからかうような口調が、反対方向から聞こえてきた。
振り返ると、サラとは逆の隣の席。頬杖をつき、愉快げな微笑と共にエルメスを見つめる少女がいた。
──昨日のガイスト伯爵の件で、的確な要約で伯爵にとどめを刺した女生徒である。
短めに切り揃えられた赤みがかった銀髪に、吸い込まれるような深い金の瞳。どことなく猫を思わせる端正な顔立ちに人懐っこい表情。華奢な手足に対し、比較的女性的な体つき。
人を惹きつける美しい外見に加えて、どこか親しみを覚えるような雰囲気。そんな第一印象を与える少女だった。
「貴女は──」
「ああ、自己紹介がまだだったっけ。ボクはニィナ・フォン・フロダイト。ニィナでいいよー。一応家は子爵だけど、クラスメイトだし。敬語じゃなくても構わないよ?」
「……これはご丁寧に。エルメスです、親しい人間はエルと。敬語に関しては癖のようなものなのでご容赦を、ニィナ様」
「あはは、そんな気はしてた。……でもそっか、やっぱりキミがエル君なんだね」
「おや」
彼のことを知っているような口ぶりだ。問いかけると、女生徒──ニィナは軽く笑って。
「カティア様から一回聞いたことがあったんだ、小さい頃離れ離れになったエルって男の子がいたこと。それでキミの名前と、トラーキア家の使用人って話を聞いてピンときたんだよ」
納得した。Bクラスだった時カティアと仲の良かった子なのだろう。
頷くと、ニィナは逆に少し不思議そうな顔をして聞いてきた。
「と言うかさ。気にならないの?」
「え?」
「ほら、ボクの呼び方とか口調とか。初対面の人はだいたい不思議に思うんだけど」
「──ああ」
確かに、貴族令嬢としては中々に特徴的な口調である。
だが彼はそれ以上に特徴的な口調をする元王族の師匠を知っているので、さほど驚きはなかったのだ。
「変わっているな、とは思いましたがそこまでは。事情をお聞きした方がよろしかったですか?」
「いやー、言っても大したことじゃないんだよね。家庭の事情で小さい頃に慣れちゃったってだけ。むしろさらっと流してくれて嬉しいよ」
「なるほど……そう言えば昨日の件、ありがとうございました。あのまま僕が言い続けてもはぐらかされていた可能性が高かったので」
「ああ、あれ? ふふ、律儀だねぇ。気にしなくていいよ、流石のボクでもクラスメイトがああまで言われているのは気分が良くなかったし。むしろ流れを作ってくれてこっちが感謝だ」
……正直、非常に話しやすい。
印象通り人懐っこい性格なのだろう。サラ以外に偏見なくこちらと話してくれる人間は貴重で、つい話し込んでしまいそうになるが──
「……しかしニィナ様、宜しいのですか?」
「ん? 何が?」
「その、お恥ずかしながら僕はこのクラスで腫れ物扱いされています。あまり親しくするとその人にも悪影響があるものだ、と聞き及んでいますが」
「……ああ、それねぇ」
そう告げると、ニィナはどこか苦笑じみた表情を見せる。
「みんなの気持ちは分からなくもないんだけどね。……正直、ボクとしては割とどうでもいいんだ。ボクは子爵令嬢だけどお兄様いるし、この口調のせいで貰い手も少ないだろうしねー。名誉とかそんなのはあんまり。のんびり気ままにゆるゆる生きたいタイプです!」
「……なるほど」
こちらも釣られて苦笑する。
どうやらこの少女、口調だけでなく性格も比較的ローズに近しいタイプらしい。
そう思っていると、ニィナが気を取り直して顔を近づけてくる。
「それよりも、ボクは今キミに興味がある」
「興味、ですか?」
「そだよー? あの基本的に心を開かないカティア様が従者にするくらい信頼してて、Bクラスの聖女サラちゃんからも特別気に掛けられてる。気付いてる? そのおかげでキミ嫉妬がすごいよ。ぶっちゃけ男子生徒に嫌われてる理由の半分くらいそれだと思うよ?」
「──え」
何やら聞き捨てならない情報を聞いた気がするが、言及するよりも早く再度ニィナが口を開く。
「それに、何より」
そして彼女は、これまでの雰囲気とはどこか変わった様子を見せる。
微笑みつつも目を細めて、どことなく妖艶な気配を身に纏って告げた。
「──キミ。本当はものすごく強いよね?」
軽く瞠目する。
「……それは、どういう意味での『強い』でしょうか」
「んー、一番は魔法的な意味? だってキミ、編入した時自己紹介の後、結構とんでもないことやってたよね。アルバート君を始め三人の汎用魔法を同時にノールックで防いで、しかも全く同じ魔法を返すなんてさ。流石にボクも無理、というかこの学校にできる人居ないんじゃない?」
……気付いていたのか。
驚く。エルメスもあの場で全て理解できたのはサラくらいのものだと思っていたから。
「正直なところ、キミの魔法の効果がそれだけってのもちょっと不思議なくらい。まだ何かあったりとか?」
「……」
割と冷や汗が出そうになる。あまりにも鋭い。
だがそこでエルメスの気配を感じ取ったか、ニィナが慌てて両手を胸の前で振る。
「あ、ご、ごめんごめん! 別にキミの秘密を暴こうとかそんなことは思ってないから!」
「……そうなのですか?」
「うんうん。誰でも多かれ少なかれそう言うのはあるし。……と言うか実はボクの魔法もその類だし」
少々気まずそうに告げてから、軽く咳払いして気を取り直すように。
「とにかく、気になってるよってことを伝えたかっただけ。……それに、ひょっとするとこの後にその一端は見られるかもだしね」
「え? この後、って──」
エルメスが本日の時間割を思いだし、心当たりに行きあたると同時。
ニィナも先ほどの笑みを取り戻し、興味深そうに告げてきた。
「そ。1限目の『魔法演習』。楽しみにしてていいかな?」
というわけで新キャラ、ニィナの登場です!
作者的にはかなり攻めたキャラデザインにしたつもりです、気に入って頂けると嬉しいです!
彼女のもう少し詳しい紹介がてら、夜にもう一話更新します~。




