11話 出立
迷宮攻略が終わってからは、特筆すべきこともなく。
その後ローズは公爵家でエルメスと、そしてあの一件で少し打ち解けたらしいカティアと魔法研究や歓談等をして過ごし。
数日間の滞在を経て、ついに彼女が家に帰る日がやってきて。
「嫌だぁ──────っ! 離れたくない!!」
……案の定、こうなるのであった。
恐らくお察しとは思うが、現在ローズは見送りをするはずだったエルメスに正面から抱きつき、胸元に顔を埋めて駄々っ子の如く首を振っているところである。
「師匠。その、困ります」
「あたしだって困るんだよぉ! 考えてもみろ、一月も離れ離れだった愛弟子と、数日の再会だけでもうお別れしなければならないんだぞ!? あまりにも惨すぎる、悪魔の所業としか思えない!」
「最初からそういう予定だったでしょうに……」
離さぬとばかりに抱きつく力を強めるローズ。強引に振り解くのも躊躇われて、言葉通り困っていると。
「……エル。あなた本当、お師匠様には甘いのね」
呆れと、若干の不満を乗せた嘆息を吐きつつ。カティアが近づいてきた。
「ローズ様、エルは今はうちの使用人です。お気持ちは分かりますが……」
「む、カティア。何だよー、さりげなくマウントとってくるじゃないか」
彼女の言葉に、対するローズも不満げな表情を見せると。
「エルから離れたくないのはこっちも分かるけどな? こっちだってあれだ……というかそうだ、いいこと考えついたぞ」
「……あまり聞きたくないのですが、どうぞ」
「カティア、お前もうちにくればいいんだよ。それで万事解決だろ?」
「…………ええと」
「なーいいだろー? 三人で一緒に暮らそうぜ、あたしが面倒見てやるからさー」
「……まず、面倒を見られる側になるのはあなただということだけ突っ込ませていただきますね」
ローズの提案に表面上は冷静を保ちつつ。
されど『三人で暮らす』という点に若干揺らいでしまうカティア。
「ローズ、あまり子供たちを困らせないでくれるかい」
何だか収拾がつかなくなりそうだったので、ここで公爵家当主が動く。
「二人は来週から学園に通う、その準備もしなければいけないんだよ」
「ユルゲン、お前もか。……学園って何だよー、あんなところに通う意味なんてあるのかよー」
「通う意味がある場所にできるよう、今頑張っているんだ」
どうやらローズは魔法学園に対して良い思い出がないらしい。……まあ、彼女の性格を考えれば妥当だろうが。
しかし、迷いなく返されたユルゲンの言葉に彼女は黙り込む。
「君にとって楽しいとは言えない場所だったかもしれないけど、子供たちには紛れもない、青春の場だ。……それを奪うのは、君も本意じゃないだろう」
「……むぅ」
少し拗ね気味に俯いてから、ローズは顔を上げる。
視界に入るのは、愛弟子の困ったような顔。
「……分かったよ」
エルメスがローズに甘いように、何だかんだでローズも、エルメスの不利益になることは絶対にしたくない。
不服そうにしつつも、彼女は体を離す。
「けど、また絶対来るからな? というか、たまにはお前からも来てくれよな?」
「ええ、それは勿論。お暇をいただき次第」
上目遣いでの懇願に、エルメスは微笑みながら頷くと。
「それに、『例の魔道具の件』もご協力させていただきますから」
「!」
続いて彼が発した言葉に、既に知っているカティアとユルゲンが反応する。
「ああ、これのことな?」
そう言ってローズが取り出したのは、ぱっと見ではただの綺麗な手のひらサイズのクリスタル。
ただし、よく見ると内部に恐ろしく複雑な素材が詳細に詰め込まれているのがわかる。
その物体の正体を、エルメスは告げる。
「……人工魔道具。正しい意味でのアーティファクト。そのクリスタルの効果は──『声を一瞬で届けられる』でしたね?」
「その通り。つまりこれがあればどれだけ離れていても、いつでも、どこでも! あたしはエルとお話ができるってことだ!」
彼らがここ数日魔法研究をしていた対象はそれだ。
魔道具自体は人の手で作れないことはない。ただ、その効果は大抵ささやかで限定的。
今ローズが語ったような効果を持つ魔道具は──それこそまさしく、古代魔道具に匹敵する。
血統魔法によって魔法自体の使用を制限されている彼女が、ここ5年で見つけた新たな可能性だ。
師弟の会話を聞いて、ユルゲンが頭を押さえる。
「……つまり、『離れた場所の情報を一瞬で届けられる』ってことだよね。……それが人工で生産できたとなれば一大事だよ。軍事に転用すればどれほど凶悪なものになることやら。その辺り理解しているかい?」
「理解できんし知らん! そもそも予想設計では、かかる魔力が膨大すぎてあたしとエルくらいしか扱えん。それで十分だし、そこを削る意味もないからな!」
迷いなく、ローズは断言する。
そもそも彼女がこれを作ろうと思い立ったのは、ただただ『離れていても愛弟子と話したい』の一心なのだから。
けれど、これが彼女だ。
彼女は──いや、彼女たちは。この師弟は。
こうして、自らの想いを正しく糧として、どんな高い壁でも乗り越えようとする人種なのだ。
「……そういうわけだ、カティア」
最後に、ローズは少女の方を向いて、微かな挑発を含ませた笑みを浮かべて。
「あたしたちは進むぞ。この先も、ずっと。──ちゃんとついて来れるのか?」
ここでの交流で、ローズはカティアの想いを理解した。
その上での問いかけ。カティアもまた、ローズを知った上で答える。
「……望む、ところです!」
返答に、ローズは満面の笑顔を見せると。
「──よっし、そんじゃ行くか。……大好きだぞ、二人とも!」
「!」
「ちょっ」
最後に、両腕でエルメスとカティアを抱き寄せる。
エルメスは微かな驚きを見せ、カティアは急な抱擁と──あと、必然的にエルメスとも密着することになってしまったことから頬を赤く染め。
けれどローズは離すことなく。そのまま数秒、自身の体温を伝えてからゆっくりと抱擁を解いて。
「じゃあ、またな。学校楽しめよー」
当初と比べれば存外すんなりと、子供たちに手を振って。
来た時と同じようにフードを目深に被って、公爵家を去って行った。
「……嵐みたいな人だったわ」
ローズの姿が見えなくなってから、ぽつりとカティアは呟いた。
我ながら的確な比喩だと思う。こちらの都合など一切お構いなしに振り回して、思うがままに暴れまわって。
──けれど、最後には爽やかな風を残して過ぎ去っていく。
「色々あったけれど──あなたが師と慕うのも良く分かった気がする」
「それは……何よりです」
彼は、穏やかにそう告げる。
やはり師への賞賛は、心から嬉しいのだろう。……きっと王都では『魔女』と恐れられている彼女の悪い噂も色々聞いていただろうし、尚更。
その気持ちは、カティアも分からなくはない。
…………ただ、やっぱり。
そんな彼の表情が自分以外に対して向けられていることに対しては、思うところもあったし。
あと、ここ数日間嫌というほど見せつけられた師弟のスキンシップには何というかこう、若干の羨望めいたものを感じないこともなかったというか。
なので、彼女は。
「……エル、お茶するわよ。二人で」
「え。今からですか?」
「今から。ほら、早く」
彼を急かす。……彼女にしては一歩踏み込んで、彼の手を握りつつ。
「その、来週からのことについても話さないといけないし……あと、ここ最近、二人で話せてなかったし」
控えめに告げられた、後半の一言。
聞いてか聞かずか、彼は軽く笑って、手を引かれるままに家に戻り。
公爵家の日常が、また戻ってきたのだった。
夜にもう一話更新します!




