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10話 確実に

 戦いを続ける、エルメスの元に駆け寄る。

 彼は白熊二体を相手に、ほぼ互角の戦いを繰り広げていた。当然防御に徹してはいるし、徐々に細かな傷も蓄積している。

 ……だがそもそも、先ほどまでは二人がかりで苦戦していた相手に単騎で渡り合っている時点でおかしいといえばおかしい。

 それを可能にしているのは、やはり彼の手札の数。そして異常な学習能力だろう。


 追いつけないと、思っていた。

 実際そうなのかもしれない。確かな足跡を凄まじい速度で積み上げる彼に対し、今の自分ができることはひどく少ない。


 ……でも。

 それは決して、自分の歩みを止める理由にはならないのだ。



「──【終末前夜に安寧を謳え 最早此処に夜明けは来ない

    救いの御世は(うつつ)の裏に】」



 唱える。

 自分の魔法。自分が授かった、最も自分の体に合った魔法。

 ……きっと、無意識のうちに下に見てしまっていたのだろう。

 彼の『原初の碑文エメラルド・タブレット』と比べて。あの自在性を羨んで、自分のはただ一つの効果しかもたない制限された不自由なものだと。


 それはきっと、失礼なことだ。

 この魔法を誉めてくれた彼に対しても。そして、かつて素晴らしい願いの果てに生まれ、自分の身に宿ってくれたこの魔法に対しても。


(……ごめんなさい)


 心中で、謝罪を一つ。

 彼女は反省と感謝、そして敬意を込めて。もう一度、その魔法の銘を呼んだのだった。



「血統魔法──『救世の冥界(ソテイラ・トリウィア)』」



 かくして現る、霊魂の群れ。

 その数も、発する魔力も。以前の決戦時に見せたものと今は遜色なく。

 そんな霊魂たちが、二匹の魔物に殺到する。


「!」


 エルメスが気付いて、白熊の魔物と距離を取る。魔物が気付いて追撃してくるが、幽霊兵たちの妨害によって苦もなく抑え込まれていった。


「……カティア様。魔法の様子を見れば分かりますが──もう大丈夫なので?」

「ええ、迷惑をかけてごめんなさい。……あなたのお師匠様、本当にすごい人ね」


 その言葉を述べると、エルメスは一瞬驚いた顔をしたのち、師を褒められたことに対して嬉しそうに微笑んだ。

 ……少しむっとしなくもなかったけれど、ここは我慢だ。


「そのお詫びと言っては何だけど……あいつらを抑え込むのは、任せてちょうだい」

「!」

「例の剣で片をつけるんでしょう? なら準備に集中して。それくらいの時間なら──稼いでみせるわ」

「……分かりました。では、お言葉に甘えて」


 彼も、大丈夫だと判断してくれたのだろう。

 一礼し、魔法の生成に集中すべく一旦下がるエルメス。

 そして残される、カティアと白熊の魔物たち。幽霊兵を蹴散らして術者のカティアに向かってくるが、彼女も負けじと新たな霊魂を派遣して均衡を保つ。



 ……今までは、これだけでは足りないと思っていた。だからきっと、新しい何かが必要だと思っていた。

 でも、違う。必要か否か以前の問題で──そんな都合の良いものは無いのだ。

 何の準備も、何の覚悟もなく。ただ足りないと思った瞬間に分かりやすい力が降ってくることはない。


 そんなものを望むくらいならば、今自分ができることに集中しよう。

救世の冥界(ソテイラ・トリウィア)』。耐久力に優れた霊体を無数に召喚する魔法。その精度を高め、僅かでも多く時間を稼ぐ。

 当然、基礎的な部分も手を抜かない。魔力の伝達は淀みなく。魔法の操作は細部まで。出力にも手を抜かず。


 ──その上で想いを乗せてこそ、この魔法には意味があるのだ。


 願う。今自らを襲う脅威から自分を、そして彼を守れる力を。一歩だけで良い、今までの自分よりも先に進むための想いを。

 そうして思い返されるのは、先程聞いたローズの言葉。


『……お前さ、エルのこと好きすぎだろ』


「……うるさいわね」


 苦笑とも拗ねともつかない表情で、彼女は呟く。

 きっと聞こえてはいないだろうけれど、何となく言わずにはいられなくて。

 想いを燃やしつつ、彼女はその言葉に返答したのだった。



「とっくに知ってるわよ、そんなこと」



 そして、眼前で白熊と幽霊兵の壮絶な戦いが行われて、その果てに。

 ……多分、エルメスが今までの戦いで多少削ってくれたのもあったのだろう。

 想定以上に手間取りつつも、白熊たちは霊魂の壁を突破して、カティアの元へと迫りくるが。



「術式再演──『灰塵の世界樹(レーヴァテイン)』」



 もう、十分だ。

 完成した。この二体を一息に屠りさるには十分な火力を持つ、彼の切り札が。


「お待たせしました」


 カティアと入れ替わりに、魔物たちに向かって飛び出していくエルメス。

 その手には、凄まじい熱量を放つ紫焔の剣。

 後は彼に任せて大丈夫。そう判断して、彼女は静観の構えを取った──が。


「!?」


 そこで、驚くべきことが起きた。

 予想外の行動をしたのだ、白熊の魔物たちが。

 彼の持つ剣が、自分たちにとって脅威になりうることはあの魔物たちも把握したはずだ。

 なのに、その上で。白熊の一体が、引くでも身を固めるでもなく──エルメスに向かって突っ込んでいったのだ。


 どう考えても自殺行為。あの剣を振われる前に潰そうという意図なのかもしれないが、それにしては距離が開き過ぎている。まず確実に至近距離で紫焔の一撃を受け、あの一体は確実に焼き払われる──


「──まさか」


 カティアは気付いた、あの魔物たちの狙いに。

 犠牲になる(・・・・・)つもりなのだ(・・・・・・)、二匹の魔物のうち一匹が。

 あの剣を防ぐことは不可能。そう判断して、二匹まとめて焼き払われるくらいならば、一匹が犠牲になって確実に初撃は抑えようとする狙い。

 実際この距離感であれば、本来拡散するはずの紫焔の一撃は全て白熊の体に阻まれる。後ろで控えるもう一匹にまでは届かない。

 そして一撃を加えた隙を突いて、後ろのもう一匹が仕留めるつもりだ。


 まずい、と思った。

 カティアは知っている。あの剣は火力こそ凄まじいが、代償として耐久力や取り回しに優れているとは言えないことを。

 一発を放った後は、どうしても大きな隙ができる。今までの向こうの連携力から考えて、そこを見逃してもらえるとは到底思えない。

 かと言って、このタイミングで引くわけにもいかない。予想外に訪れた危機的状況に、カティアは叫ぼうとするが──


「安心しろ」


 そこで、後ろから響いてくる声があった。


「──ローズ様」

「お前が心配しているようなことにはならないよ。まぁ、見ていな」


 彼女の言葉に、疑問を差し挟む隙も無く。

 遂に、白熊の一匹が無視できない領域まで迫ってきた。

 それを確認するとエルメスは、今までのように剣を振りかぶる──のではなく。


 あたかも『溜め』の動作のように、柄を腰だめに構えて。

 軽く片足を上げて後ろから前へと重心移動、そこから一挙に力強く踏み込んで、溜めた力を解放するかのように──


「──ふッ!」


 刺突。

 あたかも突剣(レイピア)の一撃の如く、紫焔の剣を前方に突き放った。


 その結果。

 今まで剣から放射状に広がっていた紫焔が、広がるのではなく白熊の顔ほどの大きさに『収束』して、魔物の元へと迫る。

 当然、前方の魔物に防ぐ術はなく。炎の光線が心臓部を貫通し。

 ──そのまま、後方の魔物の首元に突き刺さり。

 尚も勢いを止めることなく、迷宮の壁に大穴を開けた。


 一拍遅れて、ずずん、と。

 二匹の白熊が絶命し、地面に倒れる音が響いたのだった。



「…………な」


 紛れもない、驚きと共に。カティアはその光景を見つめていた。

 今のは、見たことがない。恐らく昨日の時点ではなかったのだろう、紫焔の剣の使い方だった。


「──なるほど。『外典:炎龍の息吹ドラゴンブレス・オルタ』の収束特性を付加したか。同じ炎属性だから相性も悪くないしな。良い発想じゃないか」


 そして、今起こったことを正確に把握したローズが語る。


「今の、って……」

「エルはな、魔法に関しては真摯で……そして、ものすごく負けず嫌いだ」


 おかしそうに、嬉しそうに笑ってローズが続ける。


「そんなあいつが、昨日。相手があたしとは言え、真正面からの魔法の撃ち合いで、自分の最高傑作で完敗したんだ。

 ──そこから一晩も(・・・)経ってるんだぞ? 何の改良もしてないなんて、あり得ないだろ」


 歩みを、進めていたのだ。

 自分たちが知らない間も、見ていない間も、絶え間なく。

 突発的な何かに縋ろうとした自分とは違って、常に、確実に。


 流石に相当に負荷がかかるらしく、一撃で崩れてしまった剣を手放して、彼が戻ってくる。

 ……改めて、遠いなと思う。

 実力でも、心構えでも。自分はきっとまだ、彼の足元にも及んでいない。

 ──だからこそ、追いかけたい。自分は自分なりの歩み方で、しっかりと。

 今は、そう思うことができた。想いを、憧憬を込めて彼を見る。



「……流石に疲れました」


 苦笑とともに、戻ってきた彼が告げた。


「おお、お疲れ。いい魔法だったぞー二人とも。これにて迷宮攻略完了だな」

「あ、ありがとうございます」

「ええ。……まぁ、まだ帰りの魔物を倒す必要があるので油断はできませんが」


 それを見たローズが、上機嫌で二人を褒めて約束通りエルメスの傷を治す。

 二人は二様の答えを返し、エルメスはまだ気を抜けない旨を伝えるが。


「ああ、安心しろ。いいものを見せてくれたお礼だ。お前たちも消耗しただろうし、帰りの魔物は全部あたしが何とかしてやるよ」


 ローズが、笑いながらそう告げてくれた。

 ……それは、正直非常にありがたい。だが──と、一つの懸念にたどり着いたエルメスが。


「大変助かりますが……師匠。くれぐれも、迷宮そのものを破壊とかはしないでくださいね?」

「…………善処する!」

「ローズ様、今の間は何ですか」



 その後、ローズ先導及び子供たち二人の監視のもと、迷宮を出る作業に移り。

 非常に上機嫌で、上機嫌すぎるあまり何故か調子に乗って血統魔法を使おうとするローズを全力で止めたりしつつも、魔物自体には当然苦労せず迷宮を抜けることができて。

 三人での迷宮攻略は、実りのある形で終わることができたのだった。

明日、幕間エピローグを二話投稿予定です!

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― 新着の感想 ―
[一言] お宝は?
[一言] ローズもカティアも可愛いじゃないか
[良い点] 感情描写がとても分かりやすいです!すんなり入ってくる [気になる点] 幕間4話の師匠の血統魔法の詠唱にも、読み仮名?(訳)を書いてもいいと思います。魔法の名前はあるので [一言] 投稿され…
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