7話 再びの迷宮
こうして、ローズ監視のもと実質二人だけで迷宮攻略をすることになったエルメスたち。
いくら危ない時はローズが助けてくれるとは言え、逆に言えばそうなるまでは危険な迷宮を護衛騎士無しの魔法使い二人で踏破する。必然ある程度慎重な進み方を余儀なくされ、相当の苦戦は免れない──
──などと言うことは、特にはなかった。
「やっ!」
「はい、そこ」
今言ったことは、あくまで通常の魔法使いの場合。
しかしここに居るのは、『救世の冥界』の覚醒を経て当代トップクラスの魔法使いとなったカティアに、『原初の碑文』を駆使して多種多様な血統魔法を使いこなすエルメスだ。
魔法使いの弱点となりがちな近接戦闘も、エルメスの場合は出の早い強化汎用魔法と練度の高い徒手空拳、カティアの場合は防御力に優れた幽霊兵を数体周りに待機させることで対応している。
加えて。
「カティア様、前方から三体。足止めを」
「分かったわ! その代わり横の──」
「蜘蛛型の魔物ですね、仕留めます。それが終わったら残りの魔物を一箇所に。『魔弾の射手』で一気に片をつけましょう」
「流石、ねっ!」
連携においても、この二人は微塵も瑕疵が無い。
カティアが高い防御力と制圧力で場を制御し、浮いた魔物をエルメスが適切な手札で仕留める。淀みない情報交換と連動によって効率よく魔物を駆逐し、今しがた運悪く遭遇した魔物の大群も、最後は彼の『魔弾の射手』で危なげなく全滅させたところだった。
「お疲れ様です。お怪我はありませんか?」
「平気よ、あなたが全部素早く倒してくれたもの。……改めて、本当に反則ねその魔法。自在に血統魔法を使えることが、こんなに便利だなんて」
「カティア様も、その安定感は十分反則ですよ。魔法使いの弱点が弱点にならない。騎士の方々が『我々はお役御免ですな!』と泣いていた理由がよく分かります」
健闘を称え、魔法を称賛する。その様子からは確かな互いへの信頼が感じられ、それは紛れもなく、二人が王都で再会してから積み重ねてきたものだった。
そんな中、カティアがふと後ろのローズに視線を向ける。
釣られてエルメスも同じ方向を見やる。ローズは微かに目を見開いていた。どうやらカティアの魔法、そして戦いぶりが想像以上だったらしい。
それを見たカティアが、何やらものすごく得意げに胸を張っていた。「どうだ見たか」と言わんばかりの表情で、どちらかと言えば大変微笑ましい。
「ほらエル、次行くわよ! こんな迷宮、手早く踏破してしまいましょう!」
何をそこまでローズに張り合うのかは分からない。恐らく昨日の件が関係しているのだろうが、エルメスは教えてもらえなかったので結局は謎のままだ。
ともあれ、彼女はやる気が漲っている。コンディションも良好だろう。
そう判断して、エルメスはすぐに彼女の後を追いかけたのだった。
「……なーるほどなぁ」
そんな子供たち二人の様子を背後から見守っていたローズは、軽く呟く。
確かに、カティアが得意になるのも分かる。予想以上に息の合った連携だった。
カティアがエルメスに心を許し切っているのは勿論のこと、エルメス側も一人の時と比べて随分とやりやすく感じているように見える。
それはきっと、ここで二人だけが作り上げてきた、二人だけの関係だ。
……なるほど。そう思うと確かに、ちょっとだけ面白くはないかもしれない。あくまでちょっとだけだが。
「──それはともかく」
しかしそこで、思考を切り替えるように一人彼女は告げる。
戦いにおいても二人の息が完璧に合っていることはよく分かった。それに関しては文句なしで、心配もいらないだろう。
個々の実力も想像以上に高く、それらの点に関して不満要素は無い。
それを踏まえた上で、彼女は、こう呟く。
「……ちょっと、まずいかもな」
そう告げた視線の先にいるのは──カティアだ。
エルメスに関しては問題ない。彼は性格も相まって、戦う時における精神状態のブレは恐ろしく少ない。ある意味でこの上なく安定している。
だが、カティアはそうではない。
その事実と、これから起こりうる出来事に対する予想。それらを総合的に踏まえて、彼女は思う。
ひょっとすると、直接的な参戦とは別の部分で自分の力が必要になるかもしれないな、と。
「……まったく」
ローズは苦笑する。
「ユルゲンの奴、絶対狙っては無いだろうが結果的にベストの人選じゃないか。……ほんとあいつ、人材派遣においてはそういう魔法を持ってるんじゃないかと疑いたくなるな」
旧友の、奇妙な方向への引きの強さに呆れつつ。
彼女は、軽い足取りで二人を追いかけるのだった。
◆
その後も、迷宮攻略は順調に進んでいった。
魔物の数こそ多かったが、エルメスとカティアの危なげない連携によって次々と撃破していく。このままなら、本当に一切ローズの協力を必要とすることなく迷宮を踏破してしまうかもしれない。
……だが、エルメスはそこまで楽観はしていなかった。
何せ、ユルゲンはローズを派遣している。
つまりそれは、保険としてローズを派遣するほどにきな臭い気配を感じ取っていたということ。
彼のこう言った読みはかなり当たるとここ一月で理解していた。故にエルメスは油断せず、カティアと共に着実に迷宮を進んでいく。
そして遂に、彼らは迷宮の真奥にたどり着いた。
「……あれが、この迷宮の主ですか」
迷宮の最奥、そこに座する存在を見てエルメスが告げる。
初見の印象を表すなら、白熊だ。
身の丈は自分たちの倍以上。今エルメスたちを認めて立ち上がった姿は、想像以上の威圧感をこちらに与えてくる。
加えて特筆すべきは、その爪。自然界ではあり得ないほどに鋭く発達し、殺戮に特化した形状はその存在が魔物であることを強く印象付けている。
恐らくは、熊をベースに幾つか自然界の動物の特徴を組み合わせた『合獣種』。その中でもかなり強い部類の個体だろう。
発する魔力から推察できる強さは──以前の迷宮で見かけた準竜種、亀甲龍と遜色ない。
……だが。
その程度であれば、今の自分たちなら問題なく討伐できる。
「カティア様」
「ええ、いくわ」
二人、同時に駆け出す。同時に白熊も手を大きく広げて臨戦態勢。まずはエルメスが前に出て、小手調べがてら近距離で魔法を打ち込もうとした──
──その瞬間だった。
「エル!」
「!」
違和感には、まず師弟が同時に気付いた。
その場で急停止するエルメス。その眼前で、手を広げていた白熊──の、後ろから。
『もう一匹の白熊』が凄まじい勢いで飛び出してきて、エルメスの横をすり抜ける。
狙いは、カティアだ。
「──え」
「ッ!」
予想外の不意打ち。硬直してしまうカティアに迫る白熊。
エルメスは瞬時の判断で強化汎用魔法を起動。カティアに向かう白熊に軽い攻撃をぶつける。
そうして稼いだ数瞬の時間で彼女の元に辿り着き、体を横抱きに掻っ攫う。
間一髪間に合ったようだ。白熊の鋭い爪が彼の背中を掠めるが、初見の代償としては安い部類。
「お怪我は」
「な、ないわ。それより──」
腕の中のカティアが、驚きの様子で肩越しに向こうを見やる。
彼も後ろを振り向いて、改めてその様子を。自分たちを睥睨する魔物たちの様子を見やる。
「……二匹、いますね。恐らくは、どちらも迷宮の主です」
カティアが目を更に見開く。
本来一匹である迷宮の主が複数体存在する。そうなる理由はいくつか事例があるが、今回は最も単純だろう。
主クラスの強力な魔物が、複数出てくるほどに迷宮の魔物が増加している。
すなわち──大氾濫の予兆。魔物が迷宮から溢れ出す、かつてカティアの母親を死に追いやった災害の前触れだ。
「……道理で、道中の魔物が妙に多いと思った」
……ともあれ。
自分たちは今から、この魔物たち。以前の亀甲龍とほぼ同格と判断した魔物を、二匹同時に相手取らなければならないということ。
エルメスは後ろの方をもう一度ちらりと見やり、確認すると再度前を向いて。
「では、行きましょう」
「え!?」
カティアは声を上げると、エルメスと背後を交互に見やる。
言いたいことは分かる。これは完全に異常事態、ローズの手を借りるべきなのではないか、と。
だが。
「カティア様。師匠は動きません」
「!? なんで──」
「つまり師匠は倒せると判断したと言うことです。この状況でも、二人ならばなんとかできると」
……彼の師、ローズは基本的に彼に対しては非常に優しい。
だが、魔法に関してだけは──方針自体は相当にスパルタであることを彼は知っている。
修行時代、訓練の名目で放り込まれた迷宮でも、このように強力な主に単騎で挑まされたな、と実の所割としんどかった思い出を想起する。
だが。
『倒せる』という彼女の見立て自体が間違っていたことは一度もないのだ。
「恐らく、相当の苦戦はするでしょう。が──僕も、できると思います。貴女となら」
「!」
きっと、その一言が最後の後押しになったのだろう。
「……分かったわ」
ようやく覚悟の決まった様子で、カティアが頷く。
それを確認すると、二人はもう一度同時に地を蹴って、迷宮での最後の戦いに向かっていくのだった。
夜にも一話更新予定です!




