46話 勝手に
「──は! やはり狸寝入りだったのかエルメス!」
カティアを助け出し、アスターを見据えるエルメス。
その視線を受けて、アスターは笑った。
──勝手にやられてはつまらない。これで、自分が自らの手で打倒できる。そう言いたげな表情で。
「そして思い上がったものだな! あとは任せろだと!? この状況で──何ができるッ!」
アスターは高揚のまま手を振り下ろし、炎で操った兵士たちを引き続きけしかけてきた。
「真の力を得た俺の魔法で、カティア諸共すり潰してくれるわ!」
「……」
「ふん、言葉も出ないようだな! 貴様らのような邪法の使い手など俺の力にかかればこんなものだ!」
エルメスはカティアの幽霊兵と共に防御に回る。手数こそ増えたが、操られている兵士たちの攻勢があまりにも激しい。一旦は防戦一方にならざるを得ない。
そんな様子を見て、アスターはますます調子付いて口が回るようになり。
「見ろ! そして平伏せよ! これが俺の魔法である『火天審判』、王たる者に与えられた最強の魔法、神に選ばれし者である俺だけが扱える魔法ッ! 貴様らのような紛い物、出来損ないには一生かかっても届かない──」
「うん、わかった」
──唐突に。
なんの脈絡もなく突如放たれた、けれど恐ろしいまでの確信を宿したエルメスの言葉。
アスターは微かな悪寒を感じつつも、それを振り切るように言葉を続ける。
「分かった!? 何がだ! 自分が所詮偽物だということがか! 俺に刃向かおうとしたこと自体が──」
けれど。
アスターの言葉はまたしても止めさせられる。今度は彼が展開した大量の光の壁に止められる兵士たち、そして、エルメスの言葉に。
「貴方の魔法が、分かった」
「な──」
「『俺だけが扱える魔法』、ですか。随分とその魔法に自信を持っていらっしゃる様で」
そして、彼は起動する。
彼の魔法、誰にでも扱える魔法。
けれど使いこなすには途方もない修練を必要とし、多大な努力の果てに修めた魔法。『原初の碑文』を起動し。
そして──唱う。
「──【光輝裁天 終星審判 我が炎輪は正邪の彊 七つの光で天圏を徴せ】」
『原初の碑文』の基本効果は、魔法の再現。
けれど、血統魔法クラスの魔法を再現するとなると見た後即、というわけにはいかない。
単純なものでも一日やそこら、複雑なものだと週単位の研究と分析が必要になる。
血統魔法の中でも未だ再現しきれていないものだってあるし、そもそも血統魔法の真価である魔銘解放まで含めての再現は一つも成功していない。
だが。
彼はこの王都に来て、多くの血統魔法を再現してきた。つい先程は今まで見た中でも随一の複雑さを誇る『救世の冥界』も解析に成功した。
その経験が、彼の血統魔法に対する理解をより深めた。血統魔法の原理を把握し、法則を理解し、より魔法の深淵へと足を踏み入れた。それはすなわち、解析にかかる時間の短縮を意味する。
極め付けは、サラとの戦いの後に彼が言った言葉。
『僕も見させていただきます、あの方が進もうとした道の先。そして──魔法を』
そう、見せてもらったのだ。アスターの血統魔法を。
特等席で、じっくりと、余す所なく。おまけに秘奥である魔銘解放まで惜しみなく観察し尽くさせていただいた。
であれば──基本効果の再現程度は容易。
その確信とともに、彼は魔力を高め、詠唱を紡ぐ。
「……やめろ……」
理屈は分からない。でもアスターは確信してしまった。
今からエルメスがやろうとしていることは──絶対に成功する、と。
「やめろ、ふざけるな、身の程を知れ! そいつは俺の魔法だ、お前如きが使っていいものじゃ──」
「 違います。魔法は本来誰のものでもない、誰だって使っていいものなんですよ」
「やめろッ! 使うな! 再現するな! ──俺の特別を奪うなぁッ!!」
アスターの懇願にも似た絶叫。けれど、そんなものを聞き入れるはずもなく。
エルメスは、銘を告げた。
「術式再演──『火天審判』」
齟齬なく彼の手元に現れた、真紅の炎。
エルメスはそれを、先ほど見たように放射状に放つ。
エルメスの現在の実力では、まだ魔銘解放までは再現しきれない。
けれど、彼は解析と共にこの魔法の真髄も理解した。すなわち炎と、それを用いた操作、支配の能力。
魔銘解放にも色々種類はあるが、『火天審判』の場合はシンプルに本人の能力と火力を爆発的に跳ね上げるだけだ。何か新しい特殊効果を使えるような類ではない、それはアスターを見ていれば分かった。
──つまり。
炎を用いた自分以外の支配は、あくまで通常状態でも使える能力ということ。
その解析結果とともに、見様見真似で放つ支配の炎。
それは先ほどと同様に兵士たちの元に絡みつき、二つの炎が激しく燃え上がる。──あたかも、支配権を奪い合うかの如く。
「ぐ──ッ、兵士たちよ! そのような紛い物に負けるな!! お前たちは、この悪魔を打倒すべく選ばれし崇高な戦士なのだ!!」
「兵士の皆さん、僕は貴方がたに何一つ強制しません。強制させるその力は僕が抑えます。……だから、自分の想いに従ってください。もう休みたいなら休めば良い。僕はそれを肯定します」
想いを無視し、自分を強制するもの。想いを尊重し、他人を良しとするもの。
戦う気力も意思もないまま、凄まじい苦痛を押し付けられた兵士たちの心がどちらに傾くかは必然だ。
加えて。
拮抗状態ならば。同じ魔法の同じ効果をぶつけ合うのならば。
差が出るのは根本的な魔法の能力。魔力量であり、魔力出力であり、操作能力であり、感知能力。
その分野の勝負なら。
かつてエルメスを見ただけでその差に絶望したアスターは。
絶望しても諦めず磨き続けたエルメスにはもう、十年前に負けていた。
「なぜ……だ……!」
消える炎。苦痛に歪んだ、けれどようやく休める安堵も広がる表情で倒れ伏す兵士たち。
もう一度支配の炎を放とうとするが、エルメスの炎に阻まれて一向に効果を表さない。
やがてアスターは炎を放つのをやめ、ぴくりとも動かない兵士たちを見てから──顔を上げて。
「──エルメスゥウウウウ!!」
明確に上回られた敗北感を誤魔化すためか、はたまた単純に血が上ってか。
絶叫と共に炎を纏い、エルメス目掛けて突進してきた──が。
「……勘違いなさっているようですが」
エルメスは、どこまでも冷静に。
「僕はあくまで、貴方が取り決めを違えてまでしたことを元に戻しただけ。貴方の相手は──僕ではありません」
同時に、アスターの横合いから飛んでくる敵意。
「ッ!」
「『一人で倒す』と宣誓なさいましたよね? 王者たらんと望むなら、一度言ったことは最後まで守り通してください」
咄嗟に飛び退いて攻撃を避け、飛んできた方向を見やる。
「ありがとうエル、もう大丈夫よ。……殿下、決着を」
「カティアァ……!」
復活した戦意をぶつけてくるカティアを、憎々しげな視線で睨みつけるアスター。
「邪魔を──するなぁッ!!」
そのまま、戦いが再開する。
魔銘解放が使えるほどではないものの、兵士たちを戦わせているうちに多少は回復したアスターが通常の炎を纏って突進する。カティアも精神的に持ち直し、幽霊兵たちを展開して迎え撃つ。
二人の戦い。しかし、アスターが見ているのは別の方だった。
「エルメス! 貴様ァ──!!」
エルメスがアスターと戦わない。
そうする理由は、彼の中では『カティアの意思を尊重するため』以外の何ものでもなかったのだが。
アスターは違った。
ことごとく自分の邪魔をして、自分と同じ魔法で自分を上回って、なのに直接自分を倒そうとしない。
──お前など直接戦うに値しない、と言われているようにしか思えなかったのだ。
そんな精神で、今戦っているカティアを見ることもせずエルメスへの憎悪だけを滾らせ。おまけにやっていることは初めと同じ、一切の工夫がない正面からの突撃だけ。
いくらカティアも消耗しているとは言え、そんな状態で勝てる要素があるはずもなかった。
「何故だァ! おかしい、間違っている!!」
現実を認められず、アスターは喚く。
「お前に俺が負けるはずがない! お前が俺より優れた魔法使いであるはずがない! お前は出来損ないでなければおかしいッ!! カティアがこうなったのも貴様のせいだろう! 何故だ、何をした、どんな悍ましい手段に手を染めたんだエルメスゥウウウウッ!!」
「自分の努力の結果を悍ましいと僕は思いません。……まぁ、貴方の目線からすれば悍ましいものなのかも知れませんし、僕にそれを正す手段もなければ正す気もない。どう思うかは貴方の自由です」
エルメスは、積極的に他人を変えようとは思わない。
カティアに対してしたことは本当に例外中の例外だったし、そう思ったことは大事にしたいと思う。
でも、そうする気が起きない相手に何かを言うようなことを、彼が行う気はさらさらないのだ。
だから、彼は。
もとより薄かった感情をさらに希薄に。本当に、心底興味がないものに対する目線をアスターに向けて。
「なので、僕からは一言だけ。──僕の知らないところで、勝手にやっててください」
「──な」
その言葉が、アスターの心に突き刺さると同時。
油断していた彼の胸元にも、幽霊兵の突撃が叩き込まれ。
それが今度こそ、本当に決着の一撃となったのだった。
アスター戦、決着です。
カティアが倒すのはプロット通りだったのですが、やっぱりエルメス君も何かしらで勝ってほしいなあと思った結果こうなりました。
思ったより長くなりましたが、気に入って頂けると嬉しいです!




