45話 足掻き
「……私の勝ちです、殿下」
アスターを見下ろしての、確信を持ったカティアの言葉。
視線を受けたアスターは、信じられないと言いたげな顔で彼女を見返し。
続いて自分の体と今の状況を視線を彷徨わせて把握し、現時点での優劣がどう見えるかを客観的に確認し。
「……違う……!」
尚も、認めなかった。
「ちがう、違う違う違う違う! ありえない、俺が負けるはずはないッ!! ──そうだ、これも試練だ。俺はまだ覚醒の余地を残しているんだそうでなければおかしい!」
「……そこでまだ、自らの意思ではなく都合の良い力の目覚めに縋るんですね」
「黙れぇッ! お前ごときが、この俺を自分の物差しで測れると思うな!」
これまで散々他人を自分の物差しで測ってきた報いを現在進行形で受けている男はそう喚くと、
「なぁそうだろう『火天審判』よ! 俺に宿った最強の魔法! 王として君臨し、民を導くに相応しい力を持った魔法よ! その真価はこんなものではないはずだ! その本領を発揮しろ、覚醒しろ、目覚めろ! 俺が、俺こそが、この国で随一の魔法使いなのだぁあ──ッ!!」
魔法はその成り立ち上、術者の感情に左右される部分が多くある。
いつかエルメスが語った言葉だ。魔法がそもそも何かしらの願いや想いから生まれている以上、その性質は妥当だろう。
その依存度は魔法によって大小である。例えばカティアの『救世の冥界』は特にその傾向が顕著であり。
──そして、アスターの『火天審判』も同様に顕著であった。
エルメスはその時、こうも語った。
大事なのは想いの『純粋さ』だと。
アスター・ヨーゼフ・フォン・ユースティアは信じて疑わない。自分こそが王国一の魔法使いだと。自分は生まれた時から神に選ばれた人間で、自分より優れたものは絶対に存在しない。
自分より優れた人間は、何かしら致命的な欠陥を抱えているか、或いは自分がその者を超えるために神が遣わした試練だと。
そんな自分ばかりに都合が良い、歪んで捻くれきった──けれど心の底からの歪みなく純粋な想い。
ある意味で魔法使いとしては一つの極致にあったアスターの精神性は、『火天審判』を扱うにあたってこの上なく最適ではあったのだ。
故に、この魔法はこれまで存分に彼の力となってきた。先ほどは彼の想いに反応して現時点では使えないはずの魔銘解放まで強引に引き出した。
そして、今回も。宿主の狂おしいほどの願いに応えるべく、この魔法はさらなる力を与えようとして。
──だが、気付く。もう無理だと。
『火天審判』の真価は炎と、それを用いた宿主の操作。魔法の持ち主に圧倒的な火力と身体能力を与える魔法。それによってこの魔法は先ほども、アスターの体をある程度魔法の方が操ることによる力技での魔銘解放を行った。
しかしもう限界だ。無理が祟ってアスターの体はぼろぼろ。少なくとも今は、これ以上の力を与えればアスターの体が壊れる。
もうアスターに力を与えるわけにはいかない。でもアスターはこれ以上の力を望んでいる。
二律背反に襲われた魔法は、この状況を解決する方法を機械的に模索し──
──そして、見つけた。
『火天審判』の真価は炎と、それを用いた操作。けれどもう宿主の体は壊れかけで操作は不可能。
ならば──宿主以外を操作すれば良いのだと。
かくして、アスターの精神と魔法の性質が合わさって。
彼の願いが、悍ましい形で顕現する。
突如。
アスターの身体の内から炎が放射状に発射された。
「ッ!?」
咄嗟にカティアは幽霊兵を盾に防御。その炎がカティアを襲うことはない──というより。
「今の……攻撃じゃ、ない?」
カティアどころか、炎を受けたはずの幽霊兵にすら一切の損耗がない。消滅を覚悟していた幽霊兵が幼い人格で戸惑いの声をあげているくらいだ。
ならば、今のは一体──とのカティアの疑問は、すぐに明らかになった。
「な──なん、だっ、これは!?」
「か、体が、勝手に──!」
影響が出たのは、周りの人間。
エルメスにやられて戦闘不能になっていたはずの兵士たちに炎が直撃、同時に身体の周りにまとわりついたかと思うと。
兵士たちがゆらりと立ち上がる──否、強引に立ち上がらされて。
「う、うわぁ──っ!」
まるで操られるように……いや、まるでではない。まさしく炎に操られて。
一斉に、カティアに向かって突撃してきた。
「うそ──でしょっ!?」
面食らいつつも、幽霊兵を指揮して四方からの突撃を防ぐカティア。そのまま幽霊兵の反撃で突撃してきた全員を吹き飛ばす──が。
「う、うぁ……あ」
それこそ幽鬼の如く。
先程の繰り返しのようにゆらりと立ち上がらされた兵士たちが、また同じようにカティアに向かって攻撃を仕掛けてきた。
「──ははははははは!!」
そんな兵士たちの対処に手一杯になるカティアの背後で、高らかな笑いが轟いた。
「なるほど、そういうことか『火天審判』よ! 王者たるものは自分自身が強いだけではない、周りの人間も上手く従えてこそということだな!!」
「っ、ふざけないで!」
明確に今の現象が自分の意思だと認めたアスターに、カティアは食ってかかる。
「これはあなたと私の戦いだったはずでしょう! それなのに周りの人をこんな……ッ、従えてるんじゃない、操っているだけよ!!」
「は、何を言う! 俺は王たるもの、つまりこの国の住人は須く俺のものだ! 俺の好きなようにして何が悪い。そもそも貴様のような国敵、悪魔を成敗する栄誉に参加できるのだ! むしろ喜んでその身を捧げて然るべきだろう!!」
アスターは高笑いと共にそう断言する。
直後。パキッ、という乾いた音が響いた。
「あぎィ……ッ」
音の発生源は、カティアに襲いかかる兵士の一人。
どう考えてもどこかの骨が折れた音。あまりの痛みに顔を顰めて蹲る──ことすらできず、カティアへの突撃をその兵士は続けた。
強制的に、続けさせられた。
「痛い……いたい……」
「た、たす……けてくれ……」
「お、お許しを……殿下ぁ……っ」
……明らかに、肉体の限界を無視した挙動をさせられている。
自分の体でないなら壊れても構わない、カティアを倒すことが第一。
そんなアスターの意思が彼らの意思よりも優先され、動きを止めることが許されない。
想像を絶する苦痛なのだろう。彼らの中で、この行動を喜んでいるものなど一人もいなかった。
けれど、アスターにはもうそんな悲鳴など耳に入らないのか。
「感謝しろ兵士たちよ! 不甲斐ない貴様らを俺が戦わせてやっているのだ! そして覚悟しろカティア! これが、この国の力だぁッ!!」
「あなたは、どこまで──!」
更に勢いを増して襲いかかる兵士たち。想像以上の動きにカティアは防戦一方になる。
兵士たちの限界を超えた動きが強力というのもあるが、何より自分の意思ではない戦いを強いられている者に対して非情になり切ることができず、彼らへの攻撃に今一歩決意が乗り切らない。
そして、迷いはその性質上ダイレクトに彼女の魔法へと影響する。
「ッ!」
霊魂との繋がりが弱くなるのを感じた。彼女の心に『戦って良いのか』という揺らぎが生まれた結果、魔法の性能が低下して幽霊兵の一部が消滅する。
その隙を、兵士たち──を操っているアスターは逃さない。
「しまっ」
幽霊兵が消えたその空隙に、兵士たちの剣戟が殺到する。
避けることはできない、防御の手も今は足りない。成すすべなく、彼女の体に剣が吸い込まれ──
「──流石に、これは見過ごせませんね」
その直前。
彼女の身体の前に光の壁が展開。甲高い音とともに剣を受け止める。
兵士たちの包囲を縫って彼女の元に到達。一瞬にして体を抱きかかえて包囲を一時的に離脱した、その少年は。
「エル……」
力強く、疲労困憊の彼女の体を支えていた。
「あなた……大丈夫なの?」
「ええ、あの炎は魔法で防ぎました。僕だけではありませんよ、あちらにも」
彼が指さす方向に目を向けると、彼同様に光の檻を展開して自身と周囲の兵士たちを守っているサラの姿が。
「その……ごめんなさい」
「謝ることはありませんよ。むしろこちらも救援が遅れてすみません、あまりに予想外の展開に少々混乱しまして」
自分一人でやるとわがままを言いながら、それを叶えられなかった。
その罪悪感で謝罪の言葉を述べる彼女を、けれどエルメスは否定する。
「それに、この戦いは間違いなくあなたの勝利です。アスター殿下とカティア様、二人の勝負はどう見てもカティア様の勝利で決着がついていた。それを認めず、取り決めを先に破って周りを巻き込んだのは向こうの方です」
だから、と彼は静かな怒りと共に語り。
「そちらがそう来るなら、こちらも手を出さない理由はありません。──僭越ながら、お任せを」
冷徹な視線で、アスターを見据えてそう言ったのだった。




