53話 ルキウス
自惚れかもしれない。過剰認識かもしれない。
けれど、ルキウス・フォン・フロダイトは。ある時から、こう思うようになった。
──強くなりすぎた、と。
いやまぁ、相性の問題もあるだろう。
ユースティア王国は魔法国家。そんな国において、何故かは分からないが『魔法を斬れる』という異能を鍛錬の末に習得してしまった自分はあらゆるこの国の強者の天敵となり得る存在だ。
……だが、それを抜きにしたとしても。
この異能故だろうか、魔法の本質を感覚的に理解していたルキウスは──こうも、同時に思っていたのだ。
この国の魔法は、何もかも全部、血統魔法でさえも。
──とても、つまらないと。
何の魔法を斬っても感覚が変わらない。感じるのはいつも同じ……ひどく固定化されて、窮屈で、ただ強いだけでなんの発展も変化もないのっぺりとした代物。
それが、彼にとってのこの国の血統魔法に対する認識だった。……自分の魔法ですらも、それは例外ではなく。
多分それも、自分が剣に傾倒するようになった理由の一つなのだろう。
そして剣を極める道に踏み入った以上、強者との立ち合いを求めるのは性のようなものだ。
そんな彼にとって……この国で強者とされる魔法使いたちが、軒並みつまらない魔法しか使わず。自分にとっては取るに足りず斬り伏せられてしまう存在であることが、ひどく退屈を感じる事柄で。
きっとどこかに、それだけじゃない魔法使いもいるはずだと信じて……故郷を出て、王都の名高い血統魔法使いに会いに行ったこともあった。
けれど、彼の期待に反して──どころか王都の魔法使いほど余計にその傾向は強く。
極め付けは次世代の王者、世代最強の血統魔法使いと呼ばれる第二王子アスター殿下に運良く謁見が叶った時。アスターは自分の剣を見てこう言った。
「ふん、なんだそれは。今更剣を扱うなど前時代的極まりない。
こんなもの、戦うまでもないわ!」
同時に、彼の魔法を見てルキウスも思った。
(ああ……多分、勝てるな)
当然。
ルキウスの認識の方が正しく。アスターの言葉はお得意の捻じ曲げ、ルキウスの剣からただならぬもの……自分が負ける気配を無意識に感じ取ってしまい、それと周りの認識を都合良く誤魔化すための言葉に過ぎなかったのだが。
ルキウスはこの瞬間、分かってしまった。──世代最強でも、こんなものかと。
ここで決定的に、今の国における血統魔法使いの上限を理解してしまったのだ。
故に、その後アスターの不興を買い、今後一切王都に近づくことを禁止されても……さしたる感慨も抱かず、ただ、残念さだけを残して王都を去った。
……仮に『魔法使い』でない自分がアスターを倒したとしても、混乱を生むだけで何も変わらない。そのことも、理解できてしまったから。
──無論、それで不貞腐れて自暴自棄になるような真似はしない。
貴族に生まれた身としての責務はきちんと理解していたし、鍛え上げた力をもって民を、領地を守ることにも誇りとやりがいを感じていた。
幸い、剣を馬鹿にする一部貴族と違ってフロダイト家の両親は自分の力を称賛し、自分自身も家族として大事にしてくれた。色々と思惑もあったのだろうが、孤立が過ぎる自分を見兼ねてという理由も込みで可愛い妹まで引き取ってくれた。
北部での自分の生活は、紛れもなく充実していたものだと言えるだろう。
……でも、それでも。
心のどこかで、時が経つほど大きくなる渇きと願い。強靭な精神力を持ちながらも大司教の洗脳を許した心の隙となってしまうほどの、強烈な渇望は未だあって。
いつか、いつの日か。
この、つまらない国を。つまらない魔法の数々を。自分ですら打ち破れなかった、どうしようもないこの風習を。
痛快に壊してくれる、変えてくれる。そんな鮮烈で、痛烈で。
何より、強い魔法使いが。現れてくれないものかと、どこか願い続け──
その具現が、今。
目の前に、居る。
(……はは)
魔法の直撃を食らったのはいつぶりだろう。凄まじい威力だった。魔力を回して必死に防御したが何の意味も成さず、激痛と共に全身が軋む。
──最高だ。
「──私は、君のような魔法使いを待っていた」
故に、告げる。万感の思いを込めて。
間違いない。洗脳されつつも初対面の時から予感し、今この瞬間確信した。
分かる。鍛錬の末に直感で正解を掴み取る能力を手にしたルキウスだからこそ分かる。
彼は、エルメスは。
自分が焦がれてやまなかった──この国の魔法使いの、『正解』の形だ。
「…………はい、光栄です」
エルメスも、ルキウスの過去を知らないだろうがそう答えてくれて。
喜びつつ、同時に思う。
(……もう、いいな?)
北部連合の兵士たちは全員、ルキウスの強さを知っている。
その自分に、ここまで手傷を負わせて追い詰めた。その事実に彼の魔法の派手さも相まって、この場にいる全員が既に彼の強さを認めただろう。……こんな魔法使いを擁する相手に負けたならば、納得できると。
すなわち、この戦いの最大の目的。明確な強さを見せることで納得を促し、終わった後の反発を抑える点は、既に達成された。
……そう、ならば。それならば──とルキウスは。
確かな願いと、何より自身の渇望に従うままに。地を蹴ると共に、告げた。
「ここからは──勝ちに行ってもいいな?」
「え」
微かに瞠目するエルメスの前で、ルキウスは更に魔法を回し──加速。
傍目には消えたのではないかと思うほどの加速と共に、一挙にエルメスへと迫って剣を振るう。
「ッ!」
間一髪。
結界の汎用魔法を展開したエルメスが、すんでのところで剣閃を遅らせてその隙に離脱。即座の判断で魔法を撒いて距離を取りにかかる。
「甘い」
しかし、ルキウスは再度その全てを斬り裂いて突撃を続ける。その動きは初対面時と──そして先ほどと比べても更に一段速く。
……今まで、手を抜いていたわけではない。
ただ、北部連合騎士団長としての立場。この戦いの思惑。そして身勝手に巻き込んでしまった罪悪感。
目的が達成された今──一瞬だけ、その一切を捨てた。
結果、心の方向と動きが完全に一致し。加えて願いが叶う高揚感が、更に体を前に動かす。
有り体に言えば……『絶好調』になったのだ。
北部の怪物の、誰も見たことのない正真正銘の全力全開。それが容赦なく、エルメスに襲い掛かる。
「──」
だが。
エルメスは、即座にそれに対応した。
己の中の認識を瞬時に修正し、これまでルキウスに抱いたイメージを一切の躊躇なく破壊し。新たな認識を一から作り直し、再分析を開始する。
程なくして……ルキウスが押していたかと思われる戦局は五分に戻った。
(……ははッ)
それを見て、ルキウスも戦慄する。
眼前の少年の、自分とは違う異能の正体に思い至って。
(なるほど、凄まじいな。
この少年──適応能力が異常に高い!)
恐らくは、生来の冷静さと分析をひたすら続けてきたことによって獲得した能力。
それによって、本来この国ではあり得なかったはずのあまりに多彩な魔法を扱い、この北部反乱でもあらゆる困難を打破してここまで辿り着いたのだろう。
エルメスが、具体的に何をしてきたのかルキウスは知る由がない。
でも……そのことだけは、間違いないと思えたし。紛れもない、敬意も抱いた。
──この国に、こんな魔法使いが居たのか。
どうやって現れたのか、どうして今まで現れなかったのか。その能力を何処で鍛えたのか。
気になることは尽きないが……今は、どうでもいい。
そう、今は、ただ。
(この少年に……勝ちたい)
その、純然たる意志だけを抱いて。
更に魔力を全開に、更に動きを研ぎ澄ませ。その刃を届かせるべくルキウスは地を蹴り、エルメスは更なる思考と頭脳、魔法によって迎え撃つ。
──いつしか。
周囲の全員が、敵も味方も忘れてその光景に見入っていた。
剣と、魔法のぶつかり合い。剣で魔法を斬り裂く青年に、無数の血統魔法を自在に操る少年のせめぎ合い、凄まじく動的な拮抗状態。
この国においてはイレギュラーである要素だらけのその光景は、鮮烈で苛烈で……けれど何より美しく。
全員が、見惚れると同時に予感したのだ。
この反乱と、そこでなされた変化と進化。それらの集大成である、この激突を通して。
あり得ないことが、途轍もないことが当たり前になる──紛れもない、変革の予感を。
故に誰もが、固唾を飲んでただ純粋に。勝敗の行方を、見守っていた。
そして、遂に。
『その瞬間』がやってきた。
(来る──!)
ルキウスが予感する。
度重なる多種多様な魔法の弾幕。それに押されてルキウスの対処が僅かに遅れたその空隙をついて。エルメスが詠唱を開始するのが、視覚と魔力からはっきりと分かった。
そして、その予感に違わず。
詠唱を終えたエルメスが──決着の魔法を、解禁する。
「術式再演──『火天審判』」
選択されたのは、『火天審判』。
第二王子アスターの血統魔法が……されどかつて見たアスターのそれよりも遥かに高い威力と共にルキウスへと迫り来る。
同時に、頭上でも魔力の胎動。エルメスによって保持されていた『流星の玉座』が解放され、これも桁外れの威力と共に降り注ぐ。
着弾は、完全同時。躱すことは不可能で、対処法は斬るしかない。そういうタイミングを見計らい誘導された。
よって、どちらかは確実に食らう。エルメスが編み出したルキウス対策は完璧で、ルキウスは二つの魔法のうち片方を受ける以外の道はない──
(──完全に同時なら、な!)
だが、当然。
ルキウスも、一度食らった技をむざむざ二度食らう真似はしない。
そもそも、完璧に同じタイミングで二つの魔法を調整するというのが桁外れに繊細な操作を有する荒技。それをここまでの精度で成すエルメスがやはり異常なのだが……裏を返せば、そこさえ崩せば道はある。
よって、ルキウスは着弾までの時間を余すところなく使って行動を開始した。
まず、剣を持つのとは逆の手で懐を探る。
そうして取り出したのは、拳大の金属の塊、ルキウスはそれに汎用魔法をかけ──瞬時にそれが簡易な剣へと変化する。
そう、普段ニィナが使っている剣。──ルキウスにとっての、予備の武器だ。
それを、逆の手で持ち。一時的に双剣を手にしたルキウスは、簡易な剣の方に、ありったけの魔力を込めた後──
「──ふッ!」
投げた。
……ちなみに、その剣に彼の異能である『魔法を斬る』効果は付与されていない。あれはルキウスとてきちんとした魔法の分析と高度な集中、繊細な魔力操作の上で繰り出すべき代物だ。
よって、いくらルキウスでも双剣や投げた剣の遠隔で同じ真似はできず、従って今投げられた簡易剣で、向かう先にある『火天審判』に対処することは到底不可能。
だが。
それでも、そこには膨大な魔力に加えてルキウスの桁外れの膂力によって投擲されており、相応のエネルギーは発生している。
それが、ほんの少しだが向こうの魔法を押しとどめる。一瞬だけ到達を遅らせる。
結果──『完全同時着弾』の条件がズレる。
(──一瞬あれば、十分だ)
稼いだ時間はほんの僅か、しかしその中で目的を成すべくルキウスはもう片方の剣、自身の愛剣を構え。己の肉体と迫り来る二つの魔法だけに意識の全てを割いて、上半身に己の血統魔法の効果を集中。そうして極限までタイミングを見計らい──
「──!」
一閃。
凄まじいエネルギーを宿した桁外れの体の躍動とともに、大きく弧を描いたその大剣の軌跡は。
まず、頭上の『流星の玉座』。続いて一瞬遅れた『火天審判』を一息に斬り裂いた。
まさしく、絶技。
確かな手応えと共にそれを成した異端の怪物は、決着をつけるべく前を見据える。
そこには、渾身の魔法を放った結果次の魔法を放てず隙を晒しているエルメスが──
──いない。
瞬間、鳩尾に衝撃。
驚愕と共に見下ろすと、そこには。
「……素晴らしい剣でした」
魔法の対処に、全ての意識を奪われていたルキウスの方の隙を突いて。
全体重を乗せた肘打ちを、完璧な角度で叩き込んだ体勢のエルメスが。
(…………なるほど)
申し分ない一撃が、全身の力を速やかに奪うのを自覚しつつ。
瞬時に、ルキウスは理解する。──本命はこれか、と。
エルメスは、ルキウスが同じ技を二度は食らわない、二重の魔法に今度は対抗してくると、ルキウスの実力を理解して信頼した上で。
本命の一撃、三つ目の刃。最後は魔法ではなく拳で、対処に手一杯となった自分の意識外、こちら側の致命的な空隙を最初から狙っていた。
遅延詠唱を。彼がルキウスに対抗するために必死になって開発しただろうその技術を……最後の最後で躊躇なく囮に使ったのだ。
それが、有効だと。分かっていてもここまで徹底できる人間が、どれだけいるか。
……というか、だ。
「……君、魔法使いだろう? 近接格闘で、そこまで動けるなんて聞いていないぞ」
「言っていませんでしたから」
なるほど、手札を隠していたのはこちらだけではなかったと。
そして古今東西、そういう手は先に切ったほうが負けると相場が決まっている。向こうの底を見誤ったこちらのミス……いや、それだけではない。
今にも倒れそうな状態の中。
辛うじて残った力で踏ん張りつつ、ルキウスはあまりに完璧なエルメスの立ち回りに覚えた違和感。自身の計算外であり最後の敗因、気になったことを問いかけた。
「……思ったんだが。君──剣士との戦いに慣れすぎてはいないかい? 君の学習能力を考慮に入れても異常なほどだ。一体どうして……」
「ああ、そのことですか」
問いかけを受けたエルメスは──簡単なことですよ、と笑って。
「──妹さんに、鍛えていただきましたから。学園にいた頃、毎日のように」
「……は」
この上なく、納得だ。
剣士との戦い……否、自分が多少なりとも剣を教えた妹との戦いに慣れていたのならば、こうまでしっかりと対応されるのも間違いない。
(……ああ。それは、仕方ない、なぁ)
素晴らしい敗因に、どこか満足感すら覚える中。
心地よい酩酊に意識を委ねるまま、ルキウスはその場に倒れ伏す。
──これは、変革の合図だ。
きっとこの瞬間から、更にこの国は変わるだろう。
そんな直感……否、紛れもない確信と共に、北部最強の男は意識を手放し。
最後の戦いが、幕を下ろしたのだった。
決着。最後は真正面からの魔法バトル、楽しんで頂けたなら嬉しいです!
次回、北部反乱編エンディングの予定! お楽しみに!
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