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51話 対峙3

あとがきに告知あります!

「……お見事です」


 ニィナの剣閃が大司教ヨハンを深々と斬り裂いたのを確認し、エルメスは呟いた。

 死んではいないだろう。あの大司教は殺すには色々なことを知りすぎているし、『この先』を考えれば今は殺さないほうが都合が良い。ニィナもその辺りは理解している。

 だが。それでも戦闘続行不可能、生命維持が危ういほどの重傷を負ったのは間違いなく。


 ──そんな状態で、洗脳の維持ができるはずもない。


「……な、んだ、これは」

「どうなっている、一体何が……!?」


 戦場のそこかしこで、そんな声が聞こえる。

 大司教が血統魔法で支配していた人間のものだろう。当然だがどれも隊長格──部隊への影響力が高い人間ばかりで、戦場は打って変わって一時的な混乱に陥っている。


 ……この状況も、予想はしていた。

 故に、ユルゲンに対処法は頼んである。ハーヴィスト領の兵士たちに矛を収めるように頼んで、休戦の提案が戦場全体に素早く行き渡るよう指示を発してもらう手筈だ。

 一から状況説明は流石にこの場では難しいだろうから、これが最善。事実すぐに、戦場は戸惑いを残しつつも収束に向かっており、落ち着きを取り戻しつつある。


 後は、互いに引いた状態で北部連合にこれまでの経緯を説明、それでこの北部反乱は終了だ。

 エルメスの仕事も終わり、ここからは見守っていれば良い……いや──


「エルメスさんっ!」


 と、そこまで考えたところで切実な声。見ると、意識を取り戻したらしいサラがエルメスのところに駆け寄ってきていた。

 そのまま彼女は、泣きそうな表情でエルメスのそばにかがみ込む。


「ひどい怪我……すみません、わたしのせいで……っ」

「……あー。いえ、大丈夫です。むしろ色々と申し訳なかったのはこちらと言うか……」


 ……そうだ。作戦上仕方無かったとは言え、サラにはニィナの洗脳解除を伝えていない。つまりサラは本気でニィナを止める気でそれが叶わなかったということ。

 こちらとしては──失礼だが彼女が負けることは織り込み済みで、むしろ本気で止めようとしてくれた分大司教を騙せたのだから感謝すらするべきなのだが……彼女が、それを気に病まないはずもなく。


 その美貌を悲哀に歪ませ、全力で『星の花冠(アルス・パウリナ)』を起動して傷を治してくれるサラに対してどう説明したものかと悩みつつ、それでもいずれきちんと事情は説明すべきだと決心するエルメスだったが。


「──すみませんが、それも後で」

「……え?」


 そう告げて。戸惑うサラに一つ頭を下げ、ある程度動けるまでに回復した体で立ち上がる。

 多少きついが構わない。だってこれからの相対で、座ったままでいるのは間違いなく失礼にあたる。何故なら、



「……見事だった」



 エルメスが向けた、視線の先。

 北部連合騎士団長ルキウスが、剣を手にしたまま静かにこちらを見据えていたから。




 ……いくつか、疑問はあった。

 ルキウスは話の通じる人間だ。故にエルメスは、順番にそれを問うていく。


 まずは一つ目、ルキウスがこの場にいる理由。

 矛を収めた……にしては来るのが早過ぎる。すなわち、導かれる結論は一つ。


「──カティア様を、突破してきたんですね。……どうやったんですか?」


 それ以外に、あり得ない。

 そしてそれをこの短時間で成し遂げたことに対し、割と本気の疑問を持ってエルメスは問いかける。ルキウスはその問いはもっともだと頷いて。


「ああ、名高きトラーキアのご令嬢……想像以上、噂に違わぬ強敵だった。あの霊体の使い魔は凄まじいな。術者にも簡単に近づけさせず、一体一体が並みの魔物を遥かに凌駕する上に、何より……斬っても斬っても新しく湧いてくる。恐らく『繋がり』がある限り、何度でも召喚できるものなのだろうな」


 そう、『足止め』という役割をするにあたってカティアの最も厄介な点はそれだ。その幽霊兵による無限召喚の物量攻撃はいくらルキウスとは言え簡単に突破できるものではない、どうやって──と首を傾げるエルメスの前で。

 ルキウスは、端的に告げた。




「──だから(・・・)その(・・)繋がり(・・・)ごと(・・)斬った(・・・)




「………………はい?」


 エルメスですら、一瞬思考が空白になり首を傾げる答えを。

 それを見て、ルキウスは説明が足りなかったかと続けて。


「だからあれだ、ご令嬢と霊体の使い魔を繋ぐ思念か魔力線か……まぁそういう類いのものが視えたのでな、それごと、ずばっと」

「……いや、その、えっと」

「ああ、心配するな。あくまで一時的に召喚できなくなるだけのものだし、それで無力化したからご令嬢には傷ひとつつけていないぞ」


 そうして促されて見やると、確かに向こうでカティアが無傷で、けれど周囲に幽霊兵がおらず、驚きと不満が等分に混ざった様子で座り込んでいる。

 傷ついていないことには安心したが……いや、それより。


「あの、すみません、ちょっと言っていることが理解できないんですが……思念? 魔力線? いや確かにあるんでしょうが……え、それって斬れるものなんですか? 具体的にどうやって? 斬撃に特殊な魔法を乗せたとか、いやでも、ええ……?」


 ある意味で珍しく。

 あまりに未知すぎる現象を前に狼狽えるエルメスに、ルキウスが難しそうな表情で首を傾げると。


「ううむ……そう言われても私にはこれ以上は……まあ、とにかくだ!」


 居直ったように胸を張ると、高らかにこう告げた。


「なんか視えた、斬れそうな気がした、だから斬った! 以上だ、それ以降のことは知らん、すまんな!」

「…………はは」


 そして、その様子を見て……エルメスは、思わず笑う。

 きっと、彼の言うことに間違いはないのだろう。彼は本当に言葉通り、彼自身にすら理解できないままに偉業を成し遂げたのだ。


 それは──結果だけを見れば血統魔法使いと同じだが、恐らく根本的に違う。

 血統魔法のような何もせず与えられたものではなく、彼自身の弛まぬ修練、言い表せないほどの膨大な鍛錬の果てに。


 言語化(・・・)するより(・・・・)先に(・・)直感で(・・・)最善手を(・・・・)掴み取る(・・・・)。その境地まで辿り着いた、怪物。


「──」


 エルメスは戦慄する。

 そうだ。この世には未だ、彼の知らないことがたくさんあって。

 彼が理屈で積み上げて辿り着くそれを、理屈抜きで一足飛びに手にしてしまう人は確かに存在する。


 ──本物の『天才』とは、こういう人間のことを言うのだと。


「……いずれ、その原理については是非解析させていただきたいですね」


 未知への高揚と、眼前の勇士への敬意と共にエルメスはそう呟いて。

 次の質問へと、移る。


「ルキウス様。洗脳、もう解けてますよね?」

「……ああ」

「では」


 今の彼にとって、最も重大な質問を。



「──何故。未だ剣を構えているのですか?」

「…………」



 その問いを受けたルキウスは、先ほどまでの何処か緩い雰囲気を潜めて。

 静かな──確かな威厳を込めた声色で、続ける。


「……ああ。全て理解しているとも、私があの大司教殿の毒牙にかかっていたことも、北部連合全体がそれによって操られ……北部反乱自体が、それによって起こされていたことも。

 貴殿らには迷惑をかけてしまった、償い切れるものではない。特に……我が妹ニィナには後で全霊の謝罪をする。その結果どんな処罰を与えられても受け入れよう」

「……」

「──だが」


 己の咎も、責任も。全て自覚した上で、ルキウスは続ける。


「ことの経緯を知っていれば、私でも理解はできる。……君たちの目的は、この北部一帯を……我々さえも従え、第一王子殿下に対抗する戦力を得ることだろう?」

「……ええ」


 エルメスの返答を聞くと、再度ルキウスは顔を上げ。


「ならば──どうか我が申し出を受けられよ。一騎打ちを」

「!」

「北部は実力主義だ、私のようなこの国の常識から外れた能力でも、強ければ上に立つ。……逆に力で劣る人間の命では、真に心を得ることはできない」


 確かな理性と、揺るがぬ信念と共に言葉を紡ぐ。


「『北部反乱の責任を取って従う』──ああ、それでも十分だろう。……だが、それでは我が配下の人間は心では納得できない。真に剣を捧げることはできないのだ。

 勝手な物言いであることは理解している。……だが、どうか我々に、歪な支配者の崩壊によるなし崩しの敗北ではなく、戦いの果てに誇り高き敗者となるための儀式を。……まぁ、つまりだ」


 そこでルキウスは言葉を区切り、精悍な表情に確かな光を浮かべ。

 剣を突きつけると共に……一息に、告げた。



「──真に北部連合(われわれ)の忠誠を得たくば、まず連合最強(わたし)を倒せ」

「──」

「それを経てこそ、貴殿らの願いは叶うだろう。──これは、私の我儘だ」



 正しく、理解する。

 現状のような、北部連合側にとっては訳の分からないままの敗北ではなく。

 北部反乱を正しい形で『終わらせる』ための、儀式としての一騎打ちを。


 そうしなければ、何より己の配下が、北部連合が納得できない。

 その想いを代弁した上で、その身勝手を理解した上で。

 それでも配下の想いを納得させるための、こちらの力を見せる機会をルキウスは望んでいる。勝手の責は、己の我儘という形で全て背負うと宣言して。


「……」


 ……気がつくと。

 戦場の注目は全て、こちらに集まっていた。北部連合の人間は、全員ルキウスを見ている。

 彼らにとっては訳の分からない状況だろうが……それでも理解したのだろう。対峙するルキウスとエルメスの二人が、この北部反乱最後の天王山だと。

 それを理解させるのは、それを成すだけの人徳を、実績を、力を。これまでのルキウスが、確かに積み上げて来たからだろう。



 それこそが、ルキウス・フォン・フロダイト。

 正しく人の上に立ち、人の想いを背負うもの。



 ──再度、その在り方に戦慄するエルメスに対し。

 ルキウスは再び雰囲気を和らげると、こんなことを言ってきた。

 

「……付け加えると、だ」

「?」

「私としても、君との再戦は心待ちにしていてね。そういう意味でも『我儘』なのだ。──それに、君も」


 そして、どこかいたずらげな。年齢にしては稚気の強い……けれど不思議と似合う、悪童のような笑みと共に。



「──私に(・・)リベンジ(・・・・)したい(・・・)。そう顔に書いてあるぞ?」



「!」

「ならば誇りにかけて受けようではないか。用意してきたものがあるのだろう? 是非ともそれも見せて欲しいものだ!」


 ……そうして、再度エルメスは理解する。

 この青年は、自分の配下の想いも、そしてエルメスの想いすらも把握した上で。

 ある種の謝罪として。己の責も、己の罪も厭わず──この場を用意してくれたのだと。


「……はは」


 また、笑みが溢れる。

 だって──全部、図星だからだ。


 今までそれどころではなかったけど、本当は。

 この北部反乱の最初、ルキウスに手も足も出ず敗北して悔しかったことも。

 いつか再戦したいと思っていたことも。

 大司教相手の作戦が失敗した時の予備として……でも実は、『対ルキウス』を想定して開発した魔法があることも、全部。


 ……最後に、自分の後ろを見やる。

 そこには彼の仲間が勢揃いしていた。カティア、サラ、ユルゲン、アルバート……少し離れたところにニィナも。

 そして、最後に。同じく上に立つものとして代表のリリアーナが。


 ──師匠にお任せしますわ、と。

 静かに、全幅の信頼を寄せた表情で、頷いてくれた。


「……感謝を」


 そんな彼女たちに。

 加えて何より……ルキウスに。ニィナが慕い、北部の英雄となるに相応しい器を持つ傑物に対する心からの敬意と共に、エルメスは告げて。



「──受けます、どうか再戦を。……僕たちは、リリィ様たちは、あなた方の上に立つに相応しい存在であると、勝利を以て証明しましょう」

「素晴らしい。──ああ、無論全力で行くぞ? やれるものなら、やってみると良い」



 同時に、二人が魔力を解放する。

 その圧倒的な威圧に、周囲の人間全員は激戦を確信して。

 

 最後の激突が、始まるのだった。

北部反乱編、ラストバトル開幕。是非最後までお楽しみいただけると!



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それでは今後とも、「創成魔法の再現者」をよろしくお願い致します!



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