43話 対峙1
少し短めですみません、そしてあとがきに告知あります!
「……お見事」
リリアーナの魔法が、正しく発動し。兵士たちの足止めを十全に行ったのを見て、エルメスは静かに称賛する。
彼女の魔法──『原初特権:遍在領域』。
効果は見ての通り、領域内に居る味方全員に特定の魔法を付与すること。
形こそ違えど……それは彼女の願いである、『全ての人が、正しい意味で魔法を扱えるようになる』ことの限定的な具現化に他ならず。開発を手伝った彼からしても……文句なしに、綺麗だと言える形に仕上がったと思う。
……とは言っても。
欠点は多い。同時に使える魔法は一つだけだし、今使える魔法も一つだけだし、魔法の切り替えにも時間がかかる。何より特に燃費の部分が最悪だ。
いくらエルメスでも僅か二日という開発期間、しかも他人の願いを協力して形にするという初めての試みではこれが限界だった。むしろ最低限使えるものにできただけでも上出来だろう。
まぁ、その辺りは今後改善する上での課題にすれば良い。
……それに、何より。
彼女の魔法のおかげで、こちらの最大の欠点の一つ。数による圧倒的な戦力差を覆し、少数で大軍を足止めすることには完璧に成功したのだから。
現在の戦場は、曲がりなりにも拮抗状態。リリアーナの魔法を警戒して向こうも迂闊には動けない状態だ。
無論、それも長くは続かない。あの魔法の燃費の悪さはエルメスが一番良く知っている、リリアーナの領域が保って数分であることも勿論。
だが、問題ない。元より、この戦いに時間をかけるつもりはないからだ。
何故なら、情報アドバンテージは未だ圧倒的に向こうに分がある。リリアーナの活躍によって空隙こそ作ったものの、それ以外の大半の状況を予知によって把握されている状況は変わらない。
故に──望むのは短期決戦。
対応する暇を与えず、対策する時間を許さず。相手の打てる手を絞って、一本勝負で本領を発揮させる前に打倒し切るのが理想。
よって、この僅かな拮抗状態の間に、全てを片付ける。
リリアーナのおかげで、その第一段階は作り出せた。
よってここからは、それでも止められない相手。つまり……
「……まぁ、来ますよね」
向こうの集団の中から飛び出してきた、剣を持つ青年と少女。
ルキウスとニィナ──案の定均衡を崩しに来たフロダイトの兄妹を見て、エルメスは呟く。
そう、ここからは。リリアーナのおかげで軍と軍は拮抗した以上、個と個の戦い──つまり、向こうの血統魔法使い。
ニィナ、ルキウス──そしてその遥か後ろ、最奥で笑う大司教ヨハン。
彼らを打倒するのは、自分たちの役目だ。
決意と共に、エルメスは後ろに控える魔法使いたちに口を開く。
「──手筈通りに。公爵様は戦局を見て全体の指示を」
「分かったよ。一分でも長く保たせるようにしよう」
「アルバート様はリリィ様のサポートに。確実に集中狙いされますので」
「了解した。必ず守り切るとも」
まずは、戦況を維持するための二人に声をかける。双方から頼もしい返事、彼らならば必ず可能な限りの時間を稼いでくれるはずだ。
続けて、エルメスは残る二人──カティアとサラに、声をかける。
「──以前話した通りの割り振りで。行きましょう」
「ええ」
「はいっ」
ニィナとルキウスを突破し、大司教ヨハンに刃を届かせる。
その役目は──この三人で行う。
二日前、話した作戦通りに。エルメス、カティア、サラは同時に地を蹴るのだった。
◆
最初に領域の支配者──リリアーナを打倒すべく飛び出してきたのは、ルキウス。
彼はその超高練度の血統魔法による桁外れの身体能力で、一挙にリリアーナの懐まで飛び込もうとするが──
「……む」
立ちはだかる影。その正体を認め……少しだけ驚き気味に、声をかける。
「貴女か。意外だな」
「不満かしら?」
問われた人間、カティアは、凛とした表情で返答する。
その所作は、この場にあっても尚美しく。ルキウスは居住まいを正す。戦場における敬意がどのようなものかを、彼は弁えているからだ。
「まさか。噂に名高きトラーキアの令嬢と刃を交えられるのだ、この上ない光栄だとも。──だが」
しかし、その上で。ルキウスは続ける。己の力を正しく把握し、かつ自信を持つ者にしか出せない雰囲気と声色でもって。
「ここは戦場だ。普段なら淑女に手を上げるなど騎士として言語道断だが──この場に限っては、その理は捨てている。……覚悟はおありか? カティア嬢」
その言葉が意味するところは明白だ。
ルキウスも、本心ではエルメスと戦う気だったし戦いたかったに違いない。事実、彼の実力を考慮すればそれが傲慢でないことは間違いなく。
故に、告げているのだ。彼にとって自分はまだ、敵手ではなく淑女として扱うだけの余裕がある相手で。端的に言えば、『貴女では力不足だ』と。
敬意はあるし、礼儀も払う。だが一方で──それも、紛れもない事実だと。
その意図を余さず読み取った上で……カティアは、笑う。
「……あは」
だって、否定しようがない。眼前の青年はエルメスですらも勝てるかどうか分からない相手、自分にとっては格上も格上の相手であることは厳然たる事実。
実際、エルメスから自分に命じられた役割は足止め。打倒することは端から期待されていない、そういうところでのエルメスは非常に現実的で容赦がないのだ。
気を悪くはしない。エルメス然りルキウス然り、不相応な期待や押しつけよりそうはっきり示してくれた方が彼女にとっては受け止められる、他の貴族よりもしっかりしている分余程好意的だ。
自分はまだ、その領域に並べない。それは、未だ覆しようがなくて。
──それでも。
彼女にも、意地がある。想いがある。
それに……ぶつけたいものだって、あるのだ。
「その心配は不要よ。私は全て理解も覚悟もした上で、ここに居る」
そう返答して、彼女は詠唱する。己の魔法、『救世の冥界』を起動し、冥府の住人を次々と呼び出していく。
同時に、想いを燃やす。それが彼女の魔法を最大限発揮する上で必要になるから。
彼への憧憬と、追いつきたいという思いと。
そして──もう一つ、とっておきの。
……実を言うとちょっとこの場に似つかわしくないかもしれない想いも、解放する。
「私ね。実はずーっと不満だったのよ」
そう呟くと同時。……呼び出される霊魂の数と、そして質が変化する。
ルキウスが警戒する前で、それは尚も数を増して。
「分かってるわよ、エルが今はそれどころじゃないってことも、ここが正念場だってことも。そんなエルを私のわがままで振り回すことはできないって、ちゃーんと理解してますとも、ええ」
そんな彼女の様子を見た者がルキウスではなく……かつて学園に通っていた人間ならば、ぴんと来たかもしれない。
「でも、ねぇ? ちょっとエル最近──あの可愛い王女様に、首ったけすぎないかしら?」
──あ、対抗戦の時のあれだ、と。
そう、実はものすごく言いたかった。
私にも構ってよ、と。もっと甘えたかったし甘やかしたかった。リリアーナのことがもっのすごく羨ましかった。膝枕の件で多少は解消もされたけど、本音を言うならまだまだ足りなかった。
学園で別々のクラスになった時と同じように。収まることなくその感情が、彼女の中で膨れ上がっていたのだ。
……まぁ、でも。彼女だって反省はする。
その想いを発散しきれず変な方向に爆発した結果が、対抗戦の時のあの様子であり。ぶっちゃけて言うと彼女の中では黒歴史だ。しかもあの時の想いを高めるほど魔法の性能も凄まじく上昇するのだからタチが悪い。
故に、この想いは抑えるべきではない。そもそも抑えられるものではない、それが自分だとあの件を経て理解している。
かと言って、それを彼にぶつける訳にはいかず。……これも正直言うとそうなっても別に彼女は嫌ではないのだが、間違いなく多方面に迷惑がかかりすぎるから却下だ。
ならば、どうするか。
単純だ。彼にぶつけられないなら──別の方面にぶつければ良いのだ。
そう、例えば、その魔法を発揮しても文句のない。戦場での強敵とかに──
かくして。
これまでで最高の、桁違いに多数の霊魂を従えた冥府の女王は。
「……先に謝っておくわね、ルキウスさん」
可憐に、凄絶に──恐ろしいまでの存在感と美麗さを宿した微笑みを見せて。
「私──今からあなたに八つ当たりするから。……そちらこそ、覚悟はよろしくて?」
そんな様子を見たルキウスは……冷や汗を流し。確かな畏敬と共に、されど笑みを返して。
「なるほど、非礼を詫びよう。……貴女は、紛れもなく強敵だ」
一分の隙もなく、剣を構え。同時に数多の霊魂が彼に向けて殺到し。
一つ目の対峙。敵の最強格を抑える重要な戦いが、それに相応しい激しさと共にスタートしたのだった。
黒カティア様再臨です。次回もお楽しみに!
そして、昨日ようやく情報が解禁されたので告知です!
「創成魔法の再現者1 無才の少年と空の魔女〈上〉」
2月25日、オーバーラップ文庫様より発売されます!
イラストは、花ヶ田様に担当して頂くことになりました!
大変長らくお待たせいたしました……!
詳しくは活動報告に乗せてありますので、よろしければそちらもご覧いただけると!
イラスト、本文ともに大変素晴らしい出来に仕上がっています。
また他にも色々と嬉しい情報もあるので、デザイン公開含め追加の告知も
お待ちいただけますと嬉しいです!
それでは今後とも、「創成魔法の再現者」をよろしくお願い致します!
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