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41話 看破

 その日は、抜けるような快晴だった。


「……」


 北部連合拠点砦──エルメスたちがここに来る直前に奪われた砦、ハーヴィスト領の兵士たちにとっては敗北の証。

 その前に……今日。かつての雪辱を果たすべく、兵士たちとエルメスたちは立っていた。


「……出てきてるわね」


 カティアが呟く。

 彼女の言う通り、現在向かい合う砦の前には──こちらの数倍に届こうかという程の北部連合の全軍が。

 やってきたハーヴィスト領の兵士たちを叩き潰すべく、砦を背にした陣容を整えていた。


「普通なら、援軍を頼みに砦に篭ってもおかしくはなさそうですけれど……」

「うん。──その方が(・・・・)ありがたかった(・・・・・・・)んだけど、流石にね」


 サラの確認に、ユルゲンが補足した。

 そう。通常ならば相手が追い詰められている状況で、拠点が存在し、かつ援軍もすぐにやって来ることが分かりきっているとなれば──拠点に篭って援軍を待ち、確実に挟み撃ちにするのが常道だ。


 だが、向こうはそれをしない。否、しようとはしたが断念したのだろう。恐らくは大司教の予知によって。


 何故なら──こちらにはエルメスがいる。

 単純な話だ。エルメスなら、彼の魔法の破壊力であれば……砦程度容易に破壊できてしまうのだから。

 つまり、下手に篭れば彼の魔法が撃ち込み放題になるだけ。そう大司教は予知をしたからこそ、砦の前に布陣するという判断を行った。


 加えてあともう一つ、理由があるとすれば……


「……負けるはずはない、と思っているのだろうな」


 布陣する北部連合の様子を見て、アルバートがそう告げた。

 彼の認識は間違っていないだろう。事実万全の布陣で待ち構える北部連合の騎士たちは、圧倒的な優位に加えていざとなれば砦に逃げ込める安心感もあってか、優越感を隠そうともしない表情を一様に浮かべている。


 いや……どうやら表情だけではないようだ。


「ようやく観念したようだな、ハーヴィストの残党たち!」

「神の声を聞けぬ愚か者ども、邪悪に魂を売り渡した人間たちめ!」

「今日こそ我々が鉄槌を下してくれよう! 大司教猊下がお作りになる、神の国の礎となるが良い!」


 そんな声が聞こえる。

 北部連合の兵士たちが、騒いでいる。思考を止めた表情で、大司教のことを心の底から信じて一切の疑いを抱かない表情で。


 それは、主要な人間が既に大司教の洗脳による支配下なせいでもあるだろうが。

 加えて──この国の気質。血統魔法による身分主義と、血統魔法の扱いを定義した教会が長年にわたって育んできた、絶対的な上下関係の影響もあるだろう。

 その気質が、作り上げた。上の人間が決めたことに逆らってはいけない、疑ってはいけない。その頂点である『神の名の下』ならば、あらゆる悪徳が許される暗黒郷を。


 そして。

 ──それを壊すために、今。自分たちは、ここに立っている。


「おお、大司教猊下!」


 そこで、北部連合騎士の一人が声を上げた。

 声の通り、最後に砦の中から出てきた大司教ヨハンに、連合騎士全員が色めきたつ。


「猊下、いつでも用意はできております! 出陣の合図を!」

「ハーヴィストの連中は、貴方様の言う通りのこのこと出てきました!」

「我々がすぐにでも殲滅──いえ、むしろ猊下御自ら『神罰』をお与えになると言うのは如何でしょう!?」


『神罰』という言葉に、聞いていたハーヴィスト領兵士たちの体が強張る。

 ……やはり、自分たちがここにきた時の光景。あの大司教ヨハンが放った空から降り注ぐ激甚な破壊の光線は、怯懦を呼び起こしてしまうのだろう。

 それを踏まえた上で──エルメスは、思う。


「……よし」



 丁度良い。──まずは(・・・)そこから(・・・・)壊すか(・・・)、と。



 故に、彼は大司教の威容と、北部連合兵たちの狂信とも呼べる士気の高さに若干の怯えを見せている兵士たちの前に立つと。腕を振り上げ、息を吸い。



「──『流星の玉座(フリズスキャルヴ)』」



 魔法銘を、宣言した。

 兵士たちが目を見開く。北部連合も、ハーヴィスト領も同様に。


 直後降り注ぐ、空からの光線。

 だがこれは攻撃ではない、そもそも戦端が開かれていない以上、北部連合兵士たち及び砦は今自分たちがいる場所からは射程外だ。

 故に、轟音と共に着弾するのはその中間。両者の間に広がる平地の──丁度、このまま両軍がぶつかるだろう場所のうち七つ。

 一見すると、何の意味のない七箇所のように思えるが……当然、エルメスは無意味なことはしない。

 示威行為ではない。そもそも大司教の『神罰』の威力は血統魔法のくくりで考えても極致に近い。エルメスの『流星の玉座(フリズスキャルヴ)』と撃ち合った場合こちらが負けることは、今の光景を見れば誰もが納得できてしまうだろう。


 ……だが。

 そうはならないと、エルメスは知っている。何故なら、


「──ご安心ください、兵士の皆さん」


 彼は告げる。拡声の汎用魔法を用いて、北部連合の兵士に──そして大司教にも、言い聞かせるように。


「大司教の『神罰』。それを恐れる必要はありません。何故なら──」


 そこで言葉を区切り、声色を変えて。

 一息。



「──今撃った七箇所。『神罰』は、そこ(・・)以外には(・・・・)絶対に(・・・)落ちて(・・・)きません(・・・・)



『──』


 時が、止まった。

 詳しい情報は聞かされていなかったハーヴィストの一般兵たち、そしてそれ以上に北部連合の兵士たちが。驚愕に満ちた沈黙をあたりに響かせる。


 その沈黙に、叩きつけるようにエルメスは。

 大司教の威容を、虚飾を剥がす種明かしを口にした。




あらかじめ(・・・・・)決まった(・・・・)場所にしか(・・・・・)撃てない(・・・・)。それが『神罰』の、絶大な威力と引き換えにした技術的な限界だ。

 ──違いますか? 大司教ヨハン」




 ここにきた当初、大司教に食らった『神罰』の術式について。

 エルメスはこう分析していた。──上手く魔道具を組み合わせ時間をかけて準備すれば、あの威力の砲撃を撃つこと『だけ』ならできる。けれど自由自在に、好きな所に狙いをつけることはできないと。


 その技術的な問題が、解決されていたわけではなかったのだ。

 恐らくは彼の言葉通り、特定のポイントに時間をかけて。魔法的な仕込みを行った上で、威力と引き換えに制御不能な砲撃の誘導術式を組んでそこに着弾させる──とかその辺りだろう。

 それなら、エルメスの知る魔道具の知識を組み合わせれば納得できなくもない範囲だ。


 ならば残る疑問は──何故それであの時、自分たちを狙い打つことができたのか。

 これに関しても……今までの大司教の分析で、既に答えは出ているだろう。



 ──そう。『予知』していたのだ。

『あの日あの瞬間、あの場所にエルメスたちが居る』とピンポイントでの予知を行い、そのポイントに誘導術式を仕込んでおいたのだ。



 それはある意味でとんでもない、詐欺じみた所業。

 自分たちの居るところを砲撃で狙い撃った、のではなく。

 照準不能な砲撃を、予知した上で自分たちが居る場所に『置いておく』という荒業。


 しかしそれを遭遇初手という相手の全貌も見えないタイミングで、いきなり放たれてしまえば……見かけ上の効果は絶大。『予知』という唯一の理外の力を何倍にも増幅させ、恐ろしさや得体の知れなさがより強調されて見えていたのだ。


 大司教ヨハンの、優れた点もここだろう。

 実際は大きな制約のある魔法や技術を、しかしその制約を悟らせず。最も恐ろしく見える、最も効果的なタイミングで切るのが非常に上手い。

 流石は宗教組織のナンバーツー、奇跡の魅せ方はお手のものというわけだ。


 ──だが。それでも、種は割れた。

 からくりが分かれば、今のように誘導術式を探知して『神罰』が来る場所を特定することも可能。最初は気付かない程巧妙に隠蔽もされていたが、『何処かに在る』と分かっていればエルメスの魔法感知能力ならば気付けないはずがない。

 特定の場所にしか来ず、その場所も分かっているとなれば。もはやその術式は脅威たりえない、エルメスが『恐れる必要はない』と断言した理由もこれである。


 そして同時に──種が割れれば、お返しとばかりに。

 公衆の面前で種を暴き、北部連合兵の動揺とこちらの士気向上に利用させてもらう。



 ……大司教ヨハンは、強い。

 理外の力を持っていてもそれだけでここまではできない。自分の能力と権力、そして魔道具も含めたありとあらゆる手札を極めて効果的に切ってくる。エルメスとは別の意味で──『魔法の使い方』をこの上なく理解している。


 しかし。

 だからと言って、必要以上に恐れては思うつぼ。冷静な分析でもって、等身大の影を暴き出し。神の代弁者の全貌を露わにし、その座から引きずり落とす。



 そんな意思を込めての、エルメスの宣言。

 一方、それを受けて大司教ヨハンは──こちらも同様、拡声の汎用魔法を用いて。


「──くだらん」


 そう、告げた。動揺はなく、その代わりに……今までになかった、嫌悪を乗せて。


「貴様の狙いは透けている。そうやって言葉巧みにこちらの出方を誘導し、『神罰』を使わせることだろう。その後どうするつもりかは知らんがな。

 ……また、貴様のような者の挑発で使うほど『この魔法』は甘くない」


 続けて述べられた一切の澱みない、綺麗にこちらの質問をはぐらかす返答に、エルメスは確信する。

 ……流石に、これくらいは『読まれていた』かと。


「──そして、問おう神の僕たちよ。

 ……貴様らは、あのような矮小な一団ですら、神の力を借りねば倒せぬ程の無能か?」


 眼下の兵士たちを睥睨しての、重々しい言葉。

 北部連合兵が、反射的に背筋を伸ばす。特に先ほど大司教に『神罰を使ってくれ』と述べた兵士が、視線を向けられて更なる緊張に上擦った声で。


「い、いえッ! ご、ご安心ください猊下! あのような醜く神に逆らう郎党共は、我々北部連合の敵ではございません! たちどころに、ことごとく討ち果たしてみせましょう!」


 過剰な修飾を使った言葉。されどヨハンはそれに心を動かされた風もなく、


「分かっているならば良い」


 端的に、そう告げて。もう一度、北部騎士団を一通り見渡す。


「──騎士たちよ、これは正しき戦いである。邪教の徒を悉く滅し、神の威光を遍く地に知らしめるための戦いである。故に、諸君らが死力の限りを尽くし、真に勝利のための手を尽くしたならば、負ける道理は何処にもありはしない。

 ──それが(・・・)神の(・・)思し召しだ(・・・・・)


 完璧な抑揚、完璧な身振り。完璧な声色。

 計算され尽くした演説は、戦いの雰囲気と大司教の血統魔法も相まって、この上ない鼓舞の言葉として兵士たちの元に染み渡る。

 その効果が十全に発揮されたことを確認すると──大司教は、口の端を歪め。


()け。望むがまま、思うがままに暴れるが良い。

 ──さぁ、ルキウス」

「はっ!」


 騎士団長の名を呼び、影から紺色の髪をした青年が現れる。

 彼は一切承ったとばかりに、大司教の跡を引き継ぐと、大きく息を吸い──



「──全軍、突撃!!」



 瞬間、引き絞られた弓が解き放たれるかの如く。

 北部騎士団の、砦にいる全軍が。雄叫びと共に、動き出した。




「……流石に、あれだけで動揺はしてくれませんよね」


 かくして、間も無くこちらにやってくるだろう兵士たちの様子を観察しつつ、エルメスは述べる。

 大司教の虚像を破り、味方の士気を上げる目的は成功したものの。

 一方でこうなること……大司教がエルメスの指摘にも動じず兵士たちの士気を取り戻すこと。それ自体は、エルメスとしても想定していた。


 何故なら、これは。

『神罰』の仕組みを見破り、今回着弾場所を特定するまでは全て──『エルメスの行動』だからだ。


 エルメスが直接的に関わった行動は、全て読まれる。その原則は未だ健在。

 唯一の例外だったあの夜を過ぎればもう終わり。全ての行動は読み切られ、封じられるのが当然で。



 ──だから。ここからは託すのだ。



「お願いします。リリィ様」

「はい」


 エルメスの、声に合わせて。

 年端もいかぬ、美しい赤髪の少女が。されど確かな決意を瞳に灯して、前に出る。


 彼女がいる場所はこちら、ハーヴィスト兵たちの最前線。

 最後方に控えているヨハンとは真逆の、最も危険に晒される場所。

 端的に言って、最高責任者が居てはいけない場所だ。


 ……だが、これで良いと思う。

 今のリリアーナには、何もかもが足りていない。実力も、器も、威厳も。今は周りが、そして師匠が途轍もなく優秀だからなんとかなっているだけで、彼女自身は未だ道半ばであることは誰よりも理解している。

 ……ならば。危険くらい、命くらい懸けなければどうする。


「──よろしいですか、みなさま」


 一度振り向き、声を掛ける。

 そこに居るのは、彼女の配下。そしてハーヴィスト領の兵士たち。

 今問いかけられているのはその後者。それを理解してか、代表して。


「……無論です、リリアーナ殿下」


 騎士団長、トアが応えた。


「この国の未来を示して下さった貴女様に。我々が欲していた、我々自身でこの地を守りたいという想いを汲み取って下さった貴女様に。

 ──我々ハーヴィスト領一同、剣を捧げましょう。必ずや、貴女様の語る未来を、我々の手で実現させてみせます」

「!」


 同時に向けられる、幾百もの忠誠の視線。

 今までの、自分の側近数人だけだった時とは違う。数えきれないほどの人の想いが、命が。自らに懸けられていることを感じる。


 ……それは、重い。途轍もなく重い。

 でも、背負うと決めた。彼女の望みのために、背中に乗せて進むと決めたのだ。


 故に、リリアーナは。最後にもう一度、自分を奮い立たせるために。


「……師匠。手を、握って下さいますか……?」


 傍に立つ、頼もしい存在に声をかける。

 問われたエルメスは一瞬きょとんとするものの、すぐに微笑んで言う通りにしてくれて。


「大丈夫ですか?」

「……ええ。……本音を言うと、抱き締めても欲しいですけれど」


 伝わってくる体温に、今は十分な勇気をもらったから。

 最後の怯えを振り切り、彼女は手を離して顔を上げ。


「──それは、勝った後のご褒美に取っておきますわ」


 師匠譲りの、不適な笑みを。師匠の師匠譲りの、美しい顔に浮かべて。

 エルメスですら一瞬幻視するほどの誰かとそっくりな表情で、彼女は。

 息を吸い、唄う。



「──【()くて世界は創造された 無謬(むびゅう)の真理を此処に記す

    天上天下に区別無く 其は唯一の奇跡の為に】」



 かくして現る、創成魔法。

 翡翠の文字盤を顕現させた少女は、ここで、初めて。

 この国の未来を形として示すために。自らが考え、師匠に創って貰った想いの結晶を。

 真の意味で、彼女の戦いの始まりとなる、再現者の文言を。

 高らかに、言い放つのだった。



「──術式、再演!」

次回、お披露目です。お楽しみに!


これが今年最後の投稿となります。次回は予定通りなら1月1日の投稿となりますが……日にちが日にちなので若干ずれるかもです。申し訳ない……!

そして、年明けからはいくつか告知も出来ると思います!


四月末から始まったこの連載、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございます!

来年も是非『創成魔法の再現者』をよろしくお願いします!!

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