20話 化物
先程も一話更新してます!
ルキウスが息を吸い、魔法の詠唱を開始する。
「──【天に還り 終わりを告げよ 御心の具現に姿無き声を】」
(やっぱり──)
そして、エルメスがとある確信に至ると同時。
ルキウスが、構えを取り。魔法銘を宣言する。
「血統魔法──『無貌の御使』!」
瞬間、ルキウスの姿が掻き消える。
それを視認する間も無く、眼前にルキウスが現れて剣を振りかぶっていた。
(でしょう、ね──!)
しかし、エルメスもそれは読んでいた。
まず予めバックステップ。それによって相対速度を遅らせ、辛うじてタイミングを合わせることに成功する。
咄嗟に強化汎用魔法で剣閃を防御。同時に全力で後方へと飛び退いて衝撃を逃がす。初見の一撃に対してはほぼ完璧な対応だった。
──にも、関わらず。
「──ッッ!」
尋常ならざる衝撃が総身を襲う。完全な防御すら貫通して無視できないダメージがエルメスに叩き込まれる。
後退しながらその回復を待ちつつ、エルメスは分析を開始する。
……ルキウスの血統魔法は、予想通りだった。
『無貌の御使』。単純故に強力な身体能力強化の血統魔法。
ルキウスの術理を完璧に理解したわけではないが、あれほどの動きをするのにこの魔法が必要不可欠であることは予想がついた。
だが、しかし。その強化の幅は、エルメスの予想を遥かに超えていた。
なまじ同じ魔法を彼も再現できるが故に分かる。──ここまで魔法を引き出すことは、今のエルメスには不可能。ルキウスはこの魔法を凄まじい練度で習得していると。
「ほう、今の動き──格闘戦の心得もあるのか!」
ルキウスが感嘆の声を上げつつ追撃に向かってくる。……これ以上の考察をする猶予はない。
「『魔弾の射手』──属性付与:風嵐!」
防戦一方でもいられない。エルメスも後退しながら魔法を放つ。
風の魔弾。牽制を重視して速度に特化した魔法が発射され、一斉にルキウスに襲いかかる。が──
「良い魔法だ。しかし──少しばかり遅いな!」
ルキウスがそう告げ、大剣を振るう。凄まじい重量の剣が、片手で軽々と冗談のような速度で振るわれ轟音が唸る。
その結果は──先ほどと同じ。全ての魔弾が、立ちどころに斬り伏せられる。
(──予想通りとは言え、これは)
エルメスがそれを確認し、次の手を用意しながらも顔を引き攣らせる。
改めて見て、詳細こそ分からないが大凡の性質は掴めてきた。
まず、あの技術……恐らく何かからくりがあるタイプでは──ない。あの剣が魔道具という気配もないため、ルキウスの純粋な技術によるものだろう。
だが、それはすなわち──効果的な対策が不可能であることに他ならず。
「さぁ、もう種切れ……ということはないだろう? 悪いが君の評判は聞いている、油断は期待しないでくれ!」
宣言通り微塵も速度を緩めることなく、ルキウスが飛びかかってくる。
エルメスは分析を続けつつ、それを迎え撃つのだった。
──そこから先は、一方的な展開になった。
ルキウスがエルメスを攻め立て、エルメスが逃げながらそれを凌ぐ。
エルメス側の反撃手段としては、逃げ回りながらの血統魔法となるのだが──
「はっはぁ──甘い!」
「なるほどそう来るか、だが!」
「それは先ほども見たぞ!」
──これが、本当に、何も効かないのだ。
『魔法を斬れる』という恐らく唯一無二の特性。加えて彼自身の魔法込みで桁外れの身体能力に加え、大剣を操る神がかった技量。
それが合わさった結果──エルメスの扱うどんな魔法も全て、彼の間合いに入った瞬間に斬り伏せられるのだ。これで一体どうしろと言うのか。
彼の知りうる様々な魔法を試した、あらゆるパターンで隙を探った。
けれど、終ぞそれが見つかることはなく。
「これも先ほど見た。……いよいよ品切れかい?」
何度目か分からない魔法を易々と斬り伏せ、ルキウスが問いかけてくる。
対するエルメスは、全力の回避と魔法行使を続けた結果荒い息を吐いている。僅かな汗を流すだけのルキウスと比べても、劣勢は明らかだ。
……とんでもない化け物。噂に違わぬことを、改めて実感する。
しかし、当然。エルメスがやられっぱなしでいるはずがない。
全力の逃走の甲斐あって、十分に解析は済んだ。突破口も見つけた。
故に──反撃は、ここからだ。
「──む?」
ルキウスが眉根を潜める。
何せエルメスが次に放った魔法は──『魔弾の射手』。今まで散々撃って効かなかった魔法だ。
今更これでどうするのか。考えとしてはこの魔弾に何かを仕込んでいる可能性だが──だとしてもまとめて斬るだけ。そう判断してルキウスが剣を構えるが。
「──!」
その、手前。
ルキウスに向かうはずの魔弾が落ちる軌道で急カーブを描き、地面に激突する。
炸裂する魔弾。舞い上がる砂煙。
結果──一時的に視界が奪われる。
「そういう、ことか──!」
そうしてルキウスの攻めを防ぎつつ、エルメスは唱える。──ここまで見せず温存しておいた、この場における彼の切り札たる魔法を。
「術式再演──『無貌の御使』
術式複合──『魔弾の射手』」
エルメス特有の魔弾の肉体付与による速度強化と、身体強化魔法の融合。
彼の扱う複合血統魔法の中で、最速を誇る魔法だ。
エルメスがこれを選んだ理由は単純。
──これが唯一、ルキウスの速度を上回れる魔法だからだ。
ここまでの分析で、ルキウスの『無貌の御使』による強化の幅は把握した。魔法単体ではエルメス以上の強化を誇る彼だが──この速度特化の複合血統魔法には届かない。
故に、ここだ。
砂塵で視界を奪い、ルキウスの死角から反応させる間も無く高速の一撃を叩き込む。
隙が見つけられないなら、純粋な速度で上回って叩き潰す。
その決意を込めて、彼は魔法を起動する。現在瞬間的に出せる全魔力を注ぎ込んで、最高速度を実現する。
そして、彼の体が魔弾と化す。ルキウスの位置を魔力で感知し、数回のフェイントをかけて視界外から神速の突撃。
過去最高の速度に到達した彼は、さしものルキウスをもってしても捉えることは不可能──
──だったが。
「──そこだな」
完璧に。
寸分の狂いもなく、ルキウスが砂塵に包まれた中剣を振るい。
吸い込まれるように、エルメスの突撃を弾き飛ばした。
「か──ッ」
こうなると、速度は逆にエルメスに牙を剥く。
相対的に神速で振われた剣に叩き飛ばされる形となったエルメスが、身を襲う凄まじい衝撃に呼吸すら止まっての苦悶の声を上げる。
彼の脳裏を占めるのは、驚愕ただ一色。
「──素晴らしい一撃だったとも」
剣を振り切ったルキウスが、その体勢を保ったまま。
「だが、悪いな! ──目が見えずとも魔力を視れば、どこから来るかは大凡読める」
心からの称賛を示す口調で、己の動きの種を明かした。
そう、彼の反応の正体は魔力感知。
エルメスが魔力でルキウスの位置を把握したように、ルキウスも魔力で把握したのだ。……ただし、エルメスより更に詳細な魔法の正体、速度、そして狙いまでも。
そこで、エルメスが地面に叩きつけられる。辛うじて受け身は取ったがダメージは甚大。
それでも立ち上がりつつ、彼はこう思考した。
(……そこまでは、読んでいた)
エルメスも、ルキウスに反応されることまでは予測していたのだ。
何せ、彼は自身以上の魔力感知能力を持つ人間を知っている。それに照らし合わせれば、魔力から狙いが読まれることまでは推測の範囲内だった。
だからこそ──『反応できたとしても体が動かない速度』まで到達した上での突撃を仕掛けたはずだったのだ。
にも関わらず、現状完璧なカウンターを食らった理由。
それも、エルメスはあの一瞬で正確に把握していた。
(あの人はあの瞬間──魔法を集中させたんだ。恐らく上半身、更に言うなら右腕へと)
『無貌の御使』の応用だ。
あの魔法は通常、全身をくまなく身体強化する。それが一番基本的だし、そもそもそれ以外の使い方は魔法の意図から外れる。
しかし、ルキウスはそれを覆した。
己の全身を満遍なく強化している魔法。それを──上半身に集中させ、魔法の濃度を高める。結果、限界を超えた強化に成功し、反応に追いつくだけの挙動を実現できたのだ。
無論これは、言うは易しの典型例。
そもそも普通やっても無駄どころか逆効果なのだ。全身ならまだましだが、自分の体の一部分だけが異様に強くなればどう考えてもうまく動かせるわけがない。バランスが崩れて、普段通りの力すら発揮できないのが関の山。
にも関わらず、ルキウスは成功させた。恐らくは弛まぬ鍛錬と魔法への理解、そして天性の魔法への適性によって。
エルメスに同じことは……現状では、不可能だ。
それが意味することは一つ。
この青年は、かつてエルメスが考え、ローズが語った理論。
エルメスに到達できない極致──『一つの魔法を極めた』人間に他ならない。
(……こんな、人が、いたのか)
肩を押さえ、ある種の感動と共に立ち上がるエルメスの前で粉塵が晴れる。そこには、
「──改めて、本当に見事」
──額から一筋の血を流す、ルキウスの姿があった。
「な──!?」
「ルキウス殿が、血を!?」
北部連合の兵士たちが騒めく。どうやら彼が手傷を負うこと自体、彼らには信じられないことだったらしい。
そんな騒めきを他所に、ルキウスは口を開き。
「君の魔法は返された。だが剣を受ける瞬間、返されると悟って体を捻り──それだけでも驚愕に値するのにあまつさえ、尚も私の頭を狙うとは!」
あの瞬間エルメスが咄嗟に行ったことを説明した。
……とは言っても、与えられたのはかすり傷のみ。自省するエルメスに、されどルキウスは感嘆の声色を崩さず。
「しかもその目、ここまでやられて尚戦意が衰えないと見える!
本当に素晴らしいな──だが、だからこそ惜しい」
そこで、初めて。どこか不可解げに目を伏せた。
「──それほどの力を持ちながら。何故、星神に逆らう? 君がその境地に至るまでは相応の鍛錬があったはずだ。ならば、その過程で神の威光にも触れように」
「……?」
その言葉に今度は、エルメスの方も違和感を抱いた。
なんと言うか、うまく言葉には出来ないのだが……彼らしくない気がしたのだ。
いや、出会って僅か数分の人間に何を言っているのかと思われるかもしれないが、少なくともこの戦いを通してルキウスの人となりはなんとなく分かったつもりだ。
そこから受ける印象とは──どうも今の言葉が不自然に思えた。
まず、言っている内容からしておかしい。彼は、自分の知らない何かを知っているのだろうか。
そう言葉を分析するエルメスに、再度口を開きかけるルキウスだったが……そこで。
「願わくば、決着まで君とは研鑽の成果を交わしたかったが──そうもいかないようだ」
状況が、動いた。──悪い方へと。
ルキウスの後ろ、向こう側から大量の人間の足音。その正体は聞くまでもない。
「君の粘りは称賛する。だが、確実にここは押さえろとの仰せでね」
北部連合の、増援だ。
足音の規模からするに、数は百やそこらでは聞かない。ここからカティア達が合流したとしても対抗できるかどうか分からないほどの規模だ。
エルメスの後ろに控える兵士たちが、絶望の声を上げる。
「聞いておこうか、英雄君。君の名前は?」
「……エルメス、です」
その上でのルキウスの問い。そんな状況ではないと分かっているが、抗い難いものを感じてエルメスは素直に答える。
そして、それと同時に。
──覚えのある魔力が、向こう側。敵の方から急速にやってきていた。
その正体を即座に把握すると同時に……ある意味で納得した。
「では、こちらも改めて名乗ろう! 私の名前はルキウス」
だって、あまりにも共通点がありすぎた。
どこかすっきりとした性格や立ち居振る舞い、戦いでのスタイルや動きに──極めつけは使用している武器。
おまけに北部連合の人間とくれば、朧げながらも予感はするだろう。
「ルキウス・フォン・フロダイト。北部連合が一家、フロダイト子爵家の嫡男にして、連合騎士団の総隊長を務めさせてもらっている」
そうして、遂に。
背後の人混みの中から、覚えのある魔力の主──美しい銀髪の少女が飛び出してきて。
「そして聞くが良い、北部の背教者達よ! 星神の言葉に背き、間違った秩序を守り続けようとする不届き者は、この北部連合騎士団と──」
エルメスの背後の兵士たちにも言い聞かせるように、声を張り上げるルキウスの隣に並ぶ。
「我ら『フロダイトの兄妹』が、決して逃がさぬと心得るが良い!」
ニィナ・フォン・フロダイト。
エルメスの学園の友人にして、学園騒動で敵方の間諜だと判明した人物。
その少女が、自身の義兄でありエルメス達の敵であるルキウス・フォン・フロダイトの隣に控え。
その可憐な容貌と、金の瞳に感情の読み取れない色を湛えて、エルメスを見据えてきた。
「そう言えば……お兄さんが居る、と。出会ったとき仰っていましたね」
エルメスが小さく呟くと同時に、こちらの背後からも足音。
どうやらようやく山を降りて、カティア達が追いついてきたようだ。
……かくして間も無く、なんの因果か。
かつての学園で言葉を交わし合い、様々な因縁を持った彼らが。
想定以上に早く、一堂に会することとなる。
というわけで、新キャラ! ニィナのお兄ちゃんこと、ルキウスさんです。
超強いです。現時点のエル君より確実に強いです。
彼との因縁も北部反乱編で書いていく予定。遂に再会したニィナとの関わりも含め、がっつり話を動かしていきます。これからも楽しみにしていただけると嬉しいです!




