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13話 使い方

 宣言する。

 受け継ぐものとして、新たな道を拓くものとして、魔法の銘を宣誓する。

 幼くも美しい声で、碧眼に意思の光を煌めかせ。

 リリアーナは、告げた。



「創成魔法──『原初の碑文エメラルド・タブレット』!」



 然して現る、翡翠の文字盤。

 幻想的な光を宿すそれを、リリアーナはしかと握りしめる。


「──リリィ様」


 そこで、襲い来る魔法を防ぎつつの、師の驚きの声が聞こえた。

 彼の言わんとするところを正確に把握して、リリアーナは続ける。


「……分かっていますわ、師匠(せんせい)


 そう、ここ数日で『原初の碑文エメラルド・タブレット』の起動自体はできるようになったとは言え。

 魔法の創成はもちろん、彼が汎用魔法でやっているような改造ですらできるようになるには到底足りない。


 エルメスですら五年かけてここまで辿り着いたのだ。たかが数日でそこまで追いつこうなど烏滸がましい、魔法の道はそこまで甘くはない。


 ──けれど。

 リリアーナにだって、積み重ねたものがある。

 魔法を夢見て、鍛えてきたものがある。魔法に焦がれ、突き詰めてきたものがある。


 ならばそれと、この師から貰った力でもって。

 魔法……と呼べるかどうかは分からないけれど、ささやかな力を形にしよう。

 それが師のためになるのなら、迷う必要はない。


 そう思って、リリアーナは集中し──同時に、告げる。




 ◆




「……師匠。生意気なことを言ってしまったら申し訳ございません。けれど……よろしいでしょうか……?」


 突如として創成魔法を起動し、真剣な顔で言ってきたリリアーナ。

 その様子を見て、エルメスは──勿論攻撃を防ぐ手は止めないまま頷く。何か考えがあるのなら、ぜひ聞いてみたい。その意思を込めて。

 それを見てリリアーナはほっとした顔を浮かべ、続けてきた。


「師匠から貰ったこの『原初の碑文エメラルド・タブレット』。素晴らしい魔法ですわ。こうして起動するだけで、いろんな魔法の形が見えます」

「ええ」

「そこから魔法の組成を解析して、再現する。それがこの魔法の本当の使い方なのでしょう。わたくしはそこまで今はできません。けど──思ったのです」

「──何をごちゃごちゃ言っているんです! 兵士たちよ、さっさとあいつらを潰しなさいッ!!」


 会話を始めた師弟に苛立ってか、予想以上にエルメスを崩せないことに業を煮やしてか。

 兵士長が腹立たしげな声で兵士たちに怒鳴り、更に攻勢が増す。


「無能の王女と、足手纏いを抱えた魔法使い一人でしょう、さっさとやりなさい! そっちもいい加減諦めてもらえませんかねぇ、我々の門出をこんなつまらない茶番で汚さないでくれます!?」


 されど、エルメスはあくまで冷静に魔法を、後ついでに向こうの煩いだけの声も意識からシャットアウトする。

 そんな中、ようやく準備が完了したようで。

 リリアーナが、迫り来る魔法を見据えて、一息。



「魔法が視えるなら──『こういう使い方』もありなのでは、と」



 その瞬間。

 今まさに発射準備の完了した炎の集束詠唱(コンツェルト)が、エルメスたちに放たれる──



 ──前に(・・)その場で爆発した(・・・・・・・・)



「──ッッ!?」

「が──ッ!」

「何、が──!?」


 当然、魔法を放とうとしていた兵士たちもただでは済まない。

 流石に戦闘不能は免れたようだが、大きく隙が出る。慌てて兵士長が他の兵士たちにカバーさせつつ、怒声を上げる。


「な──何をしているんですか!? 魔法を失敗するなど──!」

「……いや」


 当然、エルメスは今の現象に気付いていた。

 兵士たちは何もしていない。何かをしたのはリリアーナだ。

 ただ、彼ですらにわかには信じ難い現象であったため問いかける。


「リリィ様、今のは──」

「うまく、行きましたわね。……発動阻害(インターセプト)、と勝手にわたくしは呼んでいます」


 視線を察して、リリアーナは答える。安堵と真剣さを込めて。


「わたくしは魔法を使えません。けれど魔力を扱うことはできますし、その魔力にささやかな指向性を持たせることはできますわ。小さな火を起こしたり、僅かな風を吹かせたり──他の魔力に、干渉させたり」


 エルメスが目を見張る。即座に答えに辿り着いた師を賞賛する表情で、リリアーナは続けた。


「そう──手元を狂わせる(・・・・・・・)のですわ。魔法の起動に合わせて、こちらの魔力で魔法を乱すのです。

 勿論、血統魔法の使い手ほどになるとそこまで効果は見込めません。せいぜい微かに狙いを逸らす程度ですが──これなら」


 そうだ、血統魔法と違い、集束詠唱は多数の小さな魔法を組み合わせる魔法。当然、最大の威力を発揮するには全ての魔法に等しい指向性を持たせる必要がある。


 ──なら、それを(・・・)全て(・・)乱してやれば(・・・・・・)


 当然、魔法同士が干渉し合って威力は減衰……どころか下手をすればまともに魔法が発動しない場合すらあり得る。先程の爆発はそういうからくりだ。


 加えて、『原初の碑文エメラルド・タブレット』。

 この魔法は、魔法を再現するための前段階として、対象の魔法の解析を補助する。


 エルメスは、それを魔法の理念と同じく再現のために使った。『自分の魔法を高める』ためにのみ使用していたのだ。『魔法を創る』ことは彼の目標であるから、それだけに意識が行っていた。


 ──だが。

 リリアーナは、それだけではないと。

 こと戦いにおいては、魔法を解析するこの魔法の使い方は他にあると。


 魔法の構造が分かるのなら、自分の魔法を高めるだけでなく──『相手の魔法を阻害する』という実戦的な手法もあると考え、今それを実行してのけたのだ。


 だが当然、控えめに言ってもとんでもない技術。恐らくは彼女のもつ桁外れの魔力操作能力が可能にした凄まじい荒技だ。


「……その、実は」


 魔法を防ぎながらの、そんな考察によるエルメスの沈黙をどう思ったか。

 リリアーナが、少し自嘲気味に告げてきた。


「この技術は……元々は、他の家庭教師から逃げるために編み出したんですの」

「え」

「向こうが魔法を使えて、わたくしが魔法を使えない。それが羨ましくて、妬ましくて……どうにかできないかと思って考え出したものですの。

 そんなマイナスなものを師匠にお見せしたくはない、何より師匠の言う通りにしていれば良いと、今までは隠していましたが──」


 思ったよりネガティブな起源を述べた後、リリアーナはでも、と顔を上げ。


「……それでも。そうやって隠して、身を引いて、言いなりにするだけでは……きっと、また失ってしまいますわ。だから……」


 そうして、毅然と少女は告げる。


「甘えるだけは、もうやめますわ」

「──」

「……見ていてくださいまし、師匠!」


 そこで、彼女は更に一歩前に踏み出し。

 先程の技術──発動阻害(インターセプト)を再度使う。創成魔法から得た情報を基に桁外れに精度の上がった干渉の魔力を差し込み、魔法の不全を誘発する。


「っ、またか──!」

「これは、どうすれば──!」


 効果は覿面だった。

 発動阻害は、集束魔法に対して特に極めて有効な手段である。

 加えて魔法が上手くいかなくなることは、実利的な火力の阻害に加えて精神的なダメージも大きい。『自分の魔法にやられる』という先程のようなことは誰も起こしたくない、その心理が躊躇いと迷いを生む。


 兵士長が再度怒鳴った。

 リリアーナの脅威を換算に入れて、戦術を組み直し──


「何を迷っているんですッ!! 多少訳の分からない技術を使われたところで、相手は二人でしょう! 魔法を邪魔しているのは王女なら、王女を(・・・)先に(・・)潰せば(・・・)いい(・・)でしょうに(・・・・・)!」


 ──そして、遂に致命的なミスを犯した。

『この場で一番目を離してはいけない人間』を、数秒フリーにしてしまったのだ。


「ッ、ばっ、誰がエルメスへの攻撃を緩めろと──!!」

「流石にその両立は無理筋でしょう」


 即座に気付くが、時既に遅し。

 数秒あれば、血統魔法一つを詠唱するには十分。

 そして血統魔法一つあれば、この状況を乗り切るには十分だ。


「リリィ様、助かりました。そして──失礼します」

「え……ひゃっ!?」


 心からの感謝と共に、エルメスはリリアーナを抱き上げ。

 同時にこの場をひっくり返すための、切り札たる魔法を宣誓する。



「術式再演──『無縫の大鷲(フレースヴェルグ)』!」



 そうして、二人は飛び上がる。

 兵士たちの誰の魔法も届かないほどの、超高度まで。


「!?」


 リリアーナが声にならない驚愕の声を上げる。

 兵士たちが全員目を剥き、騒ぐ声が微かに地上から聞こえてくる。

 そんな様子を他所に、エルメスは再度腕の中のリリアーナに話しかけた。


「リリィ様、改めて助かりました。貴女様のおかげで面倒な状況を脱出できた」

「え、そのっ、こ、これは──!?」


 まだ状況に混乱しているらしいリリアーナに向けて、エルメスは苦笑気味に。


「これも魔法ですよ。というより……あんなすごいことができるのならもっと早く見せてくれても良かったではありませんか」

「そっ、それは──師匠が使わせてくれなかったからですわ! 鬼ごっこで師匠が魔法を使わなかったから機会がなかったんですの!」


 ──それは、確かに。

 リリアーナが発動阻害を使うとしたら以前の鬼ごっこの時だっただろうし、あの時はエルメスもリリアーナに合わせて魔法抜きで追い詰めていた。

 それ以降も基本的には座学だけだったし、機会が無かったと言えばそうなのだろう。


 納得するエルメスに対し、ようやく落ち着いてきたらしいリリアーナは数瞬沈黙し……先程のエルメスの言葉を噛み締めるように俯くと。


「……師匠」

「はい」

「わたくしは……お役に立てましたか?」


 答えには一瞬の躊躇もいらなかった。


「はい、もちろん」

「で、でも! こんな技術、魔法をすごく大事にしておられる師匠はお嫌なのではないかと! それに、元はわたくしの嫉妬から生まれたもので、こんな──」


 ……確かに、エルメスには無い発想による技法だっただろう。

 魔法と呼べるかどうかは微妙だし、基になった感情が良いものでは無いこともきっと本当なのだろう。


 それでも。これは紛れもない、弟子の新たな一歩だ。ならば師としては喜びこそすれ、嘆く必要はどこにもない。新たな発想だって歓迎すべきものだ。

 ……むしろ多分自分が甘すぎたのだろうなと反省するくらいである。

 故に、彼は告げる。


「──嬉しかったですよ」

「え?」

「何であれ、それはリリィ様が必死に考えて生み出したものです。だとすれば嫌がる要素はひとつもございません」

「!」

「それに──今はきちんと、僕を助けるために使ってくださったんでしょう? なら、何も問題はありませんよ」


 おずおずと顔を上げるリリアーナに、エルメスは笑って。


「──その技術。ぜひ今度、僕にも教えて下さい」

「……あ」


 そこで、彼女の心のしこりが完全に取れたのだろう。

 感極まった様子で、リリアーナがエルメスに抱きついてくる。

 彼女の背を撫でつつ、エルメスは告げた。


「では、リリィ様のおかげで得たこの機会、詰めに参ります。……よろしければ、今度はリリィ様にも見ていただきたい」

「……ふぁい?」


 胸元に顔を埋めていたリリアーナが声をあげる。


「弟子の成長で個人的にも気分が高揚しているので。──状況的にも、最大火力で参ります。……今の僕の本気を、是非」


 それで完全に再度顔を上げたリリアーナに、エルメスは眼下で喚く兵士たちに向かって息を吸い。



「【天地(あめつち)全てを見晴るかす 瞳は泉に 頭顱(とうろ)は贄に 我が位階こそ頂と知れ】」



 先程の魔法と合わせ、改めての驚きに目を見開くリリアーナの前で。

 一瞬でかたを付けるべく、エルメスは手を振り上げ、告げた。



「術式再演──『流星の玉座(フリズスキャルヴ)』!」



 かくして、光の雨が降り注ぐ。

 逃げ場はなく、防げる威力でもない。瞬く間に兵士たちが光に打ち据えられ、戦闘不能となって行く。


「……すごい」


 リリアーナの、憧憬を含んだ声を最後に。

 魔法が止んだ後、展開されるは決着の沈黙のみ。


「な、なっ、何が起きた──!?」


 ……訂正。謎にタフネスの高い兵士長だけは辛うじて意識を保ったようだ。

 眼前の光景を認められないらしく、兵士長が喚く。


「あ、ありえない! 何故だ、今日こそ我々の始まりとなるはずだったのに! こんな、こんな訳の分からないもので終わっていいはずが無いでしょう! 認めるものですか、こんなの──!!」

「──認めないのはご自由ですが。近所迷惑なので騒ぐのは程々に」


 そんな背後に、瞬時に降り立ったエルメスが全体重を乗せたハイキックをこめかみに炸裂させ。

 今度こそ完全に意識を刈り取り、ようやく沈黙が辺りを包んだのだった。




 ◆




 ……こうして、とりあえずの窮地は脱したが。

 王都全体を取り巻く状況は、未だ予断を許さない。と言うより──


「……リリィ様。落ち着いて聞いて下さい」


 未だあちこちから大声が聞こえてくる、王都の中。

 リリアーナの前で目線を合わせ、エルメスが真剣な面持ちで告げる。


「トラーキア家も、激しい襲撃を受けました。加えて……既に王都の主要機関全てが、恐らくは第一王子派の手に落ちています。今王都を奪還するには、あまりにも人も戦力も足りなさすぎる」

「っ……はい」


 リリアーナが、少し辛そうながらも毅然と頷く。

 彼女も分かっていたのだろう。こうなった以上、いくらエルメスでも今すぐにはどうしようもないと。


 それを認識した上で、きちんと頷いてくれたリリアーナに感謝しつつ、エルメスは続ける。


「なので、一先ずは王都を脱出します」

「……ええ」

「そうして、改めて奪還のための方策を練るとしましょう。だからまず、カティア様たちトラーキア家の方に合流と助勢を──」


 しかし、そこで。

 エルメスがぴくりと眉を動かし、立ち上がる。


「──する、前に。もう一仕事必要なようなので、もう少々お待ちください」

「え──」


 リリアーナがそれに問いかけようとした、その瞬間。



「……おいおい、マジかよ」



 向こう側から、聞き覚えのある声。


「まぁ勝てるとは思ってなかったけどさぁ……流石に俺が来るまで持ち堪えてはくれると踏んでたんだが……あいつが想像以上に無能だったか、或いは」


 その声の主が、かつこつと歩いて来て。

 姿が見える距離で立ち止まり、暗い蒼の瞳でこちらを射抜く。


「この惨状を見るに、また何ぞ隠し持ってやがったか? ……マジで何もんだよ、お前」

「……ラプラス卿」


 男の……間違いなくこの状況に深く関わっている人間の名を、エルメスは呼ぶ。

 彼、ラプラスがここに来た理由は聞くまでもない。


 ……奇しくも、以前学園で対峙した時とは真逆の状況。

 リリアーナと共に王都から脱出するためには、宣言通りもう一仕事必要なようだと。

 エルメスが改めて気合を入れ、最後の関門を見据えるのだった。

第三章プロローグ、クライマックスです。次回もお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] よみきった!おもろい!! 見つけられてよかった。 [一言] 続き、楽しみにしてまーす。
[一言] ラプラス相手にどんな風に話が展開していくのか楽しみです!
[一言] ここでラプラス来るのきついな、リリィ様守りながらだと相当きついでしょ、フレースヴェルグで逃げるが勝ちかな?
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