9話 反乱と方針
先程も一話更新してます!
「反乱……!?」
リリアーナが、驚愕の声を上げた。
エルメスにとっても初耳だ。咄嗟に周りの人間の反応を見渡し、状況を把握する。ユルゲンは……流石に顔には出さないが、おそらく彼も初耳だろう。そうでなければ事前に一言くらいは話すはずだ。
宰相が淡々と話を続ける。
「ええ。つい先日のことなので、ご存知ないのも無理はございません。……北部の約半数の貴族六家が団結し連合を結成、反乱を起こしました。曰く、『現行の王権には最早任せておけない』と」
「──」
「現在、連合に加わらなかった北部他家を攻撃し、次々と支配下に加えるべく行動を起こしているそうです」
それは──最早反乱を通り越して、内乱の域に足を突っ込んでいる。
「一体、どうして……」
「どうもこうもないだろう。今宰相が言った通りだよ、リリアーナ」
リリアーナの声に、第一王子ヘルクが反応した。
そう、理由はまさしく言葉通り、現行政権への不満だ。
……ひょっとすると、これもアスターを失った弊害の可能性がある。どうやらあの王子様、本性を悟られない限りは極めて他にも人気だったらしい。
「……そういうことだよ」
国王が、言葉を発する。
「今回ここに集まってもらった理由の二つ目がこれだ。つまり私の名代として──『誰を向かわせるか』ということを決めたい」
地方反乱となれば、国家レベルの大事だ。その平定のために王族の誰かを向かわせることは理に叶っている。
加えて、各候補者からすればこれは功績を挙げる大きな機会。反乱を平定したものは器を示し、大きく玉座に近付くだろう。故に誰が行くか、議論が紛糾する──
──と、普通なら思う。
だがエルメスは、先程伺った反応から別の結論を推測してしまっていた。
そして──その推測通りのことが、第二王女ライラから発せられた。
「──リリィに行かせればいいではありませんの、陛下」
「……え」
呆けた声をあげるリリアーナに、ライラが続ける。
「私とヘルクお兄様が別件で忙しいことは、陛下もご存知でしょう? ならば新たなる候補者として名乗り出てくれたリリィに、それを任せてみてはいかがでしょうか? もっとも──」
そして、一片の曇りもない笑顔と共に。
「──リリィ程度の派閥の戦力で北部六家連合の反乱を平定できるのなら、ですけれど」
「──っ!」
案の定、である。
有り体に言うとライラは、まずリリアーナに無理難題をふっかけたのだ。
これを受ければ十中八九失敗し、ただでさえ無適性の最低評価だったリリアーナの候補者としての格は再起不能になり。
かと言って断れば、立候補しただけで何も出来ない王女と罵られる。
地方反乱を都合良く使って、ライラはリリアーナを候補者として貶めようとしているのだ……いや。
そもそも、本当に偶然都合良く地方反乱が起きたかどうかも怪しい。何故なら、
反乱を知らされた時──ライラは一切動揺していなかったのだ。
そう、それこそ予め知っていたかのように。
そもそも北部は比較的『教会』の影響力が強い土地。その時点ですでにきな臭い──が、疑いだけで意見を挟むことは出来ない。
「……はは。それは良い」
恐ろしく陰謀が見え隠れする提案だったが、それに賛同を示す人物が一人。
灰髪の男──第一王子の参謀ラプラスだ。
「ヘルク殿下とライラ殿下、どちらを向かわせても恐らくはもう片方から反発が起こるでしょう。無論陛下の仰せとあらばそうしないことも約束いたしますが──一先ずはライラ殿下の案が一番波が立たないでしょう」
無論、と続けてリリアーナを見据え、
「リリアーナ殿下が反乱を抑えられるなら、という前提ですが。……もし無理と仰るなら、どうぞ遠慮なく頼ってください。優しいお兄様とお姉様をね?」
「……!」
「……」
煽るような物言いにリリアーナがラプラスを睨み、そんな彼女を第一王子ヘルクが冷ややかな目線で睥睨する。
そんな候補者たちを他所に、国王が口を開いた。
「……最優先すべきは、『実際に反乱を平定できるかどうか』だ。ヘルクとライラの手が今空いていないということも確か。リリアーナが向かってくれるのならば、正直なところ一番助かるのが事実だ。最悪平定できなくとも、ある程度抑えるだけでも余裕ができるしね」
そうして、国王フリードは問いかける。見極める目で──そして同時に、何かを期待するような目で。
「故に、問う。……いけるのかい、リリアーナ」
候補者に名乗り出る以上は、自らで決断しなさい。そんなメッセージを込めた問いかけに、リリアーナはしばし迷う様子を見せたのち──決意を込めた瞳で、エルメスとユルゲンを見やる。
そうして、二人は頷いた。エルメスは自分の能力に自信を持っていたし──ユルゲンも頷くということは、勝算はあるのだろう。ならば彼も迷う必要はない。
それを受けたリリアーナも感謝を込めた頷きを返して、再度国王に振り向き、告げるのだった。
「──お任せくださいまし。陛下」
◆
その後細かい取り決めが終わったのち、国王も退室して。
当初と同じように、候補者とその補佐だけが残される。
流石に入った最初のように文句をつけてくることはないようだが──ヘルクとライラがリリアーナを見る目は、一様に不満げだ。
……恐らく、彼らはあの場でリリアーナが断ると思っていたのだろう。エルメスと出会う前の、自らの能力に絶望しきっていた彼女だったから。
そんな視線を受け、リリアーナは辛そうにしながらも……毅然と、退室間際に言葉を残す。
「……ヘルクお兄様、ライラお姉様。わたくしの言うことを、今あなた方が聞き入れていただけないことは分かりましたわ。……仕方ないと思います。わたくしは今、何の力も持たない存在であることは確かですもの」
でも、と顔を上げ。
「いずれ、必ず。もう一度あなた方の前に立って──今度はきちんと、お話できるだけのものを身につけて来ます。だから……っ」
そこで言葉を少し詰まらせるが……それでも、最後に一言、告げるのだった。
「……信じていますわ。お兄様、お姉様」
そうして、扉を閉める。
間際にエルメスが見たものは、ラプラスの相変わらず得体の知れない表情と。
ヘルクとライラの、ひどく形容し難い顔だった。
かくして謁見室を出て、しばらく三人で歩き──十分遠ざかってから。
「…………っ!」
まるで糸が切れたかのように。
リリアーナが崩れ落ち──エルメスに正面から抱きついてきた。
柔らかく、エルメスはそれを受け止める。
「……大丈夫ですか、リリィ様」
「ええ……でも、すみません、もうしばらく……」
潤んだ声で、ぎゅっとしがみついてくるリリアーナ。
……無理もないと思う。エルメスはかつてのリリアーナと兄姉たちの仲は知らないし、王族のしがらみもあるのだろうが……それでも、分かる。
あれは、どう考えても、家族にする態度ではない。
いくら何でも、現時点では好意的に接せられる気分ではないなとエルメスは思った。
そんな彼の胸の中で、リリアーナのくぐもった声が響く。
「……何も……出来ませんでしたわ……」
嗚咽を隠さない、隠せない涙声で。
「もう少しは、話せると思っていましたのに……いざ会うと、お兄様とお姉様の前に足がすくんで……っ」
「……お気になさらず。御歳を考えれば十分ご立派でした」
ユルゲンがそう声をかける。エルメスも同意だ。
正直、現王家がここまで酷いとは思っていなかった。国王フリードはまだ真っ当に責務を果たそうとしていたが……ヘルクとライラは、本当に、何があればああなるのやら。
国王の問いにきちんと自分で答えたことも含め、リリアーナは、十分頑張った。労るように背を撫でつつ、エルメスはユルゲンに目を向ける。
「両殿下はともあれ。……いくつか、問題は浮き彫りになりましたね」
「ああ。──まずは、例の地方反乱について」
ユルゲン曰く、その情報に関しては知らされていなかったとのこと。加えてエルメスの懸念に関しても同意を示した。
「……十中八九、陰謀だろうね。いつからかは知らないけれど、リリアーナ殿下に無理難題をふっかけるところまで仕込みだった可能性は高い」
やはりか。その辺りは後々精査する必要がありそうだが……
「だが、希望もある。──過程がどうあれ、陛下はリリアーナ殿下に勲功を立てる機会を下さった。……まぁはっきり言ってしまうと、あれは殿下と言うより私の手腕を評価してくださっての委任だろうけどね」
納得する。
確かにリリアーナを信じたと言うよりは、これまで名門公爵に相応しい働きをしてきたユルゲンを信じて任せた、と考える方がしっくりくる。あの王様は、その辺りはきちんと私情を挟まず評価する類の人だとの印象をエルメスも受けた。
「それに関しては、また追々作戦を話そう。今は何より──」
「──あの男。ラプラス卿のことですね」
エルメスとユルゲンが、硬い表情を交換し。ユルゲンが告げる。
「私の疑問は一つだ。──何故、あそこで姿を表した?」
エルメスも同意見だ。
「いくら追及を逃れる自信があるとは言え。どう考えてもリスクの方が高いですし──何より、僕たちに『第一王子のブレーンは例の組織の男』という情報を与えたことは明確なデメリットのはずです」
「そうだね。今回の謁見なら代理を立てるなり何なりすれば良かったはずだ。にも関わらずそれをしなかった理由は……」
ユルゲンはしばし考え込んで、思索を整理するように言葉を発した。
「考えられるものとしては……あの謁見の場でどうしても本人が確かめたいことがあった。或いは──囮、か?」
「囮?」
「ああ。あの場であんな現れ方をすれば、どう足掻いても僕たちの注意はラプラス卿に向く。そうすることで、目を逸らさせたいものがあった……とかかな」
「なるほど」
考えられなくはない。以前の邂逅から察したラプラスの性格は、相当に強かだ。色々と策謀を張り巡らせていてもおかしくはない。
「ともあれ、その辺も考えてみよう。……私の調査すら掻い潜るほどの男だ、警戒しすぎるということはないだろうからね」
「同感です」
何にせよ、今は不確定な情報が多すぎる。下手に推測を捏ね回すより、きちんとした調査や精査をユルゲンに任せてから考えるべきだろう。
そう結論付け、一先ずは情報整理も終了したので──
「……リリィ様、落ち着きましたか?」
「……え、ええ」
エルメスの胸の中で涙を流していたリリアーナが、気恥ずかしそうに告げる。
けれど、ひとしきり泣いてある程度踏ん切りがついたのか、顔を上げると。
「とにかく、思った以上に猶予がないことは分かりましたわ。……また、お兄様とお姉様の前でお話しするためにも……わたくしなりに、やれることを、全力でやらなければ……っ」
宣言するが──それでも、やはり想像以上に辛かったのだろう。
一度は拭ったはずの涙が再び溢れてきて、やがてまた嗚咽を漏らしてその場に座り込んでしまう。
謝りながらも、立ち上がれない様子のリリアーナに。
……いつかの修行初期、まだ自分にはっきりとした自信を持てていなかった頃の自身を重ねたエルメスは。
「……リリィ様。失礼します」
「え……ふぇ!?」
ひょい、と。
リリアーナの手を取って立たせると、彼女の背中と膝裏に手を回して持ち上げ、すっぽりと腕の中に仕舞い込む。
俗に言う、お姫様抱っこというやつだ。
「え、いや、そ、その、師匠、あの……っ!?」
「立てないのなら構いません。それに王宮の床は冷たい、座っていてはお体に障ります」
その幼い美貌を髪と同じ真っ赤にして目を白黒させるリリアーナに、エルメスは穏やかに。
「立ち上がれない時は、誰にでもありますから。……お嫌でしたら、言ってください」
「──」
言葉を聞いて、リリアーナは頬こそ紅潮させたままだったが、やがて目尻を伏せると、控えめにエルメスの襟をぎゅっと握って。
「……いえ。むしろ……離さないでくださいまし」
ぽそりと、囁くようにそう言ったのだった。
エルメスは苦笑する。……あまりにも、この子はかつての自分とその恩人を想起させる要素が多すぎるなぁ、と。
色々と気にかけてしまうのは、そういう理由もあるのかもしれない。
そんなことを思いながら、暖かな体温を腕にしまって歩き出すエルメスに、並んで歩くユルゲンがこれも苦笑気味に一言。
「……できれば、カティアたちが待つ部屋に着く前には降ろしてくれると助かるよ」
「? 分かりました。リリィ様もよろしいですか?」
「………………、はい」
尚、この後結局部屋の前でリリアーナが『離れたくない』と言った結果、扉の前で問答していると騒ぎに気がついたカティアたちが内側から扉をあけ、ばっちり師弟の様子を目撃してしまい。
色々あったものの、最後はいつもの第三王女陣営の様子になっていくのだった。
これにて、三章のお膳立てと役者が揃いました。
いよいよ次回からお話が動く予感。お楽しみに!




