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8話 国王

「……ラプラス」


 その名は、初めて聞いた。

 けれど、その男は知っている。


 かつての学園騒動の、ある意味の主犯。

 クライドを唆し、最後の最後にエルメスと対峙し痛み分けに終わった、王国に仇なす組織の幹部。


 そんな男が──よりにもよって、第一王子の参謀として収まっている事実。

 その深刻さは、誰だって理解できよう。


「ん、どうしたんだい英雄君」


 エルメスの視線を受け、男──ラプラスは愉快そうに笑って口を開く。


「──俺と君とは、初対面のはずだけど? 接点なんてありようがないからね」


 ……そう来るか。


「師匠……ど、どういうことですの?」

「エルメス君、まさかとは思うが、彼は──」


 続いて不穏な気配を嗅ぎ取ったリリアーナ、そしてエルメスからラプラスの人相を聞いていて勘付いたらしく問いかけてくるユルゲン。

 その二人に、彼は解説する。眼前の男の正体を。


「そんな……っ、お兄様!」


 それを聞いたリリアーナは、矢も盾もたまらずに叫んだ。


「その男は、先の学園騒動の──!」


 しかし、第一王子ヘルクはリリアーナの主張を冷静に聞き遂げると。


「……だそうだが? ラプラス卿」

「はは。なるほど──随分と杜撰な妨害工作(・・・・)ですね、殿下」


 動揺すらなくラプラスに確認し、当人はそれを笑い飛ばした。


「確かに俺は、身元すら怪しい木っ端貴族界の出身だ。流言飛語で突き崩すには妥当な隙でしょう。でもねぇ──」


 そうして、細めた視線でリリアーナ陣営を射抜き。



「──それを言うなら、そっちのエルメス君だってそうでしょう?」



「!」

「調べたところによると、元フレンブリード家とは言え一度追放されて、その後しばらく行方が知れなかったと言うじゃないですか。その間果たして何をしていたのやら。それこそ怪しい組織に拾われて王国へ敵対するスパイに育て上げられていても不思議じゃない」


 意趣返しのように、ラプラスが告げる。


「そう、リリアーナ殿下? 善意から教えてあげますが──その男こそ、殿下を騙して取り入り王国を崩そうとする悪意に満ちた人間なのですよ」

「ち、違いますわ……っ! 師匠は、師匠はそんな人じゃ──!」


 泣きそうな顔で反駁しようとするリリアーナを、一歩踏み出してエルメスは手で制した。


 そういう事だ。

 ラプラスがこの場に現れ、仮にエルメス達がその正体を知っていたとしても──今この場では、何の意味もないのだ。


 何故なら、リリアーナ陣営とヘルク陣営はすでに敵対している。

 ならば敵対者のこちらが何を言ったところで、今のように妨害工作としか受け取られないのだ。丁度今のラプラスの言葉をリリアーナが否定したように。


 故に、ここで喚くことは無意味。こちらの不利にしかならない。


「……師匠」


 こちらを見上げてくるリリアーナに視線で感謝を告げると、エルメスはラプラスを見据えて。


「……はじめまして(・・・・・・)、ラプラス卿。失礼致しました、貴方が僕のよく知る人物にとても良く似ていたもので。勘違いをした僕の非です。だから──」


 軽く口元に笑みを浮かべ、けれど視線はこの上なく鋭く射抜いて、今度はこちらが意趣返しのように告げる。


「──うちのお姫様を、あまりいじめないでいただけますか?」

「……へぇ」


 ラプラスが、即座に状況を理解して対応したエルメスに感心するような目を向けた。やるね、と口だけを動かして称賛する。

 一方のリリアーナは尚も何か言いたげだったが……それは叶わなかった。なぜならそこで、



「──フリード国王陛下の、ご入来です」



 本日の本題が、始まってしまったからだ。

 謁見の間の奥から響いてきた、恐らくは宰相と思しき者の声の後に。

 ゆっくりと謁見の間の最上位に歩み出てきた人物を、他の人間に倣って膝をついたエルメスは見やる。


 あれが、この国の現国王。フリード・ヨーゼフ・フォン・ユースティア。

 見目はどちらかと言えば、第一王子に近いだろうか。紺と黒の中間の色をした髪に、中肉中背の外見。

 そんな中で、最もエルメスが疑問に思ったのは……


(この人が……国王様?)


 そう考えたのは訳がある。


 ──あまりにも、特徴が無い(・・・・・)のだ。現在玉座に座る男性は。


 これまでエルメスが過去出会ってきた王族は、方向性はどうあれ皆がかなり特徴的な、尖った見目をしていた。

 それと比べると……異様に、目立たない。ある意味でどこにでも居そうな男性が豪奢な玉座に座っているという事実に、エルメスが少し困惑する。

 すると、


「……そこの、銀髪の少年」


 フリード国王が、口を開いた。

 威厳に乏しい瞳が、それでもじっとエルメスを見据えていた。思わず体を固まらせるエルメスに、国王は続けて述べる。


「其方……私を『国王にしては覇気に欠ける』と思っただろうか?」

「え。いや、その」


 図星である。

 唐突に訪れたまさかの窮地に冷や汗をかくエルメスだったが、そこで、


「……はは。良い、事実だ」


 意外にも、国王は寛容な態度を見せた。そのまま、ゆったりと語り始める。


「私自身、自覚しているとも。玉座に相応しく無いとまでは立場上言えないが……私は他の家族、特にかつて玉座を争った妹と比べればあまりにも……」

「!」

「……いや。そもそも、あれは争ったとは言えなかっただろうな……」


 ──そこで、エルメスも納得した。

 そうか。そうだ。年代的にはそうでなければおかしい。

 この王様は、敢えて誤解を恐れない言い方をするならば──



 ──ローズの(・・・・)代わりに(・・・・)玉座に(・・・)ついて(・・・)しまった(・・・・)、国王なのだ。



 彼女が王都を出る前は、誰もがローズこそ次代の国王に相応しいと持ち上げていたことは知っている。

 そんな彼女が、唐突に王都からいなくなって。そうして誰よりも輝く候補を欠いた上で、選ばれた王様。


 そこにどんな労苦があったか、完全に推し量ることはできないけれど……その事実が今も現国王の中に大きくあることは、今の言葉で察せられた。


 フリード国王が続ける。


「だからこそ、私は次代の王には枠に囚われぬ英雄性を求めた。その結果──アスターをあそこまで増長させてしまったことは、私の責任だ」


 アスターの一件に関しても朧げな意図がその言葉から見えて、そして。


「だが、それで終わらせることは出来ない。だからこそ強き後継者を求めることも、私の責務だ」


 心なしか迫力が増した声で、その場の全員が悟る。──遂に本題が始まった、と。


「子供たちよ。お前たちが次代の玉座を巡って争っていることは知っている。……それを、明確に止めることは出来ない。そう言った争いを勝ち抜くことも王の資質であり、私が強引に一人を定めたところで争いは終わらないからだ」


 ある意味で、兄弟姉妹での争いを助長する言葉。だがそこで、国王は少し声を変えると。


「しかし、当然そのような状況は健全とは言い難い。加減を誤れば国難に繋がることも間違いないだろう。故に、私がお前たちに求めることは、一つ」


 重みのある、低い声で、告げた。



「──民に、迷惑は、かけるな。極力これだけは、守りなさい」



 その場にいた全員の総身が、びりりと震えた。


「民を守護し、国を安定させることが我々の責務。そこを飛び越えるような人間は──国王の権限で強引にでも、継承権を剥奪する」

「……」

「その範囲であるならば、次代の王となるための研鑽と競争を続けることを許そう。……その隙を突いて手を出してくる諸外国の侵略は、その間私が全力で守るとここに約束する」


 ……エルメスも、認識を改める。

 色々と足りないところはあったのかもしれない。決して全能ではない。

 けれど──確かにこの人は、一国の王としてここまでこの国の平和を守ってきたのだと。


「先日学園を襲った組織の一件もある。各々、身の回りには十分に警戒しなさい。──特に先程の会話に出た、銀髪の少年と灰髪の青年よ。身元が不確かな君たちは、自然と向けられる目も強くなると心得なさい」

「……はい」

「了解致しました、陛下」


 エルメスは厳かに、ラプラスは慇懃に返答する。

 ……流石に国王と言えど、現時点でラプラスの正体に勘付いている訳ではないか。もしそうならラプラスがこの場に姿を表すわけがないし、当然と言えば当然だ。

 それでもきっちりとエルメス含め最大限の警戒をするあたり、ある意味で妥当な対応だろう。


 それを機に、国王の話も終了の雰囲気が流れ。


「……ではここからは、私宰相リヒトが進行させていただきます」


 同時に横から歩み出てきた、案の定宰相だった人物の声によって……この場に継承権保持者が呼ばれた理由。次の話題が、示されたのだった。




「──先日。王国北部で発生した、地方反乱(・・・・)についてです」

すみません、本日も区切りの都合で二話更新です……!

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― 新着の感想 ―
[一言] 学園襲撃の主犯の血統魔法を公表すれば 主犯=ラプラス って思わせられそう。 エルメスとの闘いで血統魔法使ってなかったら分からないけど…
[一言] 民に迷惑は掛けるなという抽象的な 提言では、到底事態を収拾出来るとは 思えないのですが? 権力闘争自体多かれ少なかれ政情不安を 招きますし、そもそも民に被害が及んだとしても その権力で揉み…
[一言] この王子王女達の父親って言うからどんなのが出てくるのかと思ったら王様ものすっごいマトモじゃん、この国の貴族も王様見習えよ
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