7話 再会
先程も一話更新してます!
謁見室に入り、中にいる人間の視線がこちらを向く。
真っ先に向いたのは二人。エルメスと同い年ほどの少女が一人と、エルメスより数歳年上の青年が一人。
外見、そしてリリアーナの反応から察するに──この二人が、第一王子と第二王女だろう。
先にこちらの姿を認め、歩み寄ってきたのは──少女の方。
彼女は迷いない足取りでこちらまで歩き、数歩前で立ち止まる。それによって、彼女の全容がはっきりと見えるようになった。
黄金の長い髪に、鮮烈な輝きを放つ紅玉の瞳。恐ろしいほどに整った美貌に加えて、気の強さを感じさせる切れ長の目が特徴的だ。
「……ライラ、お姉様」
少女を前に、推測通りの名前をリリアーナが呼ぶ。
呼称を受けて、少女──ライラ第二王女は意外にも親しみを感じさせる笑顔を見せ。
「ええ、リリィ。何ヶ月かぶりかしら。久しいわね」
そして。
「──で。何しに来たの?」
あまりにも──痛烈な先制の言葉を食らわせた。
ここに来る以上、ここで行われることとここで参加する人間について聞かされていないわけがない。
つまり、その上でこの言葉を発したということは──そういうことだ。
「ねぇリリィ。まさかよ、まさかとは思うけれど──貴女も王位継承争いに参加するなんて、寝ぼけたことを言うつもりじゃないでしょうね?」
「あ、そ、その……」
「もしそうだとしたら……困るわぁ。とても困る」
捲し立て、困惑するリリアーナの前でライラは酷薄な笑みを浮かべ。
「まさか……可愛い妹の命を保証できなくなる時が来るなんて」
それは。
宣言だった。一切の容赦をしないという宣誓であり、これ以降は身内と見做さないという決別の言葉だった。
一切話すつもりのない、明確な拒絶。ある意味で最初に出鼻を挫かれたリリアーナに、ライラは尚も言葉を浴びせようとするが。
「……」
「あら」
そこで、エルメスが前に出る。……彼としても流石にここまで初手から容赦がないとは思わなかった以上、友好的な感情は抱けない。
ライラはエルメスはしばし怪訝そうに見つめていたが、やがて得心がいったように告げる。
「貴方──そう、噂の変な魔法の子ね。あと付き添いは……トラーキア公爵だけかしら。残念、二重適性の女の子は来てないの」
「? 何故サラ様を」
予想外の人名が出てきてエルメスが首を傾げる。そんな彼に対し、ライラは整った口の端を凄絶に吊り上げて。
「だって──この私を差し置いて『聖女』だなんて呼ばれてる子なんでしょう?」
「──」
「教会に認められた私を無視してそんな呼び名を許すなんて。直接出会ったら平手打ちの一つでもして差し上げようと思ってたのに、残念」
……なるほど。
どうやら第一印象を真っ当なものにする気は、向こうもないらしい。
そんなライラは続けて、エルメスにこう言ってくる。
「ああ、あと変な魔法の貴方。善意で忠告してあげる」
「なんでしょう」
「貴方──もうとっくに教会に目をつけられてるからね?」
歌うような美しい声で、されど語調は残酷に。
「話を聞く限り相当強いんでしょうけど、教会に察知されたらおしまいよ。強さの秘密もトリックもぜーんぶ暴かれて裁かれちゃうの。せっかく強くなったなら細々としてれば良かったのに、英雄気取りで表に出るから。御愁傷様!」
愉快げな笑みで、嘲るように告げてくる。
そこで、ようやくショックから回復したリリアーナが横合いから声をかける。
「お、お姉様……!」
「あらリリィ。まだ何か?」
「その──お姉様の陣営に、よくない人たちが入り込んでいます、だから……!」
ある意味で、一番伝えたかったことを真っ直ぐに彼女は告げる。
それは悪手かもしれないが、彼女なりの精一杯の誠意の表れで。
けれど──ライラはその言葉をあっさりと受け止めた上で。
「──だから何?」
そう、告げた。
「え──」
「そんなの当たり前じゃない、うちの陣営は貴女と違って大きいの。間者の一人や二人だって当然入り込んでいるでしょう。でもね」
他陣営の人間の流言飛語には惑わされないと宣言するように、きっぱりと。
「何も問題はないわ。本当に重要な部分は、裏切られようがないもの」
「あ、あ……」
「あら、ひょっとしてそれを伝えるためだけにきてくれたの? なんて涙ぐましい努力なんでしょうね。感動したから──今すぐ荷物をまとめて帰ってくれるかしら」
聞いてもらえないだろうことは、想定していた。
けれど、ここまで苛烈に、冷徹に拒絶を示されるとは思っていなかった、或いは思っていても目の当たりにしては耐えきれなかったのか。
何も言えなくなるリリアーナ。そして同時に、更に向こうから足音と共に。
「……はは。リリアーナ程度の陣営にすらそこまで噛み付くのかい、相変わらず余裕がないと言っているようなものじゃないか」
暗く、冷たい声が響いた。
硬質な足音と共に近づいてくるのは、謁見の間に居たもう一人の青年。
深い紺色の髪に、淡い水色の瞳。加えて下瞼に刻まれた隈が特徴的な青年だ。怜悧な容貌に全体的な寒色の色合いも相まって、何処か退廃的な凄みを感じさせる。
「……ヘルクお兄様」
これも予想通りの名前をリリアーナが告げる。
呼ばれた第一王子ヘルクは、ちらとリリアーナを一瞥し、即座に目を逸らす。ライラとは対照的であるものの、これも──あまりにも雄弁な、対話の拒否に他ならず。
一方のライラは、ヘルクを警戒しつつも嘲るような声色は変えず。
「……お兄様こそ。また一段と目の下の隈を濃くなさって。それこそ雄弁な余裕のなさの表れではなくって?」
「こちらは忙しいんだよ。放っておけば全部教会がやってくれるお飾りの君と違って、僕はやることが多いんだ」
挑発の声には、同量の挑発で返す。引き続いて、言って聞かせるような口調で。
「──『今までと同じ』じゃあ、だめなんだよ」
少しばかり、意外なことを告げてきた。
「この国は、もうそれじゃあ立ち行かないところまで来ているんだ。僕は第一王子だ、この国のことは誰よりも考えている。保守しか頭にない教会連中は、最早信用できない。だから僕がやらなくちゃいけないんだ。だから──」
そこでヘルクが、リリアーナの方へと視線を向けて。
「──増してや、ぽっと出の勢力なんかに妨害される謂れはない」
「お兄、様……」
「何か忠告や思惑があるみたいだけど──言わせてもらうよ。全部、無駄だし邪魔だ。だから……さっさと、帰れ。さもなくば、潰すよ」
最後は、ライラと同じ結論を叩きつける。
最早リリアーナは、呆然と兄姉を見据えることしかできない。
……なるほど。
リリアーナの反応も無理はない。よもやここまでとは思わなかった。おそらく色々と事情はあるのだろうが、もうある意味で覚悟が向こうも決まりきってしまっているのだ。
そして。
たとえ出会って僅か数日でも、絆を結んできた少女をこうまで言われて。
ここまで色々あって、多少は道理を学んだエルメスであろうとも。
──黙っていられるほど、丸くなったつもりはない。
最後にちらとユルゲンを見るが、止める素振りはない。
なら、やっても良いということだ。その確信と共に彼はリリアーナを庇うように一歩踏み出す。
「……」
「何かしら」
視線を向けてくるヘルクとライラ。その目線の圧力に一切怯むことなく、エルメスはにっこりと──見るものが見れば分かる、質の違う笑みを浮かべて。
「お初にお目にかかります両殿下、エルメスと申します。両殿下の崇高な意思と演説、大変感動いたしました。でも──」
はっきりと、告げる。
「──それ。所詮アスター殿下に負ける程度のものですよね?」
ぴしり、と空気が裂ける音が聞こえた。
案の定、その言葉は二人の王族の脆い所を突いたのだろう。
そう、二人が何を言おうと。
──これまでアスターの台頭を許してきた。その時点で上限は知れていると、エルメスは痛烈に皮肉を浴びせたのだ。
ライラは据わった瞳で、ヘルクは歯噛みと共にエルメスを見据えてくる。
その視線を平然と受け止めつつ、エルメスは更に冷えた瞳で王族を睥睨する。元より、立場に怯むような神経をエルメスは持ち合わせていない。
「その前提がある上で、そこまでリリィ様のお言葉に耳を傾けないのであれば。それは信念ではなく狭量と呼ぶべきものでしょう」
譲れないのは良いだろう。
だが、話を聞く素振りすら見せないのは。彼女が何をどれほど思ってこの場にいるのかを全く省みることすらしないのであれば。
いくらなんでも、黙っていられるはずもない。
「特に、ヘルク殿下」
続けて、エルメスは第一王子に目線を向ける。
「『今までと同じ』では良くないと理解しているのであれば。どうしてリリィ様のことを『ぽっと出の勢力』と否定なさるのですか」
「っ」
「その発想自体が、貴方様が『今まで通り』に囚われている証左に他なりません。僕は今までそういう人を何人も見てきましたが」
言葉に押されてか、雰囲気に呑まれてか。
歯噛みするばかりのヘルクに、エルメスは更なる言葉を告げようとするが──
そこで。
驚くべきものを、彼は聞いた。
「──おいおい。あまりうちの王子様をいじめないでくれるかい」
「…………え」
思わず、エルメスも言葉を止めた。
言われた言葉の内容ではない。声色が──ここで聞くことなど想像だにしていなかったものだからだ。
信じられない思いで、声のした方に視線を向ける。
するとそこから歩いてくるのは──予想通り、予想外の男。
年齢の読めない、得体の知れない外見。
くすんだ灰色の髪に、蒼の瞳。
非常に整った、野生的で危険な印象を与える容貌。
邂逅は僅かだったが、忘れようもない。
学園を襲った事件でクライドを唆し、最後にエルメスが対峙した──
──王国に仇なす組織の、幹部の男だ。
どうしてここに──との疑問は、第一王子ヘルクの声で解決した。してしまった。
「……ラプラス卿」
名前と共に……紛れもない信用も込めて話す声色で、全てを察してしまう。
例の組織の人間が、両候補者陣営に入り込んでいるという情報。
ある時を境に急激に勢力を伸ばしたという、第一王子陣営。
その要因となった、ユルゲンですら調べきれない正体不明のブレーン。
全てが繋がる──繋がってしまう。
陣営の中枢に近いところ……どころではない。
最早完全に、致命的なところまで侵入を許しているではないか。
驚愕するエルメスの前で、当の男は慇懃に一礼すると。
「──はじめまして。第二、第三王女殿下に、噂の学園騒動の英雄君」
あの時と同じ底知れない笑みを湛えて、男は告げたのだった。
「少し前から、第一王子の補佐をやらせてもらっている人間だ。
名はラプラス。どうぞ末長く、決着の時までお見知り置きを」
ようやく第一王子と第二王女、そして例の組織の人も名前をお出しできました!
着々と三章の役者が揃っていっています。次回は王様が出て話もどんどん動かしていく予定なので、楽しみにして下さると嬉しいです……!




