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63話 終息

先程も一話更新してます!

 戦いは、数分で終わった。


 戦場を後にして、悠々と歩くのは──くすんだ灰色の髪をした男。


 最後にイレギュラーこそあったが、終わってみればこの通り。

 宣言通り任務を完了し、学園を後にして。

 あとはボスに報告するだけ、と仕事を終えた男は、笑って呟く。


「…………いや、参った」



 ──その体から、夥しい量の血を流しながら。



「あの子、ヤッバい。悪い、正直舐めてた。リスクがあるとは言っても『ちょっと怪我するくらいかなー』と思ってたらこれだよ」


 そう、宣言通りのことを行なった。戦う姿勢こそ見せたが、彼の目的は徹頭徹尾離脱だ。それをチラつかせることで戦闘を優位に進め、この通り逃げおおせることにはきっちりと成功したのだ。

 問題は、そこからだった。


 向こう……エルメスも、男の力量を見て途中で気付いたのだろう。

 ──勝てないと。この状況では、男の勝利条件である逃走を阻止するのは不可能だと。

 それを把握して、彼が何を行なってきたか。


「あいつ、目標を(・・・)切り替えて(・・・・・)きやがった……!」


 逃走阻止が不可能ならば、その先の次善策。

 ──『タダでは逃げさせない』。

 そう目的を変更し、それに適した魔法の使用に切り替えた。


 その結果が、今の男の状態だ。

 全身から流れる血に関しては、正直然程問題はない。治癒系の魔法を本拠地で受ければ済む話だ。


 問題は──今も彼の全身を這い回る、彼以外の魔力。それは未だ呪詛にも似た性質を持って彼を蝕み続けている。


「炎に、氷に……雷もか。おいおい、この手の効果って竜種とか幻想種が使う『侵食』系統の魔法じゃねぇか。どんだけ手が広いんだあいつ、ってかどうやってんだよ。くそっ、ありったけの機能低下(デバフ)かけてくれやがって……!」


 こればかりは、即座に治癒と言うわけにはいかない。

 本拠地に戻ってから、じっくりと時間をかけて解呪(ディスペル)するしかない。その手の魔法使いは希少なこともあって、更に完治までは時間がかかるだろう。

 ……その間、彼を中心とした計画が遅れることは避けられない。


「どんだけ戦闘慣れしてんだあいつ。もうちょっと結界の解除が早ければここまでは喰らわなかったか……? いや、無理だな。あの状況じゃあれが全力だ」


 分析し、悪態をつきながらも……しかし、男は笑う。


「流石にあの場で魔銘解放(リベラシオン)を使うわけにもいかんかったし……しゃーない、認めよう。してやられた」


 むしろ、ここまできっちり最大限の戦果を挙げられたなら向こうを褒めよう。

 計画が大きく遅延することは手痛いが……その分成果はあった。最も警戒すべき相手を、この時点で認識することができたのだから。


「……面白いじゃん。上等だ」


 そうして、男は笑みを浮かべる。どこか気怠げな態度の中でも、確かにある意思に従って。


「しっかし、ボスへの報告事項が積み上がっていくなぁ……あー痛いしんどい面倒臭い。だから戦いたくなかったんだがな……ま、次上手くやれば済む話か」


 今回の反省点は多い。

 だが、自分は生き残った。ならばその反省を踏まえ、次回以降はこの失敗をしないように立ち回れば済む話。

 その信念をもとに、男は最後に告げる。


「『学習』と『進化』こそ、俺たちの武器。貴族どもが失った俺たちの特権だ。そうだろう、ボス……!」


 痛みを紛らわせるように、言葉を続けて。

 男は人知れず、闇の中へと消えていくのであった。




 ◆




 同刻。

 エルメスも戦いを終え、学園に戻るべく歩みを進めていた。


「……っ」


 ──彼も同様に、全身から血を流しながら。


「……宣言通り……大怪我、させられたな」


 無論、見合うだけの成果はもぎ取った。口ぶりや話の内容からするに、あの男が組織の中で相当重要な立ち位置なのは間違いない。それをしばらく行動不能にしたことは、確実に今後に影響してくるだろう。向こうの目的をある程度推測できたのも収穫だ。

 だが、それに男の言った通りの代償を支払わされたのも確か。当初の目標だった捕縛も叶わなかった。


 傷自体は、強化汎用魔法で徐々にだが治せる。

 よってそこからエルメスの思考は、自らの負傷よりも──男の魔法の方に向く。


「……あの、魔法……」


 桁違いに強力で、多彩な魔法だった。本人の立ち回りも技術力も申し分ない、人間の個人戦力としてはエルメスがこれまで相対してきた中で師匠に次ぐ強敵だった。

 エルメスが、油断なく挑んでこの状態であることがその証明だ。

 だが、それよりも。何より彼にとって衝撃的だったのが。



「魔法が……解析(・・)出来なかった(・・・・・・)



 学園での生活を経て、彼の血統魔法に対する理解能力は格段に上がった。

 今ならどんな魔法でも、断片くらいは読み取れると思っていた。


 しかし、それを真っ向から否定するように。あの魔法はエルメスに何も読み取らせてくれなかったのだ。

 これまででも、エルメスが解析しきれなかった魔法はある。師であるローズが持つ三つ目の血統魔法はその最たるものだ。


 でも、あれは。

 あの魔法は……何か、そういったものとは違うように感じられたのだ。

 まさしくこれも男の言う通り、エルメスの知る魔法とは何処か根本が違う。真っ当ではない、得体の知れない何かを感じた。


「……この国の『底』は、思っているほど浅くない、か」


 男の言葉を反芻する。

 その点に関しても、確かに認識を改める必要があるだろう。


「……はは」


 それでも、彼は笑う。

 むしろ男には感謝しよう。まさしく身をもってそれを教えてくれたことに。

 まだまだ未知の魔法があることだって──彼にとっては、高揚こそすれ落ち込むべき事柄では断じてないのだから。それだけ、辿り着ける高みがあるということなのだから。


 きっとこの先は、あの男をはじめとしたより大きなものと戦っていくことになるのだろう。

 望むところ、と戦意を燃やし。ようやく一通りの治癒が完了したので、少しだけ歩調を早めて──そこで。


「……エルメス、さん」


 金髪の少女が、正面から歩いてくるのを見た。


「サラ様。どうしてここに?」

「貴方が居ないのが気になって……その、大丈夫ですか?」


 流石に彼女には、先ほどまで怪我をしていたことはバレるらしい。

 安心させるように笑うと、エルメスは続ける。


「クライド様をけしかけた黒幕を追っていまして。……すみません、取り逃してしまいました。が、多少の戦果と情報は得られたのでその件はまた後で」

「え……ええ!?」

「とにかく、学園の混乱を収めましょう。クライド様の監視も──っと」


 色々と想像以上の情報を告げられて驚きを見せるサラ。

 そんな彼女をよそに、彼は学園に戻ろうとするが──そこで、ふらりと体が傾く。

 血を失いすぎたらしい、前のめりに倒れようとするエルメスを、サラが慌てて抱き留める。


「……あー、すみません。……というかなんだか、よくこういう状況になりますね」


 彼女の魔法の性質によるものだろうか、どうもサラの前だと回復を当てにして力が抜けてしまう傾向にあるらしい。

 そんなことを思いつつ、体を起こそうとしたエルメスだったが──


「っ!」

「……サラ様?」


 ここで、彼女が予想外の行動に出た。

 エルメスを離すどころか……より、力を入れて抱き締めてきたのだ。


「……ええと。できれば離して、あと回復もしていただけるとありがたいのですが。貴女の魔法であればまだ動けますし……」

「いえ……もう、大丈夫ですから」


 彼の要請に対し、サラは穏やかに拒否を示す。


「学園の方は、カティア様が中心となって混乱を収めてくれています。Bクラスの皆さんも協力してくださっているので、人手は十分あります」

「え……」

「だから……貴方は、もう休んで大丈夫です。貴方が変えてくれたおかげで、もう貴方一人が頑張る必要は、なくなったんですから」

「!」


 その彼女の言葉は、彼がここに来て得たものを端的に表していただろう。


「後は、わたし達に任せてください。治癒も差し上げますから……安心して」

「……そう、ですね」


 その言葉と、紛れもない信頼で。彼は張り詰めた気をほどく。すると想像以上に消耗していたらしく、すぐに意識が薄れてきた。


 そんな中、彼女の声が聞こえる。


「ありがとうございます、エルメスさん」

「……ええ、と。何がでしょう」

「……すみません。その、すごく色々ありすぎて言い切れないのですが……とにかく、本当に……ほんとうに、ありがとう、ございます……!」


 微かに湿った声。

 そこから彼女は、先ほどとは違う様子でより腕に力を込めてきて。


「だから、その……今だけは。しばらく、こうさせて、ください」


 その言葉を、ほどけた思考の中で聞き届けてから。

 暖かな魔法と柔らかな香りに包まれて、エルメスは意識を手放すのだった。

これにて、学園襲撃編は終幕です。

あとは後日談と三章への繋ぎ、恐らく二章残り二話となります!

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― 新着の感想 ―
凶悪人のクライドに様付けする違和感
[一言] 敵組織の方も好きになれそうな予感...!
[良い点] 最後はサラが全部持っていったー(°▽°) [気になる点] 特に無し [一言] 素晴らしい作品を執筆してくださりありがとうございます。
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